表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/119

52 ※もう一度言いますが、生物学の授業です。

自分たちが受けた想起の儀式が白魔術でも黒魔術でもなかったという事実に多くの生徒たちがショックを受けていた。だとすればあれは何だったのか?と。ミリーもなぜ気づかなかったのだろうと頭を悩ませていた。ちなみにネルカは「あ、忘れてた」と思わず口にしていた。


ざわつく生徒たちをよそにルーカスは解説を続ける。


「知っての通り、想起の儀式(アナムネーシス)は今からおよそ700年前に魔族から人族へと提供されたものである……。我々は常々輪廻転生ばかりに目が行きがちであり、その為、想起の儀式(アナムネーシス)はこれまでの死生観を変えたものであるとだけしか思われていない……。しかし、それでは不十分である!もし死生観でのみ影響を与えるものであるとすれば、なぜ魔族と同様に輪廻転生が信じられている東方の国で想起の儀式(アナムネーシス)が生まれなかったのか?それを説明することができない……。では想起の儀式(アナムネーシス)のように白魔術でも黒魔術でもないものは何と呼べばよいのか?それはかつて暗黒魔法や神聖魔法と呼ばれたものである!」


1000年以上前には、現在でいうところの魔術、あるいはそれに近いものを魔法と呼んでいた。魔法には主に4つの分類がなされており、それぞれ白魔法、黒魔法、神聖魔法、暗黒魔法と呼ばれていた。白魔法は主に回復系の魔法であり、黒魔法は主に攻撃系の魔法である。現在の白魔術や黒魔術が回復系か攻撃系かで慣習的に区別されているのはこの名残だ。


「当時の白魔法や黒魔法は現在の魔術の範疇に含まれている。神聖魔法や暗黒魔法の類のもののうち一部のものも今では魔術として分類されていると言われている。しかし魔法であって魔術でないものもまた確かに存在していた。想起の儀式(アナムネーシス)の存在はそれを示唆するものである。700年前想起の儀式(アナムネーシス)を授けられたとき、当然ながら当時の魔術師たちは魔術公理系でそれを再現しようと躍起になっていた。だが誰一人として成功した者はおらず、常に導出式に矛盾を抱えていた。そして一つの仮説が出た。想起の儀式(アナムネーシス)は魔術公理系で導出することは不可能であると……。これは現在でも未解決問題として残り、導出不可能性の証明について議論がなされている。(もっと)も鬼門中の鬼門であるためベルフェリオ王国では研究者が10人もいないが……」


そろそろ解説から脱落する生徒が出始めていたが、それを気に留めずルーカスは黒板にベン図を描きだし、説明を続けた。


「集合で考えた時、魔法という名の集合の中に魔術という名の集合が含まれている……。魔術集合は魔法集合の部分集合である……。ミリー君が言う系統のものは魔術集合の補集合に当たるものだ……。だが(もと)をたどれば、魔術と呼ぶものは魔術公理系で表現可能なものである。ここでいう補集合は魔術公理系では表現可能ではないものを指すことになるだろう。ともすれば……」


そういって「魔術集合」と書かれたベン図の中に「公理系」と書き、魔術集合の補集合の部分に「非公理系」と記し、「こう言い表すこともできよう」という。


ちなみに集合の話は数理学の範疇なので、ほとんどの生徒がぽかんとしている。ゲイルもしかり。


「すなわちミリー君が言うところのものはこの文脈でいえば非公理系の魔術、あるいは非公理系の魔法と言い直すことができよう……。君たちが受けた想起の儀式(アナムネーシス)もまた非公理系の魔術なのである……。すなわち白でも黒でもない……。だとすれば、ミリー君の質問に対する答えはどうなるのかおのずと決まってこよう……」


ルーカスは机に手を置き、おのずと声を張り上げた。


「非公理系の魔術は公理系では表現できないものである!とすれば、そもそも非公理系の魔術を公理系で表現できないことを公理系の文脈で表現可能であるのか?その答えは否!魔術公理系に於いて非公理系魔術はその存在自体が偽として扱われ、非公理系の魔術を命題として組み込む順番を少しでもずらすだけで命題式全体が真にもなりえ偽にもなりうるのである!どのような魔術公理系を採用したとしても命題式はトートロジーにはなりえないのである!!!」


いよいよ話がマニアックな方へ行ってしまった。理解できるように話を戻してほしい……。


ルーカスはほんの少し落ち着きを取り戻し続ける。まだ続けるのかって?そりゃあ授業中だからな。


「魔術公理系で否定するものについてそれを公理系で証明できないことを証明すること自体が自己矛盾をはらんでいるのである……。公理系にとって、非公理系の魔術は悪魔に他ならない……。ミリー君の質問は悪魔の証明が可能であるのか、ということになろう……。それに対する答えは、否、である……」


ミリーはその答えを聞き、ありがとうございますと述べた。これでこの話は終了かと思えば、ルーカスはまだ話をつづけた。ゲイルは心の中でこれがルーカスの趣味かと考えた。


「だが、非公理系の文脈であれば公理系で証明できないことは証明できるのではないかとは言われている……。これまでにそれを成功させたものは人族、魔族ともにいないと信じられているが…………。眉唾物ではあるが、非公理系の魔術それ自体を研究している者たちがかつて存在していたらしい……。とはいえそれが事実だとしても現在のところ失伝しているようではあるがな……」


