表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―【side:B】  作者: 長谷川
第0章 いくつかのプロローグ
4/175

3.太陽は沈まず


「──本気でおっしゃってるんですか」


 ロベルトは唇から転がり落ちた自分の声の冷たさに、ほんの少し驚いた。

 真っ暗な部屋の中には小さな円卓に置かれた燭台の明かりがひとつだけ。

 その灯明かりを睨むように、ロベルトはじっと目を据える。自分はもう国家の(いぬ)ではない。ゆえにこれくらいの無作法は許されるだろうと踏んだ。

 許されなければ、それまでだ。


「本気で俺に陛下を裏切れとおっしゃってるんですか」

「私がこんなときに冗談を言う男に見えるかね」

「少なくとも、俺の記憶ではそうですが」

「心外だな。さすがの私も、ただの冗談を言うために世捨て人を呼び出すほど暇ではないぞ」

「承服しかねます」


 ロベルトは両手を後ろに組んだまま、険のある声で()()ねる。

 そんなロベルトの強情ぶりに()()()は暗闇の向こうでため息をついた。

 いや、しかしロベルトの勘が確かなら今のは呆れのため息ではなく、こちらの反応を面白がっているため息だ。現に淡い灯明かりの向こう、うっすらと見える彼の口もとには笑みが浮かんでいる。ロベルトは露骨に眉間を(しわ)めた。相手はこの状況を楽しんでいるのかもしれないが、こっちはひたすらに不服で不愉快だ。


「見損なったぞ、ロベルト。私はお前の忠誠心だけは買っていたのだがな」

「買いかぶりだったってことですよ。俺の忠義は国じゃなくて、夢の隠居生活に捧げたもんです。でもってその夢を叶えた今、あんた方に尻尾を振ってご機嫌を取る必要もない。首輪はもう外れてますんでね、用件がそれだけなら俺はお暇させていただきますよ」

黄皇国(おうこうこく)の歴史に終止符を打つことが、オルランド・レ・バルダッサーレにとっての救いになるとしてもか?」


 付き合いきれず、本当に身を(ひるがえ)しかけていたロベルトは思わず足を止めた。

 伸ばした手が扉に触れることをためらって、単純すぎる自分に舌打ちする。


「……詭弁(きべん)ですよ、そんなのは。あんたは国を諦めるのか」

「諦めるしかあるまい。これ以上暗愚な王が玉座に居座っていたのでは、国は痩せ細る一方だ。ならば終わらせてしまった方がいい。託すときが来たのだよ、次の世代に」

「いい加減にして下さいよ。だったらあんたは、何のために七年前……!」

「──リカルド。後生だ。従叔父(おじ)の最後の頼みを聞いてはくれぬか」


 うなじの毛まで逆立つのを感じながら、ロベルトは拳を握り締めた。

 この卑怯者。そう罵ってやりたいのをこらえて振り返る。

 男はやはり笑っていた。頭に来るくらい穏やかな顔で。


「権限をやる。必要なものは何でも求めよ。金も物資も言われたものはすべてこちらで用意する。自分のやるべきことは頭に入っているな?」

「……まず手始めにガルテリオ・ヴィンツェンツィオを寝返らせればいいんでしょう?」

「そうだ。頼むぞ、ロベルト。我が国の未来はお前の働きにかかっている」

「隠居人には荷が重すぎて今にも潰れそうですよ」

「すまないな。お前たちの想いに、私は応えられなかった」


 ああ、くそ。


 今度こそ扉に手をかけながらロベルトは切歯した。

 歳を取るとすぐに目が(かす)んでいけない。あと、ちょっとしたことで息が詰まる。

 こんなことになるんなら、酒も煙草(たばこ)も控えときゃ良かったな。

 そう思いながら軽く自嘲(わら)って、ロベルトは男を(かえり)みた。


「分かってませんね、あんたは」


 ──だから最後の最後で読み誤るんだよ。


 今生の別れ際、預かった手紙を陽に(かざ)しながら、ロベルトはひとりほくそ笑む。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