レイナと特訓
レイナの特訓の約束をしたその日から、僕はレイナとともに洞窟で暮らすことにした。
レイナはまだ、人間に会うのが怖いみたいだ。
訓練を開始してから三日は、基礎体力の向上のため、走り込みや筋力トレーニングを主に行っていた。
レイナも少しは体力がついてきたみたいだから、そろそろ能力の制御も初めていこうかな。
「さてレイナ、それじゃあいよいよ能力の制御を訓練していこうか。」
「やっとね!これでもう森を走り回る苦行から解放される!」
「いや、森の走り込みは、午前だけにして、能力の制御は午後からにする予定だよ。」
そういうとレイナは天を見上げていた。
よっぽど嫌らしい。走り込み。楽しいのにな。
「それじゃあ、訓練の内容を説明するよ。」
僕は小石を拾うと、真上に向かって投げた。
そして、小石に手を向ける。
小石はグシャッという音を立てて砕け散る。
「今見せたみたいに、小石を砕くのに強大な岩を砕くような強大な力は必要ない。
まずは最小限の力で能力を使えるようになるように訓練していこうか。」
僕はレイナに小石を拾い渡す。
「レイナの能力は背中に生えた二つの腕を操る能力のようだから、まずはその腕を普通の腕のようにコントロールできるように頑張ってみよう。
能力の腕をつかって、小石を積み上げていってごらん。」
僕がレイナに与えた訓練は、能力の腕を使って、小石を積み上げるというものだ。
力をいれすぎると小石を砕いてしまうし、慎重に置かないと小石は崩れてしまう。
「わかった。やってみる。」
レイナはそう言うと能力を使い石を積み上げようとする。
グシャッ
「い、意外と難しいのね。」
力を入れすぎて石を砕いてしまったレイナは、気を取り直して次の石を積み上げようとする。
グシャッ
「もー!いらいらする!」
レイナは若いからね。こうゆう地味な訓練は苦手なんだろう。
僕は苦笑しながらもレイナを励ます。
「最初は苦労するだろうけど、慣れてくれば自分の腕のように扱えるようになるはずさ。」
「...うん。頑張ってみる。」
そう言ってレイナは訓練に集中するのだった。
◇
初めてレイナに会った時、レイナは傷ついていた。
彼女の様子から、傷ついてしまった理由は想像に難くない。
レイナを強くするだけではなく、その心を癒すような存在に僕はならなければならない。
彼女の家族になる。といえば言い過ぎかもしれないけど、僕はそのくらいの気持ちで彼女と接するつもりだ。
訓練の終わりの時間になると僕は必ずレイナを褒め、頭を撫でてあげる。
「レイナ。よく頑張ったね。明日も一緒に頑張ろう。」
最初のうちは嫌がるそぶりを見せていたが、今では心なしか嬉しそうな顔をするようになった。
僕が必ずレイナを救ってあげる。だからもうしばらく頑張ろう。
◇
レイナの特訓を開始してから、2週間ほどの時が流れた。
2週間の間に起きたことといえば、レイナが14歳だったと知ったこと。
石鹸を持っていき、川で体と髪を綺麗に洗うと、レイナは見違えるように可愛くなったこと。
そして、訓練を行う中で気づけば僕のことを兄さんと呼ぶようになっていたことだ。
...僕がそう呼ばせているわけではないということは分かってもらいたい。
ちなみに石鹸は、昔この世界に召喚されたらしい異世界人が作ったと言われている。
この発明はとても素晴らしい。僕も毎日欠かさず使っている。
そしてここ数日、能力を使い、石を完璧に積み上げられるようになったレイナとは、より実践的な戦闘訓練を行うようになっていた
「兄さん、今日こそは1撃いれさせてもうよ!」
黒い腕が僕を狙い、高速で連打を打ち込んでくる。
僕はそれをすべて避ける。
「今のを余裕で避けるなんて。ただでさえとんでもない能力持ってるのに、身体能力も異常だなんて、反則じゃない!?」
レイナはそう叫びながらも僕の隙をついて、2本の黒い腕で連撃を続ける。
