常識って何?社会は矛盾でできている。
第一章 常識の始まり
僕は生まれて33年間でこれといった自慢できる特技は何もない。ごく平凡なサラリーマンだ。高校を卒業して、スポーツ推薦で専門学校に入学したが、3カ月で挫折。表向きには先輩の執拗ないじめに耐えられず辞めたということになっているのだが…
本当は高校の時、弱小野球部に入り、そこで周りの人たちより少しだけうまかった。へたくその中で、少し周りより秀でていただけなのだ。その結果、自分は人よりも才能があると勘違いした。
もちろん自分だけが悪いわけじゃない。周りがおだて、持ち上げすぎ、僕を完全に勘違い男にしたのだ。正直、高校野球の一つ上の階級で集まってきた人たちはのレベルは、僕の付け入る隙が全くなかったのだ。攻・走・守何をとっても、今まで、負けたと感じたことのなかった僕が、この世界の中では、何一つとして勝てるものがなかった。それどころか、勝てる気すらしなかった。
一瞬で「あきらめて」しまったのだ。プロやノンプロ(社会人)でもない人でさえ、こんなにセンスの塊の人たちがいる。こんなにうまい人たちでも、プロにはなれないのか?プロっていったいどれだけすごいんだと、入部2か月で感じ、あきらめていた。
そこにちょうどよく、へたくその先輩が、野球ではなく後輩いびりに力を注いでいた人がいたのだ。どこにでもこういう頑張りどころを間違えている人はいるものだ。僕はパシリと財布の重役だ。
昼になるとコンビニへ買い出しに行かされる。500円をその先輩から頂き、1000円分以上の量の買い出しを頼まれる。寮生活で僕の隣の部屋はその先輩だ。明日遠征で必要なものを忘れ物をしたと夜中に起こされ、学校へ忘れ物を取りに行かされる。
夜中に2時だ。学校なんて開いている訳がない。そのまえに明日あなたに出番はない。今まで、試合に出たことないではないか。あなたは遠征で、1軍のお茶出し係りだろ。と、思いながらも先輩のいうことには逆らえない。自転車で真夜中の暗い道を学校まで走った。
学校へ着くと…
やっぱり開いていない。インターフォンを一応鳴らしてはみるが…
誰も出て来ない。
いや、出てきてもらっても困る。こんな時間に押しかけて行ったことが監督の耳に入ったらそれこそただじゃすまされない。一生補欠だ。スポーツの世界で礼儀とマナーは一番厳しく叩き込まれるところなのだから…
あきらめ僕は自転車で来た道をゆっくりと帰った。行きとは違いゆっくりとゆっくりと。来るときは気が付かなかったけど空には真っ黒な雲が今にもドシャ降りになってきそうなくらい分厚い雲が浮かんでいた。明日、一軍の遠征の出発時間は6時半。学校が開くのは6時。このまま帰って寝ても3時間も寝れない。むしろ起きれるのか不安だ。
片道自転車で急いで20分の道のりをもう一往復するのか?忘れ物を届けたらどうする?僕は普段通り学校だ。ここで3時間待つか一旦戻って2時間寝て、また、ダッシュでこの道を往復する。どっちを選ぶ?
「ここで待とう」
幸いにも、もし雨が降ってもバス停の屋根がある。雨はしのげる。
ポツ・ポツ・ポツと雨が降ってきた。
ザー・ザー・ザー
ゴロゴロゴロ
ドシャ降りだ。何が幸いにもバス停の屋根があるだ。よこなぶりの豪雨。あっという間にびしょ濡れだ。
300メートル先にのコンビニで雨宿に入ろうとするが、すでに手遅れだ。動いてもびしょ濡れ。ここにいてもびしょ濡れ。これが僕の天からのさだめなのだろう。
雨も止みそうもないので、僕はバス停からでてドシャ降りの中を自転車を押しながらゆっくりとコンビニへ向かう。
「何をしてるんだろう。こんな時間にこんな雨の中。ぼくは、何をしているんだろう…」
コンビニの中へびしょ濡れの中入り、ただ、ただ、時間がくるまで雨宿り。びしょ濡れの男が店の中で突っ立っている姿を店員さんが見て何か言ってくるだろうか?僕が突っ立っている足元には水たまり。これを片づけるのはこの店員さんだと思うと気が引ける。出よう!
