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30.巨星墜つ


 新年を祝して掲揚されていた慶賀旗がするすると下ろされ、代わりに真っ白な弔旗(ちょうき)が掲げられた。


 弔旗には故人の魂の安息を願い、生命神ハイムの神璽(みしるし)である《星樹(ラハツォート)》が描かれている。


 黄暦(こうれき)三三三年、元日。新しい年の日の出を待って、ひとりの将軍が死んだ。

 彼の名はラオス・フラクシヌス。二代前の黄帝(こうてい)の時代から黄皇国(おうこうこく)に仕え、トラモント皇家に絶対の忠節を奉じてきた大将軍だ。並み居る黄臣(こうしん)の中でも最年長の武官として国中の臣民から仰がれていた大重鎮。その彼が死んだ。

 それはトラモント黄皇国にとってひとつの時代の終焉とも呼べる一大事だった。

 何しろラオスは正黄戦争(せいこうせんそう)のさなか、ガルテリオを始めとする当代のトラモント五黄将(ごこうしょう)を見出だし、次代を担う人材として育て上げた人物だ。

 言うなれば彼は現在の黄皇国の中核を担っている武臣たちの育ての親であり、オルランドとも実の父子(ちちこ)のような関係だったと聞いた。


 皇族の証であるトラモントブロンドを持って生まれなかったがゆえに先帝から愛されず、さらには一時期()()()なのではという下世話な噂まで流された若き日のオルランドにとって、ラオスは唯一全幅の信頼を寄せられる庇護者であったらしい。

 実の親にさえ見放され、寄る辺を失くした末の皇子を憐れんだラオスは彼の父代わりとして振る舞い、どんなときもオルランドを守ってついには玉座まで導いた。

 だが『戦鬼(せんき)』の異名を取るほど勇猛にして非凡と讃えられたラオスも歳には勝てず、二年ほど前から病を得て(とこ)()せることが多くなっていたらしい。

 享年六十八歳。数多(あまた)の戦場で名を()せた驍将(ぎょうしょう)は、最後は馬上ではなく床の上で静かに息を引き取った。叶うことなら彼が星界へ召される前に、エリクも一度会って話をしてみたかった、と思う。


「ではな、シグムンド。あまり力になってやれずすまなんだが、陛下のこと、頼んだぞ」


 そして迎えた賢神(けんしん)の月、境神(きょうしん)の日。

 エリクはシグムンドと共にソルレカランテの市門へ(おもむ)き、これよりグランサッソ城へ帰還するガルテリオたちの見送りに立っていた。

 ラオスの国喪(こくそう)が今日、ついに明ける。オルランドは彼の訃報(ふほう)に接したその日に一切の年賀行事を中止すると宣言し、ラオスの遺骸は国葬によって(とむら)うと決めた。

 ゆえに元日からおよそ一ヶ月、ソルレカランテでは人々が喪に服し、魂の通り道である《至天の門》──地上から唯一天界へ至ることができるという、伝説の山《白き剣峰(ラヴァン・サイフ)》の白き門──が開くのを粛々(しゅくしゅく)と待っていたのだ。一応服喪するのは国事に携わる貴族のみということになっていたものの、ラオスの訃報が街中に知れ渡ると、市民も新年祭を自粛して偉大な黄臣の死を(いた)んだ。彼がいなければオルランドは歴史の闇に葬られ、代わりに残忍非道な暗君として名を馳せたフラヴィオ・レ・ベルトランド──正黄戦争で皇位の簒奪(さんだつ)をもくろんだ〝偽帝〟──が第十九代黄帝となっていたであろうことを、民衆もまた理解していたのだろう。


 だがラオスの死は百万都市ソルレカランテが沈むほどの悲しみだけでなく、もうひとつエリクらに予想外のものをもたらした。それがガルテリオとの別れだ。

 ようよう昇り始めた太陽の下、(たくま)しい白馬に(また)がり鞍上(あんじょう)の人となったガルテリオの背後には、彼と共に西への帰路に就く第三軍の将士が整列している。

 本当ならエリクも彼らと共に、第百六十七次国境戦役を戦ったグランサッソ城へ帰投するはずだった。ところがラオスが欠けたことにより、とある軍団の(ちょう)の座が空席となり、このたびそれをシグムンドが引き継ぐことになったのだ。

