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50 お出かけ少女たち with ゲイル

研究日前日 (金曜日) の政治学の授業。いつものようにモルゼオはいつの間にかゲイルの背後に立ち、そしてゲイルは驚いたように後ろを向く。彼の予想通り推薦図書を読んだかと質問され、途中まで読んだと返すと、「そうか」とだけ応えてそのまま教壇に上がってしまった。


ただ、すぐに講義は始めず、事務連絡をした。


「午前中にレベッカ・ジェン・リングール准教授から話は聞いていると思うが、来週は終日講義は行われない。理由は剣術の決闘が開かれるからだ。俺も見学する。思う存分戦うがいい」


剣術大会。想起の儀式によって剣技の知識を想起する生徒がいる。例えばネルカのように。そう言った生徒たちが単に知識としてだけでなく、実際に身体で覚える実践的な機会として、そして参加していない生徒への見本としてクラス対抗で開かれるのだ。


ネルカは確実に出場するだろう。剣を重たそうに持っていた最初の頃からは想像がつかないほど、今は綺麗な剣捌きを見せている。さすが前世が姫騎士リズとみんなから感心を集めていた。


事務連絡を終えたモルゼオはさっさと講義に移った。今日のテーマは人族陣営が主とする王政と魔族陣営が主とする共和制の比較だった。魔王レーノの時代までは魔王は世襲制だったらしいが、引退してから共和制になったらしい。尤もベルフェリオ王国に住まう生徒たちにとって共和制なるものが一体どのようなものなのかイメージつかなかったが。ミリーを除いて。


授業が終わった後、珍しくファーノがゲイルに話しかけた。


「ゲイル様、ミリーさん。もしよろしければ休養日に一緒にお出かけしませんか?ネルカ様とノエル様、そしてアイン様もご一緒しますよ?」


「女子ばかりじゃねぇか。それならミリーだけ連れてってあげてくれ。俺がいても邪魔だろ?」


ゲイルがそういうと「ゲイル様とミリーさんは常にご一緒してる印象が強いので」と言って食い下がる。(いぶか)しげに思いながらも「そこまで言うなら」と了承した。


ファーノはゲイルがよそ見をしている間にミリーの顔を見てウィンクをする。ミリーはすぐさまファーノを睨みつけた。外に滅多に出られないミリーを気遣っていたようだったが、同時にからかいも含まれているようだった。




モルゼオの研究室で、奴隷制度と税制度との関係に関するご高説を聞き、農民反乱はどこへ行ったと突っ込んだ研究日の翌日、休養日になり、待ち合わせ場所の学園の門へと向かうゲイル。


門の前にはすでにミリーたちが待っており、ゲイルは一番最後の到着だった。


「遅いぞゲイル君!女の子を待たせるとは何事かな?」


怒っているわけではないようだが、まるで定型文でもあるかのようにネルカが口を開いた。ちなみにゲイルは集合時間をしっかりと守っている。


「ゲイル様。お疲れですか?少し眠そうですけど」


目をこするゲイルを見て「大丈夫」と返答する。眠いだけで疲れているわけではなかった。


「モルゼオに本を渡されてな。それ読んでた」


「どのような本ですか?」


「奴隷制」


皆がピクリと肩を震わせる。ゲイルの知る由もないことだが彼の前では「奴隷」という言葉は禁句になっていた。ミリーとの関連でゲイルが嫌がると思われていたし、実際に奴隷の話題についてはゲイルはかなり警戒心をあらわにする。そんなゲイルに奴隷に関する本を渡すモルゼオに一瞬何を考えているのかと(いぶか)しみ、同時にその口で堂々と奴隷という単語を言うゲイルが珍しく、皆が戸惑いを覚えていた。ミリーも含めて。


「あいつほんと何なんだろうなあ……」と大きく欠伸をしながら口にするゲイルを見て、モルゼオに対してもう少し気遣ってやれないのかと皆が感じていた。


「よくあの手の本からあんな研究引っ張り出せるよ」


しかし、ゲイルの口ぶりはモルゼオに対して感心しているようだった。


「あんな研究ってどういうの?」


ネルカの質問にゲイルが丁寧に答えた。


「いやさ。奴隷って親が奴隷だから子も奴隷になるか、犯罪者が奴隷にさせられるか、盗賊の人身売買で奴隷にさせられるかじゃん?戦争に負けてってのもあるけど。でも世の中には自発的に奴隷になる奴もいるらしいんだよ……。で、モルゼオの研究って税金がらみの研究なんだけどさ、奴隷って税金払わなくていいじゃん?昔から自発的に奴隷になる奴がいて……、債務奴隷って言うらしいんだけど、そいつらの動機が税金を払いたくないからじゃないかって仮説を立てて研究したことがあるらしいんだ」


