レイナと魔物
ギルドを出た僕たちは、日用品の買い物を済ませ、家へと向かった。
僕の家は小さなレンガ造りの一軒家で、1階に居間があり、2階には寝室が二部屋用意されている。
「ここが僕の家だよ。」
「素敵なおうち!」
レイナはキョロキョロと興味津々に家をいろんな角度から見ている。
「ふふ。ありがとう。」
そんなに大きな家ではないけど、レイナは大げさに喜んでくれている。
僕はレイナを2階の部屋へと案内した。
「ここがレイナの部屋だよ。好きに使っていいからね。
「わあ!ありがとう!」
「お客様用の布団があるから、それを使ってね。もちろんちゃんと洗っているから綺麗だよ。」
「ありがとう。久々に森以外の場所で寝れると思うと嬉しいな。」
たしかに、あれだけ長い間、洞窟の中で過ごしていたからね。
家では精一杯リラックスしてほしいな。
そうして、そうこうしているうちに、時刻はちょうど夕飯時になっていた。
僕は約束していたとおりシチューを作り、レイナに振舞うと、とても美味しそうに食べてくれた。
久々に人のために料理を作ったけど、やっぱり自分の作った料理を美味しそうに食べてくれると嬉しいね。
「明日からは能力の制御の訓練に加えて、能力に頼らない戦い方の訓練も初めていこうか。」
「さっそくだね。私、村では畑仕事しかしてなかったから、ちょっと不安だな。」
「そんなに気負わなくてもいいよ。出来ないことを出来るようにするのが訓練だからね。
それにレイナは才能があるから、きっとすぐに強くなれるさ。」
「ふふ。そうだといいな。」
夕飯を食べ終わると僕は、レイナをお風呂へと案内した。
レイナがお風呂に入っている間、僕は逆立ち腕立て伏せを行いながら、明日の特訓メニューを考える。
やっぱり実践的な訓練が一番だから、ひたすら組手あるのみかな。
少し慣れてきたら魔物と戦ってみるのもいいだろう。やはり人間と魔物とでは戦い方も変わってくるしね。
僕の腕立てが1000回目に突入するころ、レイナがお風呂からあがってきた。
「兄さんったら、家の中でも、そんな特訓をしているの。」
タオルで髪をふきながらレイナは僕に近づいてきて、呆れながら、そんなことを言ってきた。
僕の普段着をダボっと着ている姿はとても可愛い。
「はは。まぁこれは癖みたいなものかな。考え事をしながらもできるし、一石二鳥だよ。」
「ふつうはそんなキツイ運動しながら、涼しい顔して考え事なんてできないよ。」
「慣れればレイナにもできるようになるさ。」
最初はたしかにきつかったけど、今では片腕でも余裕でできる。
頭に血が上るのは少し慣れるのに時間がかかるけど、そこまで嫌がらなくてもいいのにな。
僕はレイナが微妙そうな顔をしているのを見ると、腕立てをやめレイナに向き合う。
「さて、それじゃあ早いけど寝ようか。」
「うん。」
僕たちはそれぞれ寝室へ行き布団へと横になった。
さすがに2週間も森で生活するのは疲れたな。今日はぐっすり寝れそうだ。
僕はさっそくうとうとし始めて眠りそうになる。
すると、トントンとドアのノックが聞こえてきた。
「どうしたの?」
僕が声をかけると、レイナが、申し訳なさそうにゆっくりドアをあけ顔をのぞかせる。
「...恥ずかしいんだけど、一人で寝るのが怖くて...兄さんと一緒に寝ちゃだめかな?」
レイナはそんな可愛いお願いをしてきた。
たしかに森では、同じ洞窟の少し離れた場所で寝てたし、空間が分かれて寝るのは初めてだったな。
それに、村で起きたであろう出来事を考えると、一人で寝かせるのはまだ早いかもしれない。
「うん。もちろんいいよ。布団をもってこっちにおいで。」
そういうとレイナは嬉しそうに、布団と枕をもって僕の部屋にやってきた。
「ごめんね。迷惑かけちゃって。」
「レイナは僕の可愛い弟子で、0番隊の隊員でもある。迷惑だなんて思ってないよ。
別にお願いしなくても、一人で寝れないときはいつでも僕の部屋にきていいからね。」
「...ありがとう。兄さん。」
レイナは嬉しそうにはにかむと、目をつむり、しばらくすると小さく寝息をたてだした。
きっと自分で思っている以上に疲れていたんだろうな。
すやすやと寝ていると思えば、レイナは時折苦しそうにうめき声をあげている。
あわただしい生活の中で一時的に忘れていた村での苦しみが、きっと今になって出てきたんだろう。