 トラモント黄皇国中央第一軍別働隊──またの名を『黄都守護隊(こうとしゅごたい)』。

 ラオスは生前、その部隊の長としてソルレカランテの南にあるスッドスクード城に常駐していた。黄都守護隊とは憲兵隊と同じく正黄戦争後新たに設立された部隊であり、立案したのは他ならぬラオス本人だ。そもそも今から七年前、オルランドが即位したばかりの第十九代黄帝の座から引きずり下ろされ、皇位詐称の罪で断罪されかけたことから始まったあの内乱は黄都を地獄へ変えてしまった。

 (おい)であるはずの彼を玉座から追放し、愚かにも王に成り代わろうとしたフラヴィオ六世は、オルランドを確実に抹殺すべく初動で四万もの兵力を動員、彼を廃位へ追い込むと同時にソルレカランテを何重にも包囲したという。


 オルランドがそこから生きて脱出を果たし、再び玉座へ返り咲くことができたのは当時近衛軍に属していたガルテリオやシグムンド、そしてラオスら一部の将軍の決死の奮闘があったためだ。黄都を脱出したのちもオルランドが安全圏へ至るまで偽帝(フラヴィオ)軍による執拗な追撃は続き、ガルテリオたちはおよそひと月あまり、孤軍での過酷な戦いを余儀なくされたという。

 ラオスはそうした前例を踏まえ、黄都の外に黄都を監視するための部隊を置くことを提言した。有事の際には国中に散らばるどの軍団よりも素早く駆けつけ、()()から国家を脅かさんとする敵を排除する──そうした部隊が必要だと訴えたのだ。

 そうして創設されたのがトラモント黄皇国随一の機動力を誇る精鋭部隊、黄都守護隊。およそ一万の兵力からなるその部隊は、黄帝を統帥(とうすい)とする中央第一軍の一部という扱いになっているものの、いざというときには上からの下知(げち)を待たず、独断で軍事行動を遂行できる特権を有しているという。


(近衛軍と同じ独立した指揮系統を持つ遊撃隊……そんな部隊の隊長に任じられるということは、陛下がそれだけシグムンド様をご信頼下さっているということだ。次期隊長と目されていた将軍たちを差し置いて、シグムンド様がそこにあてがわれたという事実だけ見れば大変名誉なことではある。けど……)


 と、白み始めた空の下、エリクは複雑な思いを抱えてガルテリオと言葉を交わすシグムンドの背中を見つめていた。何しろ彼は戦場で初めて出会ったあの日から二十五年間、ずっとガルテリオの右腕として戦ってきたのだ。

 一生をガルテリオ様の傍らで生き、そして死ぬ。

 それだけが私の望みだったと、軍部から突然の辞令が下った日、シグムンドがぽつりと漏らしていた言葉が今も耳を離れなかった。何よりエリク自身、これからは彼の従卒として付き従いながら、ガルテリオと共に戦えるのだと信じていたから、


(落胆している……なんて言ったら、罰が当たるかな)


 エリクたちが佇む市門の真上。そこに掲げられた弔旗が風に煽られ、はたはたと音を立てているのを見上げながらエリクはそっと苦笑した。

 今日で喪が明けるとは言え、亡くなったラオスはガルテリオたちにとってもふたりといない恩人だ。ゆえに隊列を組んだ第三軍の将士の腕には、未だ腕章型の喪章がしっかりと結びつけられている。

 きっとガルテリオはグランサッソ城に戻るまであの喪章をはずすつもりはないのだろう。そんな彼に(なら)っているのか、シグムンドも腕には未だ喪章を巻き、主であり長年の戦友でもある彼との別れを惜しんでいる。

 喪中に仕立てた真新しい軍服に袖を通したエリクは、その様子を数歩下がった場所から見守っていた。自分もガルテリオと話しておきたいことは山ほどあるが、今は彼らの惜別を邪魔するべきではないと朝日の下でそう思う。


