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17 魔族教員の授業

政治学の講義が始まる直前、クラスメイトの誰もがゲイルとミリーがどんな会話をするのかと耳を傾けていた。ゲイルは教室内の異様な空気には気付きつつも、自分達のことを指しているとは気付かず、ミリーに話しかけていた。


「俺に政治学の勉強って必要かね?」


「……」


ミリーはジト目でゲイルを見た。


「ゲイル様。次期当主になられるつもりはないのですか?」


「向いてると思う?」


クラスメイトの大半がごもっともと感じた。


「向いてるかどうかではありません。相応しいかどうかです。向いてなくとも相応しくあろうとすればそのうち貫禄が出ます。ゲイル様の問題は気持ちの問題であると早く気づいてください」


ものは言いよう。その具体例を示したミリーに何人もが感心した。


「特に政治学は(まつりごと)の在り方について学ぶ学問です。将来領地経営をなさるゲイル様には国王陛下と御自身がどのような関係なのか、領民とはどのように付き合うべきかを知っておく必要があります。これを勉強せずにどうなさるおつもりですか?」


ミリーに苦言を呈され「ふむ」と声を漏らしながらパラパラと教科書をめくる。


「……やっぱ俺に必要な勉強には感じないんだけど」


「まだ言いますか」


ミリーが呆れの表情を浮かべる。


「いやだって、国王との関係とか領民との関係とかについては例は書いてあるけど、こうあるべきだのこうすべきだのが一切書いてないぞ?活かすも何もないだろ?」


ミリーは怪訝な表情を浮かべ、教科書を見直す。


「…………。大変失礼いたしました。ゲイル様のおっしゃる通りですね。この教科書ではどちらかというと政治とは何か、政治体制にはどのようなものