27.ここから始まる物語
降ったり止んだりを繰り返していた雨は、いつの間にか雪へと姿を変えていた。
新年祭に向けた準備で賑わう城下町の熱気とは裏腹に、爵位ある家の屋敷が集う貴族街には深々と雪が降り積もっている。
音もなくちらちらと降る雪は冬神の到来を喜ぶかのごとく風に乗って軽やかに舞い、その様子がエリクにはひどく幻想的に見えた。雪を見るのは十数年ぶり──子供の頃、西のルエダ・デラ・ラソ列侯国で最後の冬を迎えて以来だ。
「──エリク!!」
ところが久方ぶりに見る雪に心踊らせ、窓の外の景色に目を奪われていたら、いきなり部屋の扉がぶち破られた。加えて響き渡った鋭い怒声にびくりと肩を震わせる。何事かと目を見張って振り向けば、そこには呼吸を弾ませながら部屋へ転がり込んできたウィルと、そんな彼から少し遅れて現れたリナルドの姿があった。
今日のふたりはエリクも見慣れた赤と緑の軍装ではなく、初めて見る歳相応の私服に身を包んでいる。
「あ。やあ、ウィル、リナルド、見舞いに来てくれたのか──」
「〝やあ〟じゃないだろ、このバカ! 人にさんっざん心配かけやがって!」
ところが数日ぶりに会う友人にいつもの調子で挨拶したら、何倍もの声量の怒号が返ってきて、エリクはその風圧に容赦なく煽られた。が、首から下げた布に右腕を吊った状態では耳を塞ぐことも能わず、寝台の上からただただ苦笑を返す。
「おいウィル、気持ちは分かるが少し落ち着いたらどうだ。仮にもここはシグ様のお屋敷だぞ。多少羽目を外しても許されるガル様のお屋敷とは違うんだから……」
「いや、分かってるけどさ! これが落ち着いてられるかよ!? こいつ、ひとりで突っ走ってあんな無茶しやがって……!」
「分かった、分かった。分かったからもうちょっと声量を抑えろ。でないとメイナード家の使用人方が怯える」
と、呆れた様子でやれやれと肩を竦めたかと思えば、リナルドは不意に廊下の方を顧みて華麗にウインクを決めてみせた。エリクのいる位置からは彼の視線の先に誰がいるのか窺い知ることはできないが、ああ、きっと若いメイドさんでもいるんだろうなあ……となおさら苦笑を深くする。
憲兵隊とのひと悶着から数日。あの日、マクラウドの卑劣な罠に嵌まって極刑を言い渡されたはずのエリクは今、生きていた。現在はソルレカランテ城の地下牢からも釈放され、メイナード家の一室を借りて傷を癒やしているところだ。
一体何がどうしてこうなったのか、実のところエリクにもよく分かっていない。
ただ唐突に牢から出された翌日、激務の間を縫って訪ねてきてくれたガルテリオの話によれば、今回の件はシグムンドが動いて丸く収めてくれたのだという。
「まったくシグムンドのやつめ、どのような手管を駆使したのかは知らないが、私に何の相談もなく勝手に上と話をつけてしまったようでな。だがおかげで君は無罪放免、代わりにマクラウドの方が二年間の減俸と半年間の謹慎という処分を受けることになった。まずは君が無事で何よりだったが……こんな形で我が国の不祥事に巻き込んでしまったこと、すまなく思う」
そう告げたガルテリオに目の前で頭を下げられたときにはさしものエリクも慌てたが、とにかくそうした経緯があって、街中で憲兵隊に手を挙げた罪は許されたのだと知った。むしろエリクは暴走した憲兵から市民を守った英雄として讃えられ、貴族、市民を問わず人口に膾炙しているぞ、とも聞かされた。
だがそれを言うならば、真に讃えられるべきはそんな自分を窮地から救い出してくれたシグムンドの方だとエリクは思う。
あの日、ガルテリオの代理としてマクラウドの呼び出しを受けたシグムンドはまんまとその状況を逆手に取り、電光石火のごとき反攻に出た。