自発的に奴隷になるケースがあるという事実にネルカたちは驚いたが、そんなことに意を介することもなくゲイルは「研究者ってあんなもんかねえ?ルーカスも生物学とは関係ねえ話ポンポン出すし、一体どんなペースで本読んだらあんなに知識であふれかえるんだか……」と口にする。


全ての研究者がそうではないが、ゲイルが実際に目の当たりにした研究者に二人が含まれているため、そう思ってしまったようだった。


「さて、待たせて悪かったね。行くんだろ?」


ゲイルが話を切り上げたので、皆で門番に外出許可書をその場で書いて渡し、王都の街を散策する。


王都ローズベルの街並みは、勇者アリスの仲介による和平協定以来、代り映えしていないらしい。レンガ造りの街並みの中で人々が道を行きかい活気で満たされている。


ネルカやノエルは途中で見かける女性向けの店を見かけてはすぐさま中に入り、他の面々も一緒についていく。とはいえ事実上の女子会。(はた)から見れば場違い感が半端ないゲイルだが、当の本人はそんなことを考えることもなく、グループの後ろの方で上を向きながら読んだ本の内容を整理していた。ある意味付き添いのポジションにいる感じである。


昼過ぎまで町を散策し、昼時を過ぎたあたりを狙ってレストランへと入った。平民向けの明るい雰囲気の店だ。六人掛けの丸テーブルにネルカ、ミリー、ノエル、ファーノ、アイン、ゲイルの順番で座り、それぞれ注文を頼んでいった。


ミリーはネルカ、ノエル、ファーノと談笑しており、ゲイルはそこの輪に入るという野暮なことはしなかった。ボケーと上を見ながらずっと本のことを考えている。研究日一日中同じ話題で頭を働かせていたのだ。頭がそこから離れなくなっていたのである。


そんなゲイルにいとこのアインが声をかけた。


「心ここに在らずって感じですね」


「うぅん……。心よりも頭の方がどっか行ってる気がする……」


「それは元からなのでは?」


アインのからかいに心外だと言わんばかりにゲイルが顔を向けた。そんな彼を見てアインはくすくすと笑う。


ゲイルは気を取り直して「おまえもあっちの会話に混じらなくていいのか?」とミリーたちのいる方に指をさした。


「会話の中心がミリーさんにありますからね。ここから声をかけるにはちょっと……」と困ったように笑う。


ミリーとアインはちょうど反対側におり、声をかけるには確かに遠い。


「席変わるか?」と聞くと「お気遣いなく」と返された。


「ゲイル様こそ会話に参加されないのですか?」


いとこ同士ではあるものの、ゲイルは侯爵家の息子、アインは子爵家の娘と階級の違いがあるため、あくまで子爵家の人間として丁寧な口調を維持するアイン。ゲイルがそういうことを気にしないタイプだと言うことを知っていながらも立場をわきまえようと振舞うあたり、よく出来たいとこだ。


「いや。ミリーがせっかく女友達と会話してるんだから口を挟まないさ。どうせ俺にはついていけん」


今の会話は、ミリーはおめかししないのかとのこと。身分上おめかしする資格はないと抵抗するミリーにあれが似合うこれが似合うとネルカとノエルが言葉を浴びせていた。


「そういえばゲイル様はあまり男性の方とお話しされませんよね?どうしてですか?」


「別に女とも会話してるつもりないぞ?」


ゲイルは怪訝な表情を浮かべながら問いに答える。そういえばグルアーノにも似たようなことを聞かれたなと思い返していた。


「友人関係ってそんな大事?」


「当然ですよ?一人で生きられるとでもお思いで?将来困ったときに助け合えるようにするために若いうちから交友関係を持つものですよ?」


アインにそう言われるが今一ピンとこない様子だった。アインはその様子を見て苦笑する。


結局ゲイルはその日一日、グループの外側にいて後ろからついていくばかりだった。


アインから言われたことを逡巡させ、「奴隷と税金を結びつけられるんだったら友人と税金も結び付けられるかねえ」とお出かけには似つかわしくないことを考え、モルゼオへの質問事項をまとめているだけだった。


そんな彼の姿に女子一同、せっかく外に連れ出したのにもったいないことしてるなと感じてはいたが、なんとなく邪魔する気にはなれず、また次の機会にでも混ぜてあげればいいかと考えていた。

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