ピクリとネルカの肩が揺れたが、その様子に気づいたものはなく、その様子の意味に気づけるものなどいなかった。


「さて、ミリー君の質問からアッカーマン公理系に話を戻そう……。今からおよそ1300年ほど前にエル・キャサリン・ミーム・フォン・アッカーマン女史が、世界で初めて魔法の公理表現を試みた……。当時、白魔法や黒魔法の類のものと、神聖魔法や暗黒魔法の類のものとの間に直感的であるが違いがあると感じられていたそうだ……。大雑把に述べれば神聖魔法や暗黒魔法はある種、この世界の外側から魔法を行使するようなものであるらしいから、この世界の内側でのみ表現可能なものとしての魔術公理をと考えたと言われている……。そしてアッカーマン女史が目を付けたのがこの授業の冒頭で述べた対象の実在性である……。当時はかなり実在性を重視するきらいがあったらしい……。公理表現に於いて実在性を加味した表現技法を取り入れようとした……。それが結果として白魔術のみ起動する公理系になったのである……。しかしこれこそが、他の公理系との大きな違いを生み出した……。他の公理系についてはあくまで数理学や論理学の範疇で記述がなされている。数理学や論理学の記述対象は実在しないものであってもかまわない……。例えば、もし輪廻転生の世界でなかったら、という仮定を立てて議論することは可能である……。これに対して、アッカーマン公理系は数理学や論理学の技法を取り入れつつも、概念的な対象についての扱いは捨象することを試みたのである……。だが数理学などの範疇でそれを行うことは難しい……。数理学それ自体概念的であるからな……。だとすれば、どのような形でそれを可能にするのか……。まだ答えは出ていないが、私の仮説としては、数理学や論理学以外の記述体系をアッカーマン公理系に組み込んだのではないのかと予想している……。アッカーマン公理系は数理学を使っているが故に公理系と呼ばれているが、その細部には非公理系の記述体系が混じっているのではないかと……。それゆえに他の公理系と異なり黒魔術の式は導出できても起動することができないのだろう……。だがこのことは非公理系魔術にかかわる重要な論点を示唆するものである……。非公理系の記述体系が含まれているとの仮説が正しければ……。その記述体系はいったい何を記述するものであるのか……?想起の儀式(アナムネーシス)と合わせてみれば自ずと答えが出てくるのだが、君たちは分かるかね……?」


再び質問を振りかけられるが、答えられるものはそうそういないだろう。ただでさえ数理学だの論理学だの公理魔術論だの非公理系だの、まだ勉強したことのない知識ばかりがポンポン出てくるのにどうやって考えて答えろと?クラスメイト達の大半は不満を持って聞き流していた。


「魂……、ですか?」


ただ一人ミリーが口を開いて答えた。答えてから自分が口を開いてしまったことを恥じて(うつむ)く。いや、そこまで奴隷根性出さなくてもいいのに、とゲイルは心の隅で考えていた。


「正解だ」とルーカスが答えると、なぜわかったんだとクラスメイト達はミリーの顔を見た。


「もっと厳密にいえば、魂をはじめとする上位の概念を表現するものである……。かつての研究者によって呼び方はまちまちで、もの自体と呼んでいたものもいたが……。それは置いておいて君たちは生きているとき、魂がその身体に宿ると意識したことはあるかね……?そのうえで君たちは自分の、あるいは周囲の人間の魂を見たことがあるかね……?魂が身体からにじみ出る瞬間を目撃したことは……?」


当然ながらない。魂は見えないものだと当然のように信じられている。見えないけれどもあると。


「見えないのだ……。魂は見えない……。だが、想起の儀式(アナムネーシス)はその見えないはずの魂に働きかけ、前世の記憶を呼び覚まそうとする……。不思議ではないかね……?このような術は明らかに白魔術ではないし、黒魔術でもない……。君たちが知っている黒魔術の類は、起点となる対象が存在しなくとも、魔術の行使はそれ自体が実体を伴なう……。火炎魔術で炎が現れるように……。ところが、想起の儀式(アナムネーシス)ではそのようなことが起こりえない……。単に脳内に記憶が蓄積される、というのとはまた別の事象が起きており、そしてそれもまた観測不能なのである……。これを黒魔術と断じるのはいささかおかしかろう……。すなわち、観測不能な対象に対して働きかけるのが非公理系魔術の本質であり、観測不能な対象を記述する数理学以外の体系の存在を示唆している……。魂は輪廻転生するのだ……。輪廻転生の通り道なるものがあってもいささか不思議ではあるまい……。その通り道について記述する特殊な体系が存在しうるといえるだろう……。ただそれだけのことである……。尤もその通り道についての研究は形而上学の範疇になってしまう……。もはや生物学ではない……」


今話したことが生物学のつもりだったのか?と皆が唖然とルーカスを見た。その中にはネルカやミリーも含まれていた。


「さて、まだ少し時間は残っているが……。今日はこの辺で終わりにしよう……。ミリー君からせっかく質問を受けたのだ……。今日の内容は試験に出すとしよう……」


クラス中から阿鼻叫喚の悲鳴が沸き起こった。これを試験に出すというのか?ノートとってないぞ!と。


ミリーは自分がやらかしてしまったのかと思い、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


ゲイルはというと。


「うっし!試験範囲絞れた!」


山を張れるとたいそう喜んでいたそうな。ただ山が張れるからと言って点が取れるとは限らなことに微塵とも気が付かないのが彼である。


ちなみに、授業後ミリーはクラスメイトら全員に余計な質問をして申し訳ないと謝りに回った。ただ、その慌てふためいて顔を真っ赤にする姿があまりにもかわいらしかったので、みんなほっこりして許してあげていた。特に男子生徒はついでに鼻の下を伸ばしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