そうすることでガルテリオにかかる火の粉を防ぎつつ、今回の一件を己の一存として処理したのだ。シグムンドはエリクを傭兵として雇ったのも黄都へ招いたのも自分だと主張し、仮に誰かが負傷した憲兵に対する責任を負わねばならないのだとしたら、自分の首を刎ねてもらって構わないと黄帝の前で断言した。
もちろんマクラウドも負けじと弁舌を弄したようだがシグムンドは彼の言い分を悉く論破。さらに市井から事件の目撃者を募り、マクラウドが不当な理由で市民を脅迫していたこと、エリクを捕らえるために無抵抗の市民を人質に取ったこと、逮捕後エリクに非合法の暴行を加えたこと、司法の権限を持たない身でありながら勝手に極刑を言い渡したこと等々、マクラウドの虚言と偽証と暴挙の数々を片っ端から暴き立てた。おかげでマクラウドの面目は丸潰れ。それどころか彼に協力して死刑の判決状を用意した法務大臣や、負傷した憲兵のために嘘の診断書を書いた医師──実は彼らの怪我は長くとも全治十日程度で済むものだった──なども芋蔓式に不正を暴かれ、ソルレカランテ城は終日大騒ぎだったと聞いた。
黄帝はこれを受け、今回の一件に関わった者たち全員を断罪。
マクラウド本人とその協力者はもちろんのこと、エリクに直接暴行を加えた憲兵の名前まで調べ上げ減俸、更迭、家格の降格といった厳しい処断を下したという。
「いや、正直俺たちもシグ様がここまでやるなんて驚きだったんだけどな。あの人はやるときは徹底的にやる人だから、マクラウドの方もたまったもんじゃなかっただろうさ。あいつに協力的だったはずの保守派貴族も、今回ばかりはシグ様を恐れて援護射撃を拒んだって話だし……味方にまで裏切られたマクラウドは今頃屋敷で地団駄を踏んでるだろうな」
と、さらにエリクの知らなかった情報を教えてくれたのは、リナルドと共に寝台の傍らに座ったウィルだった。何でもふたりは今日からようやく年末の休暇に入ったとかで、エリクを見舞うためにわざわざ実家から足を運んでくれたらしい。
ふたりが休暇に入ったということはシグムンドも今日は屋敷にいるのだろうが、彼の方は朝に部屋を訪ねてきたきり姿が見えなかった。
恐らく休暇中とは言え、上官の前ではウィルとリナルドが萎縮してしまうだろうと気を遣って、今は敢えて席をはずしてくれているのだろう。
「そうだったんだな。事件のことはシグムンド様にお訊きしてもあまり話して下さらないから、俺も気にはなってたんだ。どこの誰が証言台に立ってくれたとか、俺が助けた親子の安否とか、そういうことは喜んで教えて下さるんだけど……」
「はは、そいつはいかにもシグ様らしいな。あの人は自分の手柄も全部ガル様の功績として上に報告するような人だからさ。単に目立ちたくないのか〝能ある鷹は爪を隠す〟ってやつなのかは知らないけど、おかげでマクラウドが油断しきってたのが不幸中の幸いだったな。普段からシグ様の下で働いてりゃ、どれだけおっかない人か骨身に沁みて分かるってのに」
「だがこれだけのことをしでかしておきながら、マクラウドに下った処分が減俸と謹慎だけとはな。本来であれば憲兵隊長の座からはずされて然るべき罪状だというのに、半年間の謹慎が明けたらまたやつが戻ってくるのかと思うと……」
「ああ、それな……憲兵隊創設から一年と経たないうちに隊長交代なんて体裁が悪すぎるからだろうってガル様は言ってたけどさ。だとしても爵位の剥奪や降格すらないってのはさすがに腑に落ちないよなあ。やっぱルシーン様のお気に入りはそう簡単に引きずり下ろせないってことかねえ……」
椅子の上で半分だけあぐらをかくように足を組み、そこに頬杖をつきながらウィルは大層不満げな様子でため息をついた。他方、寝台に寄せられた脇棚を椅子代わりにしたリナルドも、物憂げに眉を曇らせている。
──〝ルシーン様〟。
たった今ウィルが口にしたその名前はエリクにも聞き覚えがあった。他でもないマクラウドが事件当日、低俗な脅し文句の中に織り交ぜていた女の名前だ。