「ガルテリオ様もどうか道中お気をつけて。引き継ぎが必要な事項については、昨日お渡しした資料にすべてまとめてありますので、あとのことはよろしくお願い申し上げます」

「ああ。お前が抜けた穴はそう簡単には埋まらぬだろうがな。幸いにして砂王国軍(さおうこくぐん)は年末に手痛い敗戦を喫したばかりだ。再戦を挑んでくるとしてもまだ当分時間はある。それまでに何とか立て直しを図るとするさ。若い将校たちも陸続と育ってきていることだしな」

「そうですな。我らもかつてのラオス殿のごとく、若い世代に期待を託す時機が巡ってきたのやもしれませぬ。城に残してきた者たちにもどうぞよしなにお伝え下さい。オーウェンなどは私がいなくなったと知るや、諸手(もろて)を上げて喜ぶやもしれませぬがな」

「案ずるな。そのときはお前に代わってケリーが(きゅう)を据えてくれるだろう。これから忙しくなると思うが、くれぐれも無茶はするなよ」

「ガルテリオ様こそ。名代の私が不在になったからと言って、無理をして社交の場になど出られませぬよう。〝夜会嫌いの獅子〟が突然宗旨替えなどしようものなら、槍が降って国が滅びますゆえ」

「ああ、お前のそういう憎まれ口をしばらく聞かずに済むと思うと、私も少し気が楽になってきたな。あまり執事(ベケット)に苦労をかけるなよ」

「ご心配なく。()()は私に小言を浴びせる口実になると分かれば、いかなる苦労も喜んで引き受ける男です」


 シグムンドが平然とそう(うそぶ)けば、案の定ガルテリオは苦笑を浮かべた。

 ところがそうして話し込むガルテリオの背後から進み出てきた人影がある。

 整列した将士の指揮を執り、出立の準備を整えていたウィルとリナルドだった。

 ふたりは部隊がいつでも出発できる状態になったことを報告すると、ガルテリオの許可を得たのち、市門の前に佇んだエリクへと歩み寄ってくる。


「じゃあな、エリク。お前の就任祝い、ちゃんとしてやれなくて悪かった。次に会えるのはいつになるか分からないけど、そんときこそは盛大に祝ってやるからさ」

「ああ、ありがとう。その気持ちだけで充分だよ。スッドスクード城に無事着任したら、報告の手紙を出すから」

「おう、楽しみにしてる。お前と同じ部隊で戦えないのは、やっぱりちょっと残念だけど……」

「まさか新年早々こんなことになるなんて誰にも予想できなかったからな。各々思うところあるのは仕方がない。だがエリク、シグ様のこと、くれぐれも頼んだぞ」

「ああ。軍のことはまだ全然分からないけど、早く慣れてシグムンド様をお支えできるように頑張るよ。ふたりもガルテリオ様のことをよろしくな」

「任せとけって。俺とリナルドを足してもまだまだシグ様には遠く及ばないけど、ガル様への忠誠心だけは負けてないつもりだからさ。な、リナルド?」


 と、ウィルが頼もしく笑って尋ねれば、リナルドも微笑と共に頷いた。

 確かに彼らはまだ若いが、ガルテリオのためならば水火をも辞さないという(こころざし)はシグムンドのそれと通じるものがある。ならばガルテリオのことは彼らに任せればきっと大丈夫だろう。自分もふたりを見習って、一日も早く立派な士官になってみせないとなとエリクもまた笑顔を返す。


「ではな、エリク、シグムンド。お前たちの武運を祈っているぞ」

「ガルテリオ様にも、どうか五武神(ごぶしん)の加護がありますように。またお会いできる日を楽しみにしています」


 エリクが最後にかけた見送りの言葉に頷いて、ガルテリオがついに馬首を返した。「出発」と彼が発した号令に呼応し、将兵が一斉に動き出す。

 黄皇国中央第三軍の象徴である獅子の旗と弔旗を掲げ、三千の軍勢が街道を進み始めた。その後ろ姿が次第に遠のき、やがて人馬の立てる足音が聞こえなくなるまで、エリクとシグムンドは市門の前に佇んでいる。


「……行ってしまわれましたね」

「ああ。しかし君はこれでよかったのか?」

「え?」

「来月スッドスクード城に着任するまで、君はまだ士官見習いの扱いだ。ゆえに望めば第三軍の将校として正規配属される道もあった。だのに私のような偏屈者の傍に残ってしまって、本当に後悔しないのかね」

