8 想起の儀式2
「いーひっひっ!腹がよじれる!」
学園内の全教職員が集う会議室の中で学園長の品のない笑い声が響き渡っていた。そのさまに教職員は何とも言えない面持ちになる。
「まさかフォアワード侯爵家の一人息子の前世が農夫とは!正にゲイルは大物であったな!」
「学園長。ゲイル様とお呼びください。それとショックを受けてるから笑わないであげて」
ゲイルの前世が農夫だったのがツボに入ったらしい学園長にクランが注意を入れる。
「しかし困りましたなあ。国王陛下のみならず三大公爵家からもわざわざ推薦くださったゲイル殿の前世が農民とは・・・・・・。取り柄がないにもほどがある。陛下にはどのように報告なさるおつもりで?」
行政学の講師であるバルトが小馬鹿にしたように学園長に問いかける。
「別に農夫だからと言って取り柄がないと決めつけるには尚早であろう。食の要である農夫をあまりバカにするでない。・・・・・・侯爵の肩書きを持つゲイルにはいささかパッとしないのは認めるがの」
クランが間髪入れず「ゲイル様と」と注意する傍ら、想起の儀式でゲイルが見た景色の絵を見る。
かなり高度な魔術であるが、思念で浮かんだ風景を紙に転写する投影魔術がある。学園長は投影魔術で再現されたゲイルの見た景色の一部をじっと見ていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはり誰も気づかぬか」
ぼそりと言った学園長の言葉を拾えず、皆が怪訝な表情を浮かべる。
「いや、何でもない。・・・・・・本題に入ろう」
先程の緩んだ空気が打って変わって、緊迫した空気になった。
「既に耳に入っているものもおるだろうが、今年は厄介な新入生が入った。まずはミリーの話から入ろう」
ミリーの想起の儀式を担当していたレベッカが立ち上がる。
すると全ての教職員の目に写るように魔術でスクリーンが現れ、10秒ほどの映像が現れた。
その映像では目の前に竜が居り、その竜に向かって画面が近づいているかのようだった。そして映像が途切れる。
「映像はここまでです。これはフォアワード侯爵家所有の奴隷、ミリーの想起の映像です。ミリーに確認いたしましたが、該当する映像を見せても心当たりがないだけでなく、このような想起をしたこと自体覚えていないようでした」
会議室でざわめきが起こる。想起の儀式で見た景色を覚えていないなどと言うことはありうるのだろうかと。
「映像をご覧の通り竜のもとへと走り寄るだけでしたので、ミリーの前世が如何なるものであったのか判別はつきません。但し憶測でよろしければ、竜と何かしらの関係のある立場であった可能性はあります。竜と友好的な関係であるなら、竜を崇拝する民族、大昔であれば物語上の存在にしか過ぎないと言われている・・・・・・、竜騎士」
室内で再びざわめきが起こった。
「友好的でない関係もありうるかね?」
男性教員の言葉にレベッカがコクリと頷く。
「敵対的関係にあったとすれば、竜と戦うような立場の人間となります。兵士や騎士あるいはハンターギルドに所属するハンターであった可能性もあります。先ほども述べた通り映像はあれだけですが・・・・・・、もしかすると竜殺しを・・・・・・・・・・・・」
教職員全員がゴクリと唾をのみ込む。あくまで憶測にすぎない。外れているかもしれない。しかし友好的であるにしても敵対的であるにしても、憶測通りであるならば、伝説的な人物である可能性はある。少なくとも竜のもとへと走って近づくことが出来るだけの度胸の持ち主であると。
「しかしやはり憶測に過ぎぬな。下手に騒いでことを大きくしたくない。確定するまでは彼女のことについて他言はせぬよう。国王陛下にも暫く内密とする。よいな?」
学園長の言葉に皆が首肯する。
「では次に参ろう。ネルカはどうだ?」
「ネルカ様です」とクランが口を挟む。どうやら貴族のようだ。
「ネルカとは、ネルカ=スワローズ子爵令嬢のことか?」
バルトが思わず声をあげる。無理もない。今年の新入生代表であり、皆その名前も顔も知っているのだから。