僕は少しでもレイナが楽になるようにと、頭を優しく撫でてあげる。
「大丈夫だよ。」
するとレイナは、少し安心したようで、また小さな寝息をたてる。
気丈に振舞っているけど、まだ14歳で本当ならお母さんに甘えてもいい年だ。
僕と一緒にいる間は、僕が甘やかしてあげよう。
僕はそんなことを考えていると眠りにつくのだった。
◇
次の日、僕たちは街の近くの森で格闘訓練を行っていた。
「えいっ!」
「踏み込みが甘いよ。」
レイナは僕に拳を突き出してくるが、まるで力が乗っていない。
「レイナは体が小さいからね、素早さを生かした戦い方を試してみようか。」
「はい!お願いします!」
「いい返事だ。これからは僕も軽く反撃するからね。それを躱しつつ、僕の動きをみて戦い方を覚えてごらん。」
「はい!」
そう言ってしばらく拳を交える。僕はもちろんレイナの体に当てないようにしているが。
「はぁ、はぁ。」
「うん。だいぶ良くなってきたんじゃないかな。」
「ありがとう...ございました!」
レイナは疲れ果てたのか大の字に地面に倒れた。
はは。慣れない動きをして相当疲れたみたいだね。
レイナは僕と組手をしていくなかで、最初こそ素人丸出しの動きだったが、戦いの中で僕の動きをよく観察し、みるみる体のさばき方がうまくなっていった。
能力を発現したことで、基礎的な身体能力も引き上げられたのかもしれない。
「まさか1日でここまで上達するとはね、驚いたよ。」
「私も驚いてる。なんだかいつもより体が軽いの。動体視力もなんだか良くなってるみたい。」
レイナは上半身を起こし、僕を見ながら返事をする。
「きっと能力の発現と一緒に、身体能力も引き上げられたんだね。この調子なら、明日は魔物と戦ってみてもいいかもしれないな。」
「えっ、魔物と戦うの?」
レイナはすこし躊躇うような表情を見せる。
「アイギスの0番隊として入隊したからね。遅かれ早かれ魔物とは戦うことになる。だったら早いうちに慣れておこう。」
「...そうだね。私は兄さんの役に立つと決めたんだから。頑張ってみる。」
「偉いね。レイナ。さて、じゃあ今日は帰ろうか。」
僕はレイナを褒め、今日の訓練を終わりにした。
◇
そして次の日、いよいよ魔物と戦う日がやってきた。
森を歩いていると、目の前に角の生えたうさぎ型の魔物が現れる。
あれは、ホーンラビット。Dランクの魔物だ。
「さあレイナ。あのホーンラビットを倒してみようか。初めてだし能力を使ってもいいからね。」
「う、うん。」
訓練でだいぶ成長したとはいえ、こちらに害意をもって対峙してくる魔物との戦闘にはまだ緊張しているみたいだ。
「大丈夫。今のレイナなら余裕だよ。」
僕はそう言って応援するが、レイナはなかなか攻撃ができないでいる。
そうしてるあいだに、ホーンラビットはレイナに向かって飛び掛かってくる。
レイナはそれを躱すが、反撃ができていない。
僕は、無言でレイナが反撃するのを待った。
そしてついに、意を決したレイナがホーンラビットに反撃する。
「はっ!」
背中から生えた腕で吹き飛ばされたホーンラビットはそのまま魔素となり消えていった。
「レイナよく頑張ったね。」
レイナは僕の声が聞こえていないようで、消えていったホーンラビットの方向を見つめ、息を荒げている。
「私は、命を、奪った。私は、化け物、なの?」
いけない!冷静さを失っている!
僕はレイナを抱き寄せ優しい声をかけ安心させようとする。
「レイナ大丈夫だ。僕がついている。レイナは正しく力を使ったんだ。だから、大丈夫。」
「はぁ...はぁ...。」
僕は何度も大丈夫とささやき、レイナの背中を優しくさする。
「はぁ...ふぅ...。」
「落ち着いたみたいだね。よく頑張ったね。ちゃんと魔物を倒せたよ。」
「私、魔物、倒せたの?」
「そうだよ。だから、今は少し休んでも大丈夫。」
そう言うとレイナは安心したように気を失ってしまった。
気を張り詰めすぎてしまったみたいだね。でもこの1歩は大きな一歩だ。
君は確実に、人々を守る強気の存在、アイギスの隊員への道を歩み始めた。
僕はレイナを木陰の寝かしてやり、頭を撫でてあげるのだった。
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