5.ふたりの魔女
白い、白いその塔に、彼女はついにやってきた。
ペレスエラは伏せていた真紅の睫毛をゆっくり上げて、そこに佇むひとりの魔女の姿を見やる。
マナキタンガ。過去にはマナキ王子と呼ばれ、今ではマナと呼び慕われる彼女は幾重にも重ねられた法陣の上で微笑んでいた。呪いに蝕まれ、目も当てられぬほど痩せ細った体で──されど世界のすべてを手に入れたかのような満たされた顔で。
「……本当に良いのですね、マナ」
「もちろん。死ぬ思いをしてここまで来ておいて、やらない道理はないでしょう」
「ですが私の力を用いれば、あなたの寿命を延ばすことは可能なのですよ」
「そうね。でも、私が望む未来はそこにはないの」
ペレスエラは睫毛と同じ色の瞳をそっと細めた。それは彼女の姿が眩しかったせいでもあるし、己の背負った業の重さに目がくらんだせいでもある。
──果たして私と、私の民たちが望んだ未来は正しかったのだろうか。
その答えを得るために、ペレスエラは今日まで人々を試してきた。
マナは正しいと言う。そして同じ未来を自分も選びたいと。
ゆえに彼女は死ぬ。ペレスエラはまたひとつ、かけがえのない命を手折る。
こんなことをいつまで繰り返すのだろう。時間の流れが止まったこの塔で。
「ペレスエラ」
と、不意に名を呼ばれて顔を上げる。
「あの子たちを救えるのはあなただけよ。だから、お願い」
そう言ってマナは微笑んだ。
ペレスエラは束の間惑い、やがてそっと笑い返した。
そうだ。正しいかどうかを決めるのは自分ではない。
選ぶのは彼女とあの子たち。ならば自分はその決断を祝福しよう。
彼らの選んだ道の先に、どんな結末が待ち受けていようとも。
「では始めましょうか、マナ」
「ええ、お願い」
彼女は答え、そして静かに目を閉じた。
この世に別れを告げるかのように──世界に希望を託すかのように。
「私は変えるわ。滅びの未来を」
マナの足もとで法陣が白く輝き出した。彼女の決断を受け入れたふたりの男と、五百年の歳月を生きる少女が、光に包まれゆくマナを見守っている。
瞬間、ペレスエラは確信した。
「……運命が、狂い始めた」