先日ガルテリオから聞かされたところによれば、ルシーンというのは二年ほど前から黄帝が囲っている寵姫のことらしい。まだ妃として迎えられてはいないものの、亡き先妃にそっくりな容姿で黄帝を惑わし、最近では保守派貴族たちの庇護者として黄皇国に君臨しているとガルテリオは苦り切った表情でそう話していた。
そもそも今年、憲兵隊という新たな組織が発足したのもルシーンの提案によるものだったとか。マクラウドを憲兵隊長にと推薦したのもルシーンで、実のところ憲兵隊とは彼女の私兵に他ならないとガルテリオは言った。
革新派を嫌う保守派の貴族たちから担がれ、多額の献金やおもねりを受けたルシーンは今や彼らの代弁者として黄帝に意見する存在となっている。
さらには憲兵隊を使って革新派の貴族を押さえつけたり、ときには不当に逮捕したりと、とにかく黄帝の寵愛を笠に着てやりたい放題なのだという。
しかし厄介なのは、そうした不正の手口が巧妙でなかなか尻尾が掴めないこと。
そして女を武器に黄帝に取り入り、彼の権威を絶対の盾としていること。
現黄帝オルランド・レ・バルダッサーレはかつて『金色王』の異名を取ったほどの名君だが、ルシーンに対してはいささか甘いとガルテリオは苦言を零していた。
近臣たちがどれだけ諫めてもルシーンに関する進言だけは頑なに退け、今なお彼女に心奪われている、と。
「私も先の正黄戦争で妻を亡くした身、ゆえに亡き黄妃陛下の面影を追ってしまう陛下のお心も分からぬではないのだ。しかし私情を優先されるあまり、近頃あのお方が政への関心を失いつつあるように見えるのが気にかかる。此度のようにきちんと道理を説き、進言申し上げればご賢慮を揮っては下さるが、以前に比べてお振る舞いが精彩を欠いていることは否めないな……」
そう言って淡く嘆息していたガルテリオの横顔が、瞬きすれば今も瞼の裏に見えるようだった。ガルテリオも皆の前では気丈に振る舞っているものの、革新派貴族の筆頭として気苦労の絶えない日々を送っているのだろう。
今や彼の敵は国境を挟んで睨み合うシャムシール砂王国だけではない。
内にも外にも敵を抱え、そのどちらからも黄皇国を守らねばならない。
そこにはきっとエリクの想像を凌駕する壮絶な苦闘があるはずだ。
しかし、だからこそ自分は──とエリクが窓の外の雪を映した碧眼を細めたところで、不意にぱっと表情を切り替えたウィルが口を開いた。
「ま、気の滅入る話は一旦脇に置くとしてさ。エリク、お前、傷の具合はどうなんだ? 見たところ、思ってたほどひどくはないみたいだけど」
「ああ、おかげさまで順調に恢復してるよ。牢から出されたあと、シグムンド様がわざわざ陛下に頼んで皇室の主治医を呼んで下さってさ。ほとんどの傷は蒼淼刻の力で治してもらったし、今も年末だっていうのに二日に一度光神真教会の司祭様がいらして治療して下さっている。骨折や打撲みたいな内側の傷を癒やすのには水系神術よりも光系神術の方が向いてるからってな」
「じゃあ、年明けには全快しそうだっていうガル様のお話は本当なんだな? いやー、お前が城から助け出されたあともシグ様が〝当分は絶対安静だ〟とか言って会わせてくれないもんだから、そんなにひどい怪我なのかと気が気じゃなくてさ。けど思ったより元気そうで安心したよ。ったく、お前も見かけによらずとんでもない無茶をするよなあ」
「ああ、まったくだ。さすがの俺もまさかウィル以上の無茶をして、こいつに心配される男がいるとは思ってもみなかったよ」
「おいリナルド、そりゃどういう意味だ?」
「言葉どおりの意味だ」
リナルドがさらりとそう答えれば、ウィルは案の定いきり立って彼の言い分に噛みついた。まったくこのふたりはあんなことがあったあとでも相変わらずで、エリクはついつい笑いを零してしまう。ほとんど治りかけているとは言え、笑うと今も肋骨が痛むからあまり笑わせないでほしいのだが。
