少女の葛藤
翌日僕は、再びあの少女に会うために森を訪れていた。
彼女の気配は前日に覚えていたため、その気配をたどる。
通りすがりに出現する魔物を討伐しながら森を進んでいくと、岩肌にできた洞窟の付近で少女を見つけた。
傷は癒えていたので、どうやらポーションは使ってくれたようだ。
僕がゆっくり彼女に近づくと、こちらに気づき、昨日よりは少しましになった目つきで話しかけてきた。
「なぜ私の居場所がわかったの」
「昨日強力な殺気を浴びたからね、君の気配はもう覚えたよ。
改めてだけど、僕の名前はリュート。君の名前を教えてくれないかな。」
僕はできるだけ柔らかい表情で彼女に話しかけた。
「私に話しかけないでって言ったでしょ。人間は信用できないの。」
「そう。僕は人間だ。だけど、君と同じような能力者でもある。」
少女は僕の言葉に少し反応を見せた。
「僕も昔は化け物と呼ばれ恐れられていた。でも僕には救ってくれる人がいた。僕は僕を救ってくれた人のように、君を救いたいと考えている。」
僕は真剣に彼女を見つめた。
「…レイナ。」
彼女はしばらく迷ったようだったが、僕の思いを少しはくみ取ってくれたのか、名前を教えてくれた。
僕はひとまず話が通じたことに安心する。
「レイナか。いい名前だね。今日は君に1つ提案をしにきたんだ。」
「提案?」
「そう、提案。さっきも言ったけど、僕も君と同じように能力者なんだ。だから君さえよければ、その能力を制御できるように教えたいと思っている。」
僕が提案するとレイナは怪訝そうな顔を浮かべる。
「あなたにどんな利点があるの?」
「利点か...。それは考えてなかったな。何度も言うようだけど、ただ僕は、僕がかつて助けられたように、助けたかっただけ。
つまり、僕自分のために君を助けたいんだ。」
僕は頬を掻きながら悩んだ後、レイナの目を見つめ、自分の本心を伝えた。
体の傷は癒えても心の傷は簡単には癒えない。ぼくは、この少女の心までも救ってあげたい。
いや、救わなければならないんだ。
「どうやら嘘じゃないみたいね。でもあなたが私に能力の制御を教えることができるのかを確かめるために、あなたの能力を見せてもえない?」
「信じてくれてありがとう。わかった。見せるよ、僕の能力を。」
僕は少し遠くにある5メートルほどの巨大な岩に手を向ける。
すると、岩が少しづつひび割れ、次の瞬間大きな音とともに崩れ、地面に半径10メートルほどの大きな半円のくぼみができた。
すでに岩の面影はなく、そこにはひび割れ陥没した地面だけが残っている。
その圧倒的な力を目にしたレイナはしばらく呆然とした後に口を開いた。
「すごいね。あなた、私を殺そうと思ったら一瞬で殺せたんじゃない。」
「この力は、魔物を倒すためにある。人には向けないよ。
君の力も同じさ。守るために使うんだ。」
僕は真剣な表情で、かつて恩人に言ってもらった言葉と同じ言葉をレイナに伝えた。
そして、表情を和らげる。
「これで僕の能力はわかってくれたかな。」
「ええ。これ以上ないくらいに理解した。でも私は今でも村のみんなを憎いと思ってる。私を虐げた村のみんなを。」
やはり、彼女の心の闇は深いようだ。
まだ若いのに、あんなに傷だらけになるまで、村人にひどいことをされたのだ。
その憎しみは簡単に拭えることはできないだろう。
レイナは苦しいような悲しいような表情を浮かべてその胸中を語ってくれた。
「そんな私が、人々を守るために力を使うなんて...。」
「別に虐げた村人を無理に守る必要なんてないさ。」
「え?」
「まずは自分を守るために力を使えばいい。」
「自分を守る...。」
「そう。そして余裕ができてきたら、ついでに守ってやればいい。自分が守れる範囲を少しずつ広げていければいいのさ。どんなに強い力を持っていても、すべての人間を救うことなんでできないからね。」
「あなたは、自分を化け物と恐れた相手を守ってあげたの?」
「そうだね。僕が恩人に出会って、自分を守れるくらい強くなったころ、僕が育たった村にAランクの魔物が現れたんだ。
そして僕には村を守れる力もあった。だから僕は言ったんだ。」
レイナが僕の次の言葉を待っている。
「僕は強いから、ついでに守ってあげますよ。って。あの時の村人のポカンとした表情は忘れられないよ。」
「それで、その村を守ってあなたは感謝されたの?」
「どうかな。僕は魔物を討伐したあと、そのまま村の人とは会わずに王都に引っ越したから。でも、どうでもいいんだ。ただ僕はここで守らなかったら、今後食べるご飯がまずくなるかなと思ったから守っただけなんだ。」
僕が少し笑ってそういうとレイナは興味深そうに僕に聞いてくる。
「あなたを虐げた人なのに?」
「僕に守る力がなかったらきっと逃げてたさ。でも力があった。だから、ついでに守ってあげたのさ。ただその相手が僕を虐げてた人だったってだけの話。」
「あなたは強いのね...。」
僕は、あまり村にいい思い出はないけど、それでも自分が育った村だから。
どんなに嫌な思いをしても、自分の故郷だから。
だからきっと僕は、守ったんだ。
レイナは目をつぶり思案し、しばらくして顔を上げ、僕を見つめた。
「私は、私を虐げた村のみんなに会うのはまだ怖い。だけど、とりあえず私は自分自身を守れるように強くなることにする。だから、私に能力の制御を教えてください。」
「うん。もちろんいいよ。」
僕は笑顔で彼女の思いに応えることにした。
こうして、僕はレイナに能力の制御を教えることとなった。
「さて、じゃあまずは僕と一緒にこの森を100㎞ほど走ろうか!」
「...え?能力の制御方法じゃないの?」
「健全な能力は健全な肉体に宿るってね。」
僕は全力の笑顔でレイナにサムズアップした。
そう。リュートは意外と脳筋であった。
レイナは絶望した表情を浮かべ、笑顔で走り出すリュートについていくのだった。
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