3 家庭の事情
フォアワード侯爵家から王都まで馬車で二週間弱。途中で宿場町に泊まりながらゲイルとミリーはレーニアリス学園へと向かっていた。
ゲイルは学校楽しみだな、どんな場所だろうな、と色々と声をかけるも、ミリーからは、はい。そうですね。分かりません。と一言しか返ってこず、会話が成立しているようには見えなかった。
それでも頑張って話しかける辺りゲイルは実に健気である。
ちなみに奴隷であるミリーに対するゲイルの態度は非常に珍しい。奴隷社会に於いて奴隷は物件である。物扱いだ。
そんな奴隷のミリーに対するゲイルの態度は、しかし奴隷解放などという正義心から来ているわけではない。複雑な事情がある。
まずフォアワード侯爵家は今でこそ家名も爵位も持っているがご先祖様は奴隷出身である。700年前、デュアンという名の奴隷が居た。彼は勇者アリスと共に旅をし、魔族と戦い、そして魔族との和平協定の仲裁も手伝った。
時の国王エドワード9世はそんなご先祖様デュアンの功績を称え、奴隷の身分から特例で貴族への昇進を認め、フォアワードと言う家名を授かったのである。異例の大出世だ。
そんな家系でもあるから、フォアワード家は奴隷に対してあまり強く当たらない。
また、ゲイルが一人息子であることも関係がある。ゲイルが幼い頃、流行り病のため、兄弟姉妹は亡くなり、母親のアシュリーも度々流産していた。順当にいけばゲイルは7番目の子供であったが、残念ながら一人息子として過ごさざるを得なかった。
その流行り病は、デュアンの頃から奴隷として代々仕えていたミリーの両親にも襲いかかり、ミリーは一人取り残されてしまった。
ゲイル以外を子に持てなかったアシュリーと夫のロイドは、天涯孤独のミリーに対する同情もあって、彼女を実の娘のように育てることにしたのである。ゲイルとミリーが8歳の時のことだ。
以来、ゲイルが早く生まれたこともあってミリーを実の妹のように可愛がろうとしていた。
しかしそうは言ってもミリーは奴隷。実の娘のように扱おうにも平民出身の召使達は納得しないし、当のミリーも「私は奴隷ですから」と頑なに娘と扱われることを良しとしなかった。
ミリーや召使たちの態度を見かね、ロイドとアシュリーは国王に直談判としてミリーの奴隷身分を取り払えないかと相談したが、「そう簡単に慣例を変えられない」と申し訳なさそうに却下した。
ミリーを奴隷から解放するために残された方法は、レーニアリス学園で彼女の前世が無視できない存在であったこと、或いは彼女の前世の記憶が国に還元できるものである事を証明する以外になかった。
そしてこれこそがミリーがレーニアリスに通わせられる理由でもあった。ゲイルの入学は本当におまけ。
ちなみにミリーの奴隷解放を許可できなかった国王は二人の入学のために一筆推薦状を書いてくれた慈悲深い人である。
そういうこともあって、ゲイルとミリーの会話ははたから見れば歪なもの。しかし、それでもゲイルは一生懸命になって兄としてミリーの心を開かせようとしており、特に彼女に対して不快な思いは感じていなかった。
そして、いつも通りの二人の関係のまま馬車はレーニアリス学園に辿り着く・・・・・・・・・・・・。
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