カエデと魔物
森へ着くと、カエデはやる気になって魔物を倒す気が満々になっている。
だけど、魔物と戦う前に準備運動がてら、やっておかなければならない事がある。
「さて、それじゃあ魔物と戦う前にカエデの戦い方の癖をなくそうか。」
「戦い方の癖?」
「うん。カエデはキキョウと一緒で、カンザキ流の流派だよね。」
「そうよ。」
「残念だけど、カンザキ流の戦い方のままで、強くなっても、キキョウには勝てないだろう。だから、これからは新しい戦い方を学んでもらう。まぁ僕のオリジナルだから少し恥ずかしいけどリュート流ってことになるかな。」
カエデは僕の話を真剣に聞いている。
自分でも、カンザキ流での戦い方に限界があると薄々感じていたのだろう。
でも、自分が今まで十年以上信じてきた流派を捨てるのは相当な覚悟がいるだろう。
「わかった。わたしはリュートを信じてみる。」
しばらく黙っていたカエデだが覚悟を決めたようだ。
「ありがとう。幸いなことに、カエデには剣術の基礎がしっかりとできているから、そこまで苦労せずに慣れてくると思う。」
まずは、と僕は続ける。
「相手に自分の動きを読ませない歩法。これが剣術の基礎になる。実際にやってみるから見てまねるところから始めてみよう。」
僕は剣を構え、緩急をつけた独自の歩法をカエデに見せる。
「足跡が残るように少し大げさにやってみたから、僕の足跡をなぞるようにやってみて。」
「わかったわ。」
カエデは真剣に僕の動きを模倣する。
「うん。1回目なのに悪くない動きだよ。じゃあこれを体に染み付くまでやってみようか。」
「はい! 師匠!」
カエデが僕の動きを繰り返し真似している。
流石だね。たったの数回で、すでに動きを自分のものに出来かけている。
キキョウは天才かもしれないが、カエデも間違いなく天才だ。
実際、カンザキ流は僕も扱えるが、カンザキ流は流れるような静の戦い方を主とする流派だ。
しかしカエデは、瞬発力がある、しなやかな肉体を持っているから静よりは動の戦い方が向いているだろう。
自分に向いていない流派であそこまで強くなったんだ。
自分に合った戦い方を学ぶだけで、カエデは化けるだろう。
そうして、カエデは息が上がるまで数十回と僕の動きを模倣し続けた。
「見事だよ、カエデ。今度は今の動きに加えて剣を振る動作を付けくわえる。よく見ていて。」
僕はさきほどの動きに加えて剣を振るう動作をつけ、カエデに見せてやる。
「すごい。姉さんとは違うけど、力強くて、なんて美しいの。」
カエデが小さな声で呟いている。僕にはばっちり聞こえているけど、聞こえないふりをしておこう。
「カエデもすぐにこのくらいの動きはできるようになるよ。さっそく真似してごらん。」
「本当!? よし!」
カエデは再び僕の動きを模倣する。
「なるほど! さっきの歩法がこの剣戟につながるのね!」
さっそくカエデは何かをつかんだようだ。
実際、僕の流派に型というものは存在しない。
今やっている動作は、どんな魔物や人が相手でも臨機応変に対応できるように、その基礎を固めるための動きだ。
それから2時間ほど、カエデには僕の動きの模倣をしてもらった。
「うん。ずいぶん板についてきたね。でもまだまだ洗練されてはいない。この動きが染み付くまで、毎日続けていこう。」
「はい! ありがとうございます!」
「ふふ、どういたしまして。それじゃあ、今度は僕と軽く手合わせしてみようか。」
そう言って僕はカエデに向けて剣を構える。
「お願いします!」
街の広場で手合わせした時と同様に、カエデは僕の懐へと一歩で踏み込んでくる。
しかし、そのあとの動きはあの時と全然違う、僕のリズムを崩すように緩急をつけた動きで横へと移動し、剣を振るってくる。
僕はその剣を防ぐ。しかしあの時のように反撃はできない。