僕はコンビニから出て行った。店員さんの視線に耐えられず出て行った。雨には打たれるがコンビニの前なら少しは雨をしのげる屋根がある。と思ったのは束の間。僕がコンビニで立っていた場所を店員さんが掃除し始めたのだ。横目でちらちらと見られながら掃除をしている。
間が悪い。
ここに立っているのは間が悪い。
僕は、また、さっきいた屋根つきのバス停へ戻った。逃げるように自転車に乗って。
あと、一時間だ。雨もだいぶん収まってきた。
さっきのコンビニの店員さんに悪いことをしたなぁ。僕のせいで仕事増やしてしまった。申し訳ないことをした。でも、びしょ濡れだったにしても、あの視線の店員さんもひどいよなぁ。雨宿りもさせてもらえない。まぁびしょ濡れ入るコンビニは寒い。寒すぎる。濡れた服と冷房は残酷だ。
ピカッ。
学校の電気がついた。これで部室に入れる。僕は職員室の監督の机から部室のカギを取り、部室を開けた。先輩の忘れ物の「グローブ」っと!グローブ忘れて何しに遠征に行こうとしてんだよっ。
心の中では何とでも言える。
雨に濡れないようにタオルにグローブを包み、ゴミ箱にあったコンビニのビニール袋にグローブを入れ僕は、寮へ急いだ。ここから20分。今は6時7分。やばい間に合うのか?
雨の中自転車を飛ばした。椅子に座ることはなく本気でペダルを漕いだ。
6時24分寮に到着。
遠征用のバスが寮の前になかった。間に合わなかったのだ…
僕のこの4時間半の時間は無駄となったのだ。夜中に学校まで行き、雨に打たれ、コンビニで人に迷惑をかけ、不眠と雨で体力を奪われながら、最後の力を振り絞って自転車を漕いだのに…
先輩が返ってきたらまた、無意味なしごきをされるんだろうなぁ~!
自転車を置き部屋に帰る僕の背中は多分小さくなっていただろう。憂鬱な気持ちが僕の背中に重くのしかかっていたからだ。
部屋に入り。お風呂を溜める。濡れて冷えた身体を温めないと風邪をひく。
「ヘ・へ・ヘックシュン」もう遅いか。災難だ。災難続きだ。
湯船に浸かると気持ちがいい。最高に気持ちがいい。最悪の時間を過ごしたあとは、こんな普通のことでもこんなに幸せに感じれるのか。あぁ~最高だ。僕は今の心の中のモヤモヤと何とも言えない達成感で気持ちが高ぶり身体の中にとどめておくことができなくなった。
お風呂に浸かりながら大声で歌を歌った。
「ドンッ!」
「ドンッドンッ!」
なんだ?隣からか?
「ドンッ!」
「ドンッドンッ!ドッドツドッドツドッドツドッドツ」
玄関の方から…
「はぃっ。」怯えながら返事をした。大声で歌ったのがいけなかったのだ。だれだ?他にも怖い先輩はたくさんいるぞ。頼む。誤って許してくれる人であってくれ。
ドアをおそるおそる開けると、そこに立っていたのは…
遠征に行っている隣の部屋の先輩だ。
「うるせぇ~ぞ。朝っぱらからぁ~」
「すいません…」
てか、なんでここにいるの?遠征は?
「なぜ、ここにいるんですか?あっ!頼まれていたグローブ持ってきました。」
「あ~グローブか。雨で遠征中止になったぞ。それ、あとで部室の元の位置に戻しとってくれ。うるせぇから静かにしろよ」
ガチャ。
僕は、この1週間後に学校を辞めた。誰にも何も言わず退学届を監督の机の置いて僕は去った。
スポーツの世界での上下関係は厳しいものがある。それはこの世界では常識と言っていい。先輩のいうことは絶対。上下関係が厳しいからこそ社会に出ていく時に優遇されるのだ。同じレベルの人材が会社の面接を受ければ間違いなくスポーツをしていた人間を会社は採用する。僕のような人の言いなりにしかなれないクズであっても例外はない。
常識という枠の牢獄の中にいることを僕はまだ、この時知らなかった。
そしてこれから僕は、矛盾と常識という正解のない世界へ足を踏み入れていくのだ。