幕間(レイナ)
私の住んでいた村は50人ほどの人口の小さな村だった。
村人はそれぞれ畑を持っており、自給自足で生活しながら、時には村にやってくる商人と作物を取引することで生活をしていた。
王都の暮らしと比べるときっと質素な暮らしなのだろうが、私にとってはとても幸せな日常だった。
「お母さん。今日もたくさんお芋がとれたね!」
「ふふ、そうね。今日もお手伝いしてくれてありがとうね。」
私が能力を発現する前日、私は日課となっている母の手伝いをしていた。
母は私が手伝うと、いつも嬉しそうに喜んでくれるので、私はお手伝いが大好きだった。
そんないつもの日常を送っていた私に、突然異変が起こる。
「けほっけほっ」
私は楽しい気分でお芋を運んでいたのに、急に肺が苦しくなり咳き込んでしまった。
「あら、風邪でも引いたのかしら。今日は早く帰ってやすみましょうね。」
「うん...。」
「おんぶしてあげるから、背中に乗りなさい。」
「けほっ。ありがとう。お母さん。」
私が急に咳き込んだので、母が心配そうに私の背中をさすり、私をおぶってくれた。
私はそのまま家の布団に運ばれ、横になって安静にしていたが、しばらくすると急に寒気がしてきて、そのまま高熱にうなされはじめた。
それは今まで味わった事のない痛みを伴っていて、私は死んでしまうのではないかという恐怖を抱えた。
そんな苦しみが夜通し続き、私はいつしか意識を失い、気づけば翌朝を迎えていた。
母が私を懸命に看護してくれたおかげか、熱が下がったようで、私は汗だくになりながら布団から起き上がる。
母は心から安心したような表情で、私の頭を撫でてくれた。
痛みもだいぶ落ち着き、私は母に抱き着き、無事に生きていることを喜んだ。
「熱は下がったみたいだけど、今日はお手伝いは無しにして、安静にしないとだめよ。」
「うん。わかったよ。」
わたしは畑作業のお手伝いができないことを申し訳なく思いながらも、再び布団に横になった。
そうして、しばらく布団で寝ていると、大きな鐘の音とともに、外から大声が聞こえてきた。
「魔物が出たぞー!!!」
「えっ!!」
私は急いで飛び起きた。
魔物?私が生まれてからそんなこと一度もなかったのに。
そうだ。お母さんを探さなきゃ。
私は混乱しながらも、気だるい体を無理やり動かし、母を探しに移動を開始した。
外に出ると村人たちは、一様に悲鳴を上げながら、比較的頑丈な造りをしている集会所をめざして一心不乱に逃げていた。
私はそんな村人を横目に、母を探す。
お母さんは、今頃畑仕事をしている時間だから、きっと畑だ!
私はそう考えると、急いで畑の方向へと走った。
畑へと向かう道中、魔物に食い殺されたであろう村人の死体がいくつか転がっている。
私はそれを発見すると胃液がこみ上げそうになるが、なんとかこらえて必死で母を探した。
「お母さん!」
畑へと到着すると、そこには、大きな狼型の魔物と、村の男たちが農具を持って魔物を取り囲んでいた。
そしてその後ろに腰が抜けたように座り込む母の姿を発見した。
私はお母さんへと駆け寄る。
「お母さん大丈夫!?」
「ああ、レイナ。無事でよかった。」
お母さんは、目の前の恐怖より私のことを心配してくれていたようで、私は泣きそうになった。
「早く逃げよう!」
そう言って母を起こし集会所へと逃げようとするが、その目の前には、魔物がうなり声をあげながらこちらを睨んでいた。
「ひっ!」
私はすっかり足がすくんでしまい、動けなくなってしまった。
魔物は、なぜか周りの男たちではなく私たちを狙っている様子だ。
そんな怯えて動けない私の前に母が飛び出した。
「わたしの娘には手を出させない!」
魔物はうなり声をあげなら、少しずつ母に近づいていく。
だめだ。このままじゃお母さんが殺されちゃう。
「お母さんを殺さないで!」
わたしは頭が真っ白になりながらも目をぎゅっとつむり、がむしゃらに魔物に飛び掛かった。
そして気が付くと、ゴシャッと何かがつぶれる音がした。
おそるおそる目を開けると、そこには大きな鉄球で吹き飛ばされたようなグシャっと潰れた魔物の死体が転がっていた。
「何が起きたの...。」
私は周りを見渡した。
すると、農具を持っている男たちが怯えたような表情を浮かべている。
魔物はもう死んだのになんでそんなに怯えているの?
私はお母さんの方を振り向いた。
「ひっ!」
お母さんも何かに怯えている。
なんでお母さんも怯えているの?魔物はもういなくなったよ?
...
本当は理解していた。
みんな私を見て怯えている。
だって私の背中から、見覚えのない禍々しい黒い腕が生えているんだから...。
「この化け物め!」
「お前が魔物を呼び寄せたのか!」
「この村から出ていけ!」
男たちは私が危害を加えてこない事を理解すると、急に私を攻め立てた。
攻める男たちに私は訴えかける。
私は化け物じゃないよ!この変な腕も知らない!、ただ、私はお母さんを守りたかっただけなんだよ!
そう言ってやりたかったが、私は混乱しているせいか声が出せなかった。
「痛っ!」
私が硬直していると、男が投げた石が私の頭を直撃した。
「なんで...。なんでこんなひどい事するの!私は何もしてないよ!私は化け物じゃない!」
私はやっとの思いで声を振り絞り、泣きながら訴えるが、男たちには届かない。
なおも石を投げられ続け、私の体には傷が増えていく。
「お母さん。お母さんは分かってくれるよね。」
私は傷ついた体でお母さんを見る。
お母さんは今もなお、怯えた様子で私を見ている。
私は自分を怯える母の視線に耐えられなくなり、村から飛び出るよに走り出した。
なんでこんなことになったの!私は化け物じゃない!なんで誰もわかってくれないの!
私は悔しさと悲しさで涙が止まらなかった。
村を飛び出し、森の中を嗚咽をもらしながら、とぼとぼと歩いた。
そして泣きつかれて、いつしか木にもたれかかるように座り込み、眠りにつくのだった。
◇
私は、何㎞走らされたかわからない走り込みを終えると、地面に大の字に倒れ、村での出来事を思い出していた。
「はぁはぁ」
農作業で多少は運動していたとはいえ、普段では考えられないような距離を走らされたレイナは息も絶え絶えになりながら、目の前でピンピンしているリュートと名乗る男を見つめる。
村から飛び出し、傷ついた体を見て心配そうに話しかけてきた男。
私の能力を見ても怯えない男。
そして、私よりはるかに強力な能力を持ち、自分に能力の制御を教えてくれると言ってきたこの男に私は興味を持った。
私が自分を守れるほど強くなった時、また村のみんなの顔を、母の顔を見ることができるのだろうか。
今はまだ、私を怯えたようで見つめるあの目が忘れられない。
とにかく今は、この男を信じて強くなろう。
「さぁ、もう充分休めただろうから、次の訓練に移ろうか。」
...このスパルタな男を信じて。