「だがガル様から聞いた話によれば、事件のせいで先送りになった国境戦役の褒賞も含めて、年明けの親授式で改めて表彰されることになったんだろう、エリク? 単に謁見して褒美を賜るよりも、年賀行事のために全国から集ったお歴々の前で陛下から直接勲章を授かることができるなんて箔がついてよかったじゃないか。きっと六聖日には噂を聞きつけた名家のお嬢様方から、夜会へのお誘いがひっきりなしに届くと思うぞ」
「い、いやあ、それはさすがに勘弁願いたいが……俺もまさか勲章を授かることになるなんて思ってもみなかったから、正直困惑してるよ。年の初めの親授式と言えば、旧年中に優れた功績を挙げた家臣を陛下が招いて手ずから勲章を授ける一大行事なんだろう? そこに余所者の俺が呼ばれるのかと思うと、考えただけで胃が痛いというか何というか……」
「ふふ……余所者、か。しかしエリク、俺の気のせいじゃなければ、君はさっきからシグ様のことを〝シグムンド様〟とお呼びしているようだが?」
「え?」
「事件の前までは、あの方のことはシグムンド准将とお呼びしていたはずだろう? なのに敢えて俺たちと同じように呼び始めたのは、どういう心境の変化かな」
「あ……あれ? そうだったっけ?」
と、ウィルの方は言われて初めて気がついたといった様子でエリクとリナルドを見比べた。が、エリクはシグムンドにも負けず劣らずのリナルドの洞察力に束の間目を見張り、やがて小さく笑みを零す。
「敵わないな。さすがシグムンド様の薫陶を受けてるだけはある。あの方がリナルドはあてにしていいとおっしゃっていた理由が分かるような気がするよ」
「え? 〝リナルドは〟って……じゃあエリク、俺は?」
「この件は親授式が滞りなく終わってから打ち明けようと思ってたんだが……察しのとおり、実は俺も来年から君たちの祖国に仕えることにした。つまり六聖日が明けたら君たちとは同輩ということになる。黄皇国軍のことはまだ右も左も分からない身だが、どうかお手柔らかによろしく頼むよ」
「え……ええええええええええッ!?」
エリクが笑顔でそう告白すれば、メイナード家の屋敷にはウィルの絶叫が谺した。リナルドの方はある程度予想していたのか、涼しい顔で腕を組んでいるというのにウィルの動揺は著しい。彼はあわあわと唇をわななかせるや、持ち上げた両手の指先まで震わせて、その手でガッと突然エリクの両肩を掴んだ。
「お……おいエリク、本当か!? お前も黄皇国の軍人になるって……!?」
「ああ。ガルテリオ様とシグムンド様のお許しもいただいてるよ。陛下と軍部にはおふたりから話を通して下さるって」
「け、けど、じゃあ所属と階級は……!? どこの軍の何の役職に就くんだ!?」
「さあ、階級のことは俺にはよく分からないが、一応君たちと同じ第三軍への配属を希望してるよ。願わくはシグムンド様の従卒として使ってほしいってな」
「……!」
ウィルはそれ以上言葉にならないといった様子で、口を開けたまま唖然と固まっていた。そんな彼の様子に苦笑しつつリナルドへ目をやれば、彼も笑いながら肩を竦めている──けれど、そうなのだ。
エリクは今回の事件を経て、自分もまた黄皇国の軍人になることを決意した。
夢は夢のまま終わらせるつもりだったのに、我ながらなんと移り気なことかと思う。しかしシグムンドに命懸けで命を救われた今、エリクはもうこらえることができなかった。彼らについていきたい、という想いを。
──エリク。お前もいつか郷を出て、この人こそ自分の魂の主だと思える人に出会えたなら迷わずついていけ。そこに人生の答えがある。
幼い頃から何度も反芻しては、胸に刻みつけてきた父の言葉。いつしかそれはエリクの夢となり、されど同時に自分には過ぎた夢だと諦めの感情を抱いていた。
しかし出会ってしまったのだ。