「余裕そうに見えるかもしれないけど、そろそろ避けるだけは限界になってきたかな。
そうだ。僕に防御させたら、何か一つお願い事を聞いてあげてもいいよ。」
「ほんと!?じゃあちょっとやる気だしちゃおっかな!」
僕は、レイナを挑発してペースを乱そうとした。だが、どうやらそれがやる気を引きだす形になってしまったらしい。
一体何をお願いされてしまうんだ。
レイナは黒い腕で地面を叩き、土埃を発生させた。
「目くらましか...。考えたね。」
でも目くらまししたところで、レイナの気配はまるわかりだよ。
僕は余裕をもってレイナの攻撃をかわそうとするが、一瞬レイナの気配が消える。
「!?」
僕は驚き、一瞬硬直してしまう。そして死角から黒い腕が伸びてきた。
「いけー!」
「おいおい、いつのまにそんな戦術覚えたんだよ。」
僕はそう呟き、躱すことを諦め、能力で腕を弾いた。
「やったー!防御させた!私の勝ち!」
レイナが飛び跳ねて喜んでいる。
ちょっと君、初めて会った時とキャラ違いすぎないかな。
まぁ、14歳ってことを考えればこれが普通なのかもしれないけど。
それにあの戦術。戦いの中で自然と覚えたならレイナは天才かもしれないな。
僕は苦笑し、レイナを褒めることにした。
「防御したのなんて本当に久々だよ。たった2週間でもここまで強くなるなんて、レイナはすごいね。」
「へへへ。じゃあお願い聞いてもらっていい?」
「うん。約束したからね。」
どんなお願いをされるんだろう。頼むから変なお願いはしないでほしい。
「じゃあ、私を0番隊に入れてほしい。」
レイナは笑顔から一転、真剣な表情になったかと思えばそんなお願いをしてきた。
特訓の中で、僕がアイギスの0番隊隊長(隊員0)ということは伝えてあったが、そのお願いは予想外だった。
隊長と名乗りながらも隊員がいないのはおかしな話だし、そろそろ隊員を入れてもいいかもしれないな。
「そうだね、僕に防御させるほどの実力ならアイギスに入ることは簡単だろう。それに、レイナはもう僕の弟子のようなものだからね。うん。ぜひ僕の最初の隊員になってほしい。」
僕がレイナのお願いを受け入れると、レイナは再び満面の笑みを浮かべ、飛び跳ねて喜んだ。
「やったー!私が最初の隊員!」
レイナが小躍りをしながら喜んでいる。
その光景を見ていると、僕はレイナの心を少しでも癒せていると感じて安心した。
そして、小躍りするレイナを横目に見ながら、僕は魔物の異常発生の原因について考えていた。
原因は僕のなかでほぼ特定できている。思えば、遭遇する魔物はみな何かから逃げるようにしていた。
そして、Aランクの魔物を逃げさせるほどの存在。つまりそれは、Sランク以上の魔物が存在することを意味している。
しかし、幸い街に近い森の魔物は、冒険者と僕を含むアイギスの手によって対処できているから、その魔物はすぐに討伐する必要はないだろう。
Sランクの魔物となると、アイギスの隊長クラスが出張る必要があるしな。
僕なら問題ないけど...。さて、どうするかな。
チラリとレイナを見ると、肌や髪の毛は手入れされ綺麗に保たれていたが、服はボロボロだ。
「レイナ。0番隊に入隊することになったし、そろそろ街に行ってみないか。
レイナは可愛いんだから、レイナに似合う可愛い服でも買いに行こうよ。」
レイナは小躍りをやめ、僕に近づく。心なしか顔が赤い気がする。
「そ、そうね。街は人がたくさんいるから怖いけど、兄さんがいれば安心だし。そろそろ街に行こうかな。」
「うん。それじゃあ、街に行こうか。怖かったら僕にくっついててもいいからね。」
「う、うん。怖かったら、そうするね。」
ほんとにレイナは素直ないい子になったね。あとは、心の奥底に眠ってる憎しみをどうにかできれば完璧なんだけど。
そんなことを考えながら僕は、レイナの手を握り街へと向かった。
読んでいただきありがとうございます。