「いや~、本当に天才だね。カエデ。いや、それに見合う努力もしてきたのだろうけど。」
僕はそう呟きカエデと剣を合わせる。
「でもまだまだ甘いかな。」
僕は一瞬の隙をつき、カエデの足を払う。
「なっ!」
なんとか転倒せずにすんだようだが、
僕はバランスを崩したカエデの首元に剣をそえる。
「また僕の勝ちだね。」
「足払いなんて卑怯よ。」
「実践では卑怯も何もないよ。死んだらそこで終わりだからね。」
「むー。」
カエデは渋々納得したようだ。
「はは。でも最初の一撃はよかったよ。それに、こんな戦い方があることも学んだ。カエデはこれからどんどん強くなるよ。」
「ありがとう。私、頑張るわ。」
さて、準備運動としてはもう十分だろう。
「それじゃあ、今日の訓練の集大成として、魔物を討伐してみようか。」
「いよいよね。今ならどんな魔物にも負ける気がしないわ。」
「油断してはだめだよ。今まで人としか戦ってこなかったのだから、今回の経験で、魔物の動きがいかに読みにくいかがわかるだろう。」
そうして、森の中を進んでいると奥からオークが現れた。
「さあカエデ、初陣といこうか。」
「ええ。やってやるわ!」
オークはCランクの魔物だ。
カエデなら、特訓する前でも倒せる相手だろう。多少は苦戦するだろうけど。
「さぁ、特訓の成果を見せつけてやるといい。」
「はい!」
そう言って、カエデがオークに向かって走る。
オークは地面を蹴って土を飛ばし、目つぶしをしてくる。
カエデは一瞬驚いたようだったが、冷静に躱し、オークへと肉薄する。
特訓前のカエデだったら避けられなかっただろうな。
僕の予想通り、臨機応変な動きができるようになっている。
「はっ!」
気合とともに、オークが一刀両断される。
「はぁはぁっ!」
多少息が上がってしまったようだが、初陣だという事を考えれば上々だろう。
「よく頑張ったねカエデ。」
僕はレイナを撫でる癖で、カエデを撫でてしまう。
「な、なにするのよ! は、恥ずかしいでしょ!」
「ごめんごめん。つい癖でね。」
「癖って。そんなすぐ撫でるような相手がいるの?」
カエデがジト目でこちらを見てくる。
「はは。僕の隊員に僕の最初の弟子?みたいな子がいてね。と言っても隊員は1人しかいないんだけど。」
僕は頬を掻きながら言う。
「へー。そんな仲の良い子がいるんだ。その子も剣を使えるのかしら。」
「いや、その子には剣は教えてないよ。ほかに伸ばすべき力があったからね。」
「あなた、あれだけ剣が使えて、ほかのことも教えることができるの。」
「うん。むしろ剣は実践じゃそんなに使わないかも。」
そういうとカエデは驚愕した表情を浮かべる。
「はは。相手が数体だったら、剣術を使ってもいいけど、僕はほかに、魔物を殲滅する力があるからね。そっちのほうが楽なんだ。」「リュートって改めて、とんでもない化け物なのね。」
「化け物はひどいな。ちょっと人より強いだけださ。」
「そうね。化け物は言い過ぎたわ。でも私はリュートみたいな強い人に教えを受けることができて、運がよかったわ。」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。とりあえず今日のところはもう遅いし、特訓はまた明日にして帰ろうか。」
「ええ。わかったわ。」
僕たちは、そう言って街へと歩みを進めた。
「そういえば今日は例の隊員...レイナっていうんだけど、夕飯を家で食べようと思っていたんだ。よかったらカエデも来るかい?」
「ふーん。レイナっていうのね。そうね、ならお言葉に甘えてお邪魔しようかしら。」
「うん。ぜひ来てよ。」
僕たちは家で夕食を食べる約束をし、そのまま雑談や剣の話に花を咲かせ、街へと帰るのだった。
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