70 いただきまs
一度厨房でお湯の入った魔法瓶を受け取ってからネルカの部屋へと向かう。以前と比べ抵抗することはなくなったが、落ち込んでいることもあるのだろう。ネルカに勧められる前にミリーはそのまま来客用の椅子に座った。
(申し訳ないけど、あからさまに落ち込んでるミリーちゃん、可愛い!)
対するネルカはやはり平常運転だった。
「大丈夫だって。次の機会に見せてあげればいいじゃない!」
ネルカが励ますも覇気がなく、返事すらなかった。
(こういうときはどうすればいいんだっけ?優しく抱きしめてあげる?抱きしめて……。抱きしめて……抱きしめて……………………………………………………………………………………。そうだ!抱こう!)
ちょっと待て!
「うふふふ。ミリーちゃん。慰めてあげるね!」
待てと言うとるだろう!
ネルカはミリーの反応を待たず、一度抱き上げて、そのままベッドに寝かせる。対するミリーは抵抗すら見せなかった。
「ミリーちゃん。今日は私がいるから…………」
ミリーは覇気のない目を向けて口を開く。
「…………………………………………お好きにどうぞ」
ミリーもやけくそだった。ネルカの理性はぶっ飛んだ。
(お父様、お母様。今日、私、女になります。ごめんなさい。グルアーノとの婚約は破棄しといてください)
ネルカは真顔で現世の両親に謝罪をしながらミリーに乗り掛かった。
おい!誰かこのバカを止めろ!
コンコン。
「…………………………………………チッ」
戸を叩く音が聞こえ、貴族の令嬢とはふさわしからぬ舌打ちを漏らすネルカ。渋々扉を空けにベッドを離れた。
「どちら様?」
不機嫌さを隠さず外に出てみると見知らぬ少女が立っていた。歳はネルカ達より少し上くらいの。何者かわからず思わずネルカは首を傾げた。
「寮長……」
ミリーがベッドから起き上がり、その人物の顔を伺った。どうやら平民寮の方の寮長らしい。
「こんにちはミリーさん。今日は可愛らしい格好をしているのね。とてもお似合いだわ」
「ありがとうございます」
寮長の誉め言葉に素直に頭を下げた。
「平民寮の寮長がなんの用かな?」
突然現れた邪魔者に敵意を隠さず問いただすネルカ。それを知ってか知らずか涼しげな表情で口を開いた。
「もうすぐ夕飯の時間ですのにミリーさんがまだ帰られていないようだったので、心配になって。こちらに来ていると伺ったので確認に来ました」
「そうだったのですか。わざわざありがとうございます」
ミリーは寮長に頭を下げると「元気無さそうですね」と声をかけた。
「夕飯、入りますか?」
「はい。その点は大丈夫です。ただ今日はこちらでいただこうと思っています」
前の寮長に比べ、ミリーに対する扱いは悪くない。いい人そうである。
「そうですか。ではご友人と楽しんでください。……………………………………………………………………………………チッ」
舌打ちさえなければ。
「わざわざ声をかけてくださりありがとうございます」
「気にしないで。寮長としての仕事だから。お友達の方もミリーさんをよろしくね?」
寮長はにこやかな笑みを向けながらネルカに言葉を向ける。
ただ、その目は笑っていなかった。
(ミリーちゃんの純潔散らすんじゃないわよ!バカ貴族!)
その目の意味することを察したネルカは心のうちで呟いた。
(こいつ、敵だ!)
二人の視線がバチバチと交差する。
何てことはない。二人とも同類である。
剣術決闘以来、可愛らしい服装で男子諸君の心を鷲掴みにしたミリーだが、女性諸氏からも大層評判がよく、隠れミリーファンは着々と増えていた。
最早彼女を忌み嫌う奴隷だと決めつける輩はかなり減った。ただ、二人のような変態が徐々に増えつつあることがネックだと言えよう。今は水面下の争いで済んでいるが…………。
さて、その日の貴族用女子寮ではミリーのお披露目服を食堂で目撃した令嬢たちにより、大層話題になった。前々から仲のいいノエルやアインだけでなく、クラスメイトや他のクラスの子女にも声をかけられ、食堂は賑やかな様子。翌日には男子寮の目撃者たちの証言も重なり、学園内ではかなり話題になった。
ただ、肝心のゲイルは発狂中のままで、その噂を耳に入れることすらなかったという。