「はい。彼女は・・・・・・、700年前の大戦で勇者アリスと共にした姫騎士リズを前世に持つことが分かりました」
ネルカの担当もしたレベッカの言葉に会議室はどよめいた。
「ツェッペンハーゲンのあの姫騎士リズだと!?」
「リズと言えば反魔族主義ではなかったか!?魔族との関係に亀裂が入りかねん!」
「いや、心配するのはまだ早い。人格さえ入れ替わっていなければ・・・・・・」
ツェッペンハーゲンの姫騎士リズ。勇者アリスと共に魔族と戦った一行の一人でアリスの友人でもあった人物。多くの武勇を持ちつつも、反魔族主義者とも言われており、魔族との和平協定に一行の中でも最後まで反対していたらしい。
そんな人物が再び蘇ったとなれば、下手をすれば魔族と再戦にもなりかねない。混乱する室内で学園長が口を開ける。
「悪い予感と言うのはことごとく当たるものでな」
その言葉に全員が息を飲み込んだ。
「ネルカ様の・・・・・・、人格の変化が確認されました」
レベッカの言葉に重い空気が流れた。
想起の儀式で被術者の想起の度合いは個人差がある。ゲイルのように景色の一部くらいしか思い出せないものもおれば、前世の知識を丸々思い出せるものもいる。
そして類いまれではあるが、完全想起といって、知識だけでなく人格さえも思い出すものも。
ネルカの場合は、リズとしての人格さえも思い出した様であった。それは同時に反魔族主義者リズが姿を変えてこの世に蘇ったことをも意味する。
「外交案件でもある。学園長、包み隠さず陛下に進言を」
沈黙を破った教員の言葉に「言われずとも」と返した。
「だがこれで済めばまだ可愛いげがあったがな」
学園長の言葉に状況を知らぬ者は、まだ案件があるのかと目を向ける。
「モルゼオ」
学園内で数少ない魔族教員モルゼオに皆が視線がいく。彼は会議が始まってから終始足を机の上に載せたまま臨んでいた。彼は姿勢を変えず目を伏せたままゆっくりと口を開ける。
「ロヴェステン伯爵家の次男、グルアーノの儀式を担当した。面倒なことにレーノだった。しかも完全想起だ」
モルゼオの言葉に暫く反応できなかった。しかしその言葉の意味を理解したとき一斉に悲鳴が上がった。
「魔王なのか?魔王レーノなのか!?」
「勇者アリスが戦ったあのレーノだと!?」
「姫騎士リズと同じ学舎に魔王レーノが共にいると言うのか!しかも完全想起だと!」
「が、学園内で戦争にならんかね?」
「そもそも魔族がそれも魔王が人族に転生とかありかよ!」
「生徒の中には前世が魔族の者も居たよな!?学園が二分しないか!?」
若手の教員たちが恐慌状態になる中、一部の教員たちは「ありゃ。あの二人が?」とキョトンとしていた。
「静粛に」
学園長の言葉に混乱した会議室は一気に静まる。しかし全員の心まで鎮めるには至らない。
「魔王レーノより輪廻転生の真理を教わりすでに700年がたった。我が国ではかつて天国と地獄のみしか知らなかったが、魔族を知らぬ遠い東洋の地では輪廻転生は天道、人間道、修羅道、餓鬼道、畜生道、地獄の六道を廻ると信じられておる。そこに魔族も含め七道として廻るとあっても何ら不思議ではあるまい。それよりも重要なことは、魔王レーノが蘇った今、彼が今の世に失望せぬかと言うことだ。この治世が彼の望んだ形での平和でないとすれば、和平協定が守られなかったと感ずるかもしれぬ・・・・・・」
ほとんどのものが恐怖に怯る。その様を見て学園長はニヤリと笑みを浮かべた。
「何。魔王レーノが納得する治世であれば問題あるまい。700年前よりも遥かに平和になったと喜んでもらえれば全て解決じゃろ?」
その言葉で決して心を落ち着かせることは出来ないが、それでも恐慌状態に陥った会議室では救いであったかもしれない。
「そもそもここは学園であり、我らは教師であり彼らはまだ子供の生徒である。前世が如何なるものであろうとも、完全想起していようとも、我々は学園にいる限り生徒を導くものでなければならない。こんなところで一喜一憂せず授業のことだけ考えんかい。シャキッとせい!政治のことなど国王や宰相に任せればよい。餅は餅屋にじゃ」
「国王陛下とお呼びください」
青筋をたてるクランを尻目に会議は終了した。