「シグムンド様……一応、ご自分が偏屈者だというご自覚はあったのですね」

「ほう。君もなかなか言うようになったな」


 と、シグムンドが青鈍色(あおにびいろ)の瞳を細めながら感心した声を上げるので、エリクはつい笑ってしまった。次いで街道へ目を戻せば、朝日を受けて白く輝き始めた地平線の向こうに獅子の旗が消えようとしている。


「構いませんよ。確かにガルテリオ様のお傍で戦えないのは残念ですが、私はそれ以上にシグムンド様の従卒として働くことを望んだのです。何しろシグムンド様にお仕えすれば、色々な意味で心臓が鍛えられそうですので」

「なるほど。では君が一日も早く鋼の心臓を手に入れられるように、私も張り切って薫陶を授けるとしよう」

「あ、いえ、そこはお手やわらかにお願いします……」


 そんな他愛もないやりとりをしながらエリクたちは(きびす)を返した。

 すっかり明るくなった空の下、門衛たちの敬礼を受けながら市門をくぐり、人々が起き出し始めたソルレカランテへと繰り出していく。

 それから数日間、エリクは目が回るような日々を過ごした。国喪中も少しずつ士官の仕事を習い、シグムンドの引き継ぎの手伝いはしていたのだが、喪が明けるや否や環境は激変し、次から次へやるべきことが押し寄せてくる。

 スッドスクード城への着任までひと月足らず。

 エリクはその間にシグムンドを補佐しながら黄皇国の歴史や法律、体制、軍規、作法、一般教養等々、とにかく無数のことを学ばねばならなかった。

 朝、日が昇ってから沈むまでの間は司令部で軍務に明け暮れ、終業後は教会の鐘が鳴らなくなるまで勉強に明け暮れる……という日々だ。


 おかげで時間は飛ぶようにすぎていった。エリクはもともと知識欲が旺盛な方だし、机に向かって何かを学ぶという行為も苦に感じないたちではあるが、毎日これだけ忙しいとさすがに参る。唯一の救いはシグムンドが当面の間、ソルレカランテに住居を持たないエリクを屋敷に居候させてくれたことだろうか。

 おかげで衣食住については一切思考を割く必要がなく、休日は部屋で伸びていても誰かが世話をしてくれたし、メイナード家が代々蒐集(しゅうしゅう)を続けてきた蔵書が並ぶ書斎も自由に使わせてもらうことができた。

 問題はそうした日々に忙殺されるあまり、妹のカミラに宛てた手紙を一向に出せずにいることだ。わずかな時間を見つけては少しずつ書き進めているものの、自分が黄皇国に仕官することになった経緯を(つづ)るだけでも予想外の労力が要り、結果書きかけの便箋が軍の書類に埋もれて行方知れずになってしまった。


 できればスッドスクード城へ赴任する前に手紙を出したいと思っていたのに、出立の日まであといくばくもない。

 このままではさすがにまずいな、と判断したエリクはその晩、眠い頭を必死に奮い起こして、自室に散乱している書類の整理に取りかかった。

 窓の外では翼神(よくしん)の刻(二十三時)を告げる教会の鐘が鳴っている。ソルレカランテのような大きな街では毎刻、教会が鐘を鳴らして市民に時刻を知らせるのだが、翼神の刻以降は人々の眠りを妨げることになるため朝まで次の鐘が鳴らない。

 つまりあれが本日最後の鐘の音だ。

 ああ、今日もまた鐘が止む前に就寝できなかったな……と苦笑しながら、エリクは小さな角灯の明かりを頼りになおも書類整理を続けた。すると、


「あ」


 机に積み重ねられた書類の真ん中。そこからほんのわずかに、されど見慣れた自分の筆跡で〝カミラへ〟と綴られた紙がはみ出しているのを見つけて、エリクは思わず「あった……!」と歓喜の声を上げた。まったく自分としたことが、個人的な手紙を軍の公式書類に紛れ込ませてしまうだなんてらしくない。

