1.門が開いた日
「王よ。汝は地上の太陽たれ」──太陽神シェメッシュの言葉
その日、ひとつの国が滅んだ。
真っ黒な曇天の下、王女は崖の上に跪き、茫然と燃える祖国を眺めやる。
白い都が──愛すべき故郷が炎に包まれていた。
灼熱の業火が祖国の象徴たる『楔の塔』を焼いていく。
火の粉が舞い、立ち並ぶ漆喰の家々が炎の赤と煤の黒に塗り分けられていく。
いや、〝赤〟は猛火だけではない。
次々と斬り伏せられていく民の血が白い都を染め上げる。
気づけば王女は泣いていた。
滂沱たる涙に頬を濡らし、拘束された両手を血が滲むほどに握り締め、叫ぶ。
「どうして……どうして、エシュア・ヒドゥリーフ! これでは話が違うでしょう!」
王女の絶叫を、血を吐くような激昂を、噴き上げる憎悪を、振り仰がれた視線と共に受け止めた青年がいた──エシュア・ヒドゥリーフ。
山上に築かれた主座に頬杖をつき、彼は退屈そうに燃える都を眺めている。
限りなく白に近い銀髪の下で炎の色を返すのは、触れると凍えそうな青色の瞳。
彼はその凍てつく視点を王女へ移すと、ぞっとするほど端正な顔立ちを綻ばせた。王女を憐れむようでいて、嘲笑に他ならぬ微笑みを湛えて。
「話が違う? それはこちらの台詞だよ、鍵守りの姫。君は祖国を救うため、私への服従を誓ったはずだった。なのに君は〝門〟を開くことを頑なに拒んだ。誓約を破った者には相応の罰が必要だ。そうだろう?」
「……!!」
「忘れているようだから教えてあげよう。私は世界の秩序を司る神、トーラの神子だ。ゆえに秩序を乱す者には容赦しない。君はエマニュエルを統一し、世界に永遠をもたらすという私の使命を阻害した。君も神子ならば神々の声に耳を傾けて然るべきであったのに──これは愚かな反逆の代償だよ、鍵守りの姫」
王女の慟哭が谺した。喉が破れんばかりに王女は哭いた。
麗しい心が音を立てて砕けた刹那、閃光が闇を劈いていく。
王女の叫びと錠の開く音に呼応して、緋色の瞳が永久の眠りから目を覚ました。
その日、門が開いた。