自分もまた、彼こそ我が魂の主だと確信できる人物に。
シグムンド・メイナード。彼はエリクが胸裏に描き続けた理想の主そのものであり、己が剣と人生を捧げるに値する男だった。
何より今回、異郷から来た一介の傭兵に過ぎない自分を、地位も名誉もかなぐり捨てて救わんとしてくれた彼の大恩に報いる道はこれしかない。
シグムンドがガルテリオの栄達を望むのならば、エリクもまた全身全霊を賭してガルテリオを守り、彼のための道を敷く。また彼が黄皇国の安寧を願うのならば、我が身を擲ってでもこの国の剣となり盾となる。そう決めた。無論シグムンドに決意を告げた際には反対されたが、エリクの想いは変わらなかった。
どうしてもシグムンドの許しを得られないのなら、ガルテリオを説得して彼の軍の末席に加わることを許してもらう。それでも駄目なら親授式の席で自ら陛下に慈悲を乞う──とエリクが熱意のほどを伝えれば、シグムンドもついには折れた。
今の黄皇国に仕えるということは、夢や理想で補い切れるほど生易しい道ではないぞ。彼にはそう念も押されたが、覚悟の上です、とエリクは答えた。
今、トラモント黄皇国という国が汚泥の底に沈みかけていることは、今回の一件でエリクも嫌というほど学んだつもりだ。
けれどだからこそ彼らのために戦おうと思えた。ガルテリオやシグムンドが愛してやまないかつてのトラモント黄皇国を再びこの地に取り戻す。
そう決意させてくれたマクラウドには、むしろ感謝すべきなのかもしれない。
「い、いや……はは……ははははは……マジかよ、エリク……お前──最っ高だ。いや、ほんとに最高だよ! 実は俺、前々からリナルドと話してたんだ! お前が黄皇国軍に入ってくれたら第三軍は今よりもっと磐石になるのになって! そしたらまさか本当に軍に入ってくれるなんて……!」
「ああ、正直自分でも驚いてるよ。でも今回の一件が教えてくれたんだ。黄皇国には俺が剣を取る意義があるって」
「はははっ、そうか、そうか! おいリナルド、聞いたか!? こりゃ年が明けたらエリクにたらふく酒を奢ってやらなきゃいけないな! 軍の先輩として新兵は盛大に歓迎してやらないと!」
「そうだな。だがエリク、君は確か故郷に妹がいるんだろう? 彼女のことはどうするつもりだ? まさかひとりで置き去りにするわけにもいかないだろうし……」
「妹には手紙を出して、一度黄都へ呼び寄せようと思ってるよ。あの子に無断でこんな重大な選択をしてしまったことを、直接会って謝りたいし……何より妹もシグムンド様に会わせてやりたいんだ。その上でちゃんと相談したい。妹も俺と一緒に黄皇国へ移り住むか、それとも故郷に残って族長たちと暮らすかどうかをな」
「そうか。しかし太陽の村から黄都まで出向くとなると、会えるのはしばらく先の話になりそうだな。具体的な日取りが決まったら教えてくれよ。俺も君の妹にはぜひ会ってみたい──きっと妹も君に似て、赤い髪が可憐な美少女なんだろうな」
「おい、エリク。間違っても妹をリナルドとふたりきりで会わせるなよ。こいつの節操のなさは天下一品だからな!」
先程の報復と言わんばかりにウィルが眉を吊り上げてそう言えば「心外だな」とリナルドが笑った。「さすがの俺も友人の妹に手を出すほど考えなしじゃないさ」と彼はにこやかに答えるも「いいや、お前ならやりかねないね!」とウィルもムキになって反撃する。そんなふたりのやりとりが可笑しくて、エリクは痛む胸を押さえつつも笑ってしまった。だから笑わせないでほしいと言っているのに、まったく黄皇国に来て早々賑やかな友人に恵まれてしまったものだ。
いや、友人だけじゃない。これからエリクが踏み出す前途には、手放しに尊敬できる人生の師と、夢と希望と喜びがある。
ここが俺の新しい家だ。そう思えた。
この暖かで輝かしい新天地を、妹もきっと気に入ってくれるはずだ。




