幕間(レイナ)
兄さんは、凄い人だ。
私は今日も兄さんと、日課となっている森の走り込み終えて、改めて兄さんのすごさに気づかされる。
初めての走り込みから、私の成長にあわせて少しずつ走る速さ速くをしてくれている。
そしてその速さは、底が見えない。
私が息をきらして、大の字になって横に倒れるまで走り、兄さんが涼しげな顔でそれを見るのが、恒例行事となっている。
私は兄さんが疲れる姿が想像できない。
一体どれだけ走りこめばそこまでの体力が身につくというのだろう。
きっと想像もできないような研鑽をつんできたのだろう。
そして、戦闘訓練でも兄さんは決して底を見せない。
常に飄々と私の攻撃を躱し、的確に反撃をいれてくる。
その目はどこまで見えているの。
一体その思考は何手先まで見通しているの。
わたしは自分が強くなっていく実感が湧きつつも、兄さんに追いつける気がまったくしなかった。
私は能力を使っているのにも関わらず、兄さんは能力を使わない。それでも勝てないのだ。
一体、どれほどの実力差があるのだろう。
兄さんは私を隊長クラスの実力があると言うが、兄さんと戦っていると、その自信がまったく湧いてこない。
そして兄さんの凄さと言えば、
極めつけは、私の村に魔物の大群が押し寄せてきたとき、魔物を一掃したあの力だ。
私は今まで生きてきて、あそこまで圧倒的な力を見たことがない。
一瞬にして、数万もの魔物の命を刈り取ってしまうその力。
もし、自分にその力が向けられたのなら、私はすぐに生きることを諦めてしまうかもしれない。
私は、そんな兄さんが少し恐ろしくもあった。
その力そのものではなく、そんな強大な力をもちながらも、あくまで普通の人間として暮らすことができている、その精神力がだ。
兄さんに出会う前の私ならきっと力に溺れてしまっただろう。
自分が神になったような気分になって、きっと痛い目をみていたに違いない。
今は自分より強い人がいることを知っているから、そんなことにはならないけど。
「今日もよく頑張ったね。レイナ。」
そして兄さんは訓練が終わると、いつも私を褒めてくれる。
私の頭を撫でるその手は、とてもやさしくて温かくて、私は目を細めてしまう。
ああ、今日もたくさん動いたから、おなかすいたな。
「ありがとう兄さん。私おなかすいちゃったよ。」
「はは。レイナは食いしん坊だな。」
「育ち盛りなだけですー!」
私は頬を膨らましながら兄さんに抗議する。
14歳なんだからたくさん食べるのが普通なはずだよね。
それに兄さんの作るご飯は、どれもとても美味しいのがいけないんだ。
私は兄さんと手をつなぎ、街へと戻るのだった。
◇
特訓からしばらくたった日。
今日は、兄さんとふたりで魔物の討伐に来ている。
Aランクの魔物が現れたらしく、アイギスに依頼がきていたので、特に決まった予定のなかった兄さんが引き受けたのだ。
アイギスには定期的に魔物の討伐依頼が舞い込んでくる。
可及的速やかに対応が必要な依頼はアイギスに、定常的に対応が必要な任務は冒険者ギルドにと、
国は、そんな切り分け方をして依頼を出しているらしい。
とはいえ、完璧に管理できるわけではなく、時には冒険者と依頼がかぶってしまう事もある。
私も一度、冒険者と森で出会ったことがあったが、子供の私はこんな森じゃなくて、家でママのおっぱいでも吸ってろと、暴言を吐いてきた。
私は、兄さんに許可をもらうと、その冒険者を半殺しにしたが。
なので私はそれ以来冒険者が苦手になっていた。
兄さん曰く、そんなに悪い人ばかりではないみたいだけど。
さて、今はそれよりも依頼に集中しないとね。
そして、Aランクの魔物なら余裕だな。と自然と考えていた私は、そのことに気づいて苦笑してしまう。
昔なら、魔物と戦うなんて考えられなかったけど、今ではそれが普通のことになっている。
そして、それはAランクの魔物を余裕と感じてしまうほどに。
そしてしばらく森を進んでいると、Aランクの魔物、オークキングを発見する。
「あれが目的の魔物みたいだね。じゃあレイナひとりでやってみようか。」
兄さんはそう言うと、一歩さがって静観モードだ。
私は、OKと言って悠々とオークキングに近づいていく。
兄さんとの特訓で強くなったんだってことを証明しないとね。
オークキングは私に気づくと、巨大な腕に持つこん棒を振り下ろしてきた。
私は右に躱す。そして再び横なぎに振られたこん棒を後ろに飛び跳ねて躱し、反撃しようとすると、
突然誰かに抱えられて、オークキングから離れた場所へと飛びながら移動させられた。
「油断しすぎだよ。レイナ。」
私を抱えたのは、兄さんだった。私は兄さんに降ろしてもらうと、オークキングの方を向く。
すると私がいた場所の後ろには3体のオークが斧や剣をもってたたずんでいた。
きっと木々の陰に隠れていたんだ!
そして私の隙を見て後ろから襲おうと思っていたに違いない。
私は兄さんがいなかったと思うとゾッとした。
「レイナは1対1では、Aランクの魔物にも余裕で勝てるだろう。でも魔物の中には知能を持ったものもいる。
格下だからと言って、決して油断してはいけないよ。
今回のことはいい勉強になったね。」
兄さんはそう言うと、オークキングと3匹のオークに手を向け、一瞬で粉砕する。
「ごめんなさい。」
私は、Sランクの魔物を倒せたからって、少し調子にのってしまっていたみたいだ。
今回の件がなければ、私はいつか取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
私は調子に乗っていた自分を反省した。
「はは。急に強くなった人がよく陥るんだよね。だからちょっと荒療治かなと思ったけど、気づかせるために今回の依頼を受けたんだ。でもこれで、レイナも魔物が油断できない存在だってことが分かったんじゃないかな。」
「うん。よくわかったよ。」
「まぁ、何かとんでもない事が起こる前に気づけたんだから、ラッキーと思っておこう。」
兄さんは笑いながら私を励ましてくれる。
本当に優しい人だ。
でも私はその優しさに甘えすぎてはいけない。これからは、どんな相手にも油断せずに戦うことにしよう。
そして、もっともっと強くなっていつか兄さんが背中を預けられるようになれるような存在になるんだ。
今日もまだ時間はある。強くなるためにできることをしよう。
「ねえ兄さん。依頼はもう終わったし、ついでに走り込みをしない?」
「珍しいね。ついににレイナも走り込みの素晴らしさに気づいたのかい?
じゃあこれから、走り込みを始めようか。」
「お願いします!」
私は、兄さんの後ろについていくように森のなかを走る。
今ならわかる、森の中は整地されていないので、普通の道を走るよりも数段効果がある。
きっと森で動き慣れることで、森での戦闘で、足をくじくリスクを減らす効果もあるのだろう。
わたしは、兄さんに必死に食らいつき走るが、それでも数時間後には、やはり大の字に倒れてしまう。
「はぁ、はぁ。」
「うん。レイナもだいぶ体力がついてきたんじゃないかな。結構速く走ったつもりだったけど、今までで一番長い距離を走れたよ。」
どうやら、私は少しずつでも成長できているみたいだ。
「それじゃあ、もう少し休んだら、走りながら街に帰ろうか。」
兄さんは涼しげな顔で、そう言ってくる。
...兄さんは本当に凄い人だ。
読んでいただきありがとうございます。
次回から第二章始まります。
少し間をあけてからの更新になるかもしれません。