7 想起の儀式1
ついに儀式の日が来た。前世を思い出すための儀式、正式には想起の儀式と呼ばれるもの。この儀式にかかれば、誰もが前世の自分を思い出すらしいが、実際のところ個人差があるそうだ。
前世と言っても現世の自分にとってはある意味で他人。下手に全てを思い出させてしまった場合、人格に多大な負荷を及ぼし、廃人になりかねない。
生徒相手に流石にそれは不味いので、想起の儀式では何かしらを思い出せるように、背中を押す程度に機能を弱めている。
今回の想起の儀式だけで人格も含め全てを思い出せるものもいれば、断片程度にしか思い出せない者もいる。なので、完全想起でもない限り、基本的には定期的に儀式を執り行うものなのだ。
用法用量は正しく守りましょう。
あと、時折勘違いされることだけれども前世の自分と言っても、現世から見て直前の前世の自分であるとは限らない。人によっては数千年前の前世から記憶を取り戻す者もいる。
レーニアリスでの想起の儀式では、数ある前世の記憶の中で、最も誇らしいもの、あるいは社会に有用な知識を持つものを意図的に引っ張り出せるように改良されている。ただ、常に一番いいものを選べるとは限らないことにも注意する必要があった。
儀式は先着順に執り行われるので、新入生達は我先にと集まっていた。
ゲイルは本当はミリーと一緒に向かいたかったが、肝心のミリーが先に行ってしまったらしく、慌てて儀式場へと赴いていた。
しかし、どうやら貴族の列と平民の列は異なるらしい。もしかするとミリーが並ばされているかもしれない奴隷用の列があるのではと周囲を見渡したが、それらしい列は見当たらなかった。
奴隷はミリーしかいないのだから当然である。
ちなみにミリーはトラブルに巻き込まれないようにと学園側の配慮で一番最初に呼び出されており、既に儀式を終えていた。儀式場へと向かったゲイルとは入れ違いに寮へと帰っていたのである。そんなことをゲイルは知る良しもなかった。
ゲイルが列に並んでいる間、実は前後で2メートル開いている。彼が一歩前に進むと、前の人は無理矢理にも一歩前に進み、さらに一歩前に進めばまた一歩前に進むのである。
(・・・・・・もしかして避けられてる?)
侯爵家の一人息子に遠慮しているだけである。近づきづらいだけである。勿論地雷の予感もされている。
腑に落ちない思いを抱きながら、いよいよゲイルの順番になった。
儀式場に入れば教員が10人ほど居り、そのうち5人は床に描かれた魔方陣のうち、それぞれ五芒星の頂点に立っていた。
「ゲイル=フォアワードだな。陣の中央に立て」
バンダナを巻いている教員から言われるままに中央に立つ。ここに来てからやっと自分のことに緊張しはじめた。
ついさっきまではミリーのことで頭がいっぱいいっぱいだったのだが、やはり自分の前世は気になる。有史数千年の歴史の中で自分はどのような前世を持つのか?期待しないわけではない。あわよくば歴史の有名人であれば・・・・・・。
「目を閉じろ。始めるぞ」
魔方陣が起動し、頭の中が覗かれているような・・・・・・。身体が包まれるような気分になる。
目を閉じて真っ暗なはずの視界になんとなく明るい景色が見えた気がした。
ふと前を見れば、山がみえ、右手には丘がみえ、家や人影も目に入る。
ゲイルは意識の中で手に握った獲物を大きく振り上げていた。
そして迷うことなく地面に降り下ろした。
備中鍬を。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
誰も言葉を発することが出来なかった。
今しがたゲイルの意識に見えていた景色は、教員達も共有している。誰もが気まずさを感じていた。
教員達はゲイルの顔を恐る恐る覗き込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
死んだ魚のような目をしていた。
「ゲイル=フォアワード。前世は農民」
書類を書く、バンダナを巻いた教員の言葉に今見た景色が現実となる。
ゲイルは現世だけでなく前世もパッとしなかった・・・・・・・・・・・・。
ブックマーク登録、ありがとうございます。
暫くのうちは、月、木、土での更新で検討しています。