 まあ、あのときはそれだけ意識が朦朧(もうろう)としてたんだろうな……と回想しつつ、エリクは早速書類の山から便箋を引き抜いた。ところが刹那、数枚の便箋に引っ張られて下に積まれていた別の書類がはらりと舞い落ちる。ああ、しまった、と思いながら腰を屈めて拾い上げてみると、見覚えのない罪人の手配書だった。


「〝フィロメーナ・オーロリー〟……〝オーロリー〟だって?」


 と、そこに記された名前を何気なく読み上げてエリクは目を丸くする。やや黄色みの強い亜麻(カルパス)紙の真ん中に刷られた似顔絵は、まだ若く髪の長い女のものだった。

 しかし〝オーロリー〟と言えば、エリクがつい最近学んだばかりのトラモント三大貴族の一家の名前だ。黄皇国では数ある詩爵(ししゃく)家の中でも特に歴史が古く、発言力も強い御三家をそう呼んでいるらしく、中でもオーロリー家は常に貴族の頂点に君臨している名家中の名家だと聞いた。

 何しろオーロリー家の祖は、竜騎士フラヴィオの傍らでトラモント黄皇国の建国を助けた『奇跡の軍師』ことエディアエル・オーロリーだ。彼が晩年編纂(へんさん)したとされる『エディアエル兵書』は、エマニュエルで最も優れた軍学書として世界中で愛読され、エリクもつい先日シグムンドに勧められて読破したばかりだった。


 その〝オーロリー〟の名を持つ女性が指名手配……?


 これは一体どういうことだと目を走らせれば、罪状の欄には非常に簡潔に〝反乱軍首魁(しゅかい)ジャンカルロ・ヴィルトとの共謀による反逆罪〟とのみ綴られていた。

 そう言えば何日か前、シグムンドから聞かされた覚えがある。

 近頃『救世軍』を名乗る反政府組織が(ちまた)に現れ、世直しを騒いで地方軍の拠点を襲撃したり、軍の要人を暗殺したりしていると。

 他でもない、近年取り沙汰されるようになった黄皇国の政治腐敗が生んだ(ひずみ)だ。彼らは弱き者を虐げる今の(まつりごと)の在り方に反旗を翻し、帝政を廃して民衆が主体となった国家を築くべきだと主張しているらしかった。だがそうした組織を率いる首魁の名がジャンカルロ・ヴィルトと聞いてエリクはまたもや目を見張る。何故ならヴィルト家もまたオーロリー家と肩を並べるトラモント三大貴族の一家だからだ。

 確か五年前に崩御したという黄妃(こうひ)エヴェリーナの生家もヴィルト家であったはず──ということは反乱軍の指導者であるジャンカルロなる人物も皇家に名を連ねる者である可能性が高い。だがそんな馬鹿な話があるのかと、エリクが思わず手紙のことも忘れて数枚綴りになっている手配書をさらに(めく)ったときだった。


「……え?」


 と再び唇から声が漏れる。何故なら二枚目の手配書には、見知った顔。

 咎人(とがびと)に名前はない。あるのは〝姓名不詳〟の文字と〝謀反人フィロメーナ・オーロリーの逃亡幇助(ほうじょ)及び殺人・傷害・治安騒擾罪〟という罪状だけ。

 されどエリクが見まがうはずもない。

 左へ流れた前髪に精悍(せいかん)な顔立ち、そして髪から垂れる羽根飾り(カラリワリ)は──


「イーク……?」


 かつて共に故郷を旅立った親友の名を呼んで、エリクはひとり立ち尽くした。

 翼神の刻を告げる鐘の音がついに鳴り止み、闇夜に残響が漂っている。

 ぴったりと閉じられた窓をうなるような風が叩き、隙間風を送り込んでカミラへの手紙を宙に舞わせた。しかし落下した手紙が足もとでカサリと音を立てても、エリクはそこから動けない。


〝生死問わず。発見次第、黄帝陛下の名に懸けて捕縛又は誅殺(ちゅうさつ)すること〟


 手配書の末尾に綴られたその一文が網膜に焼きつくようだった。


 やがて鐘の音の残響も過ぎ去り、塗り潰すような夜の静寂がやってくる。






(第一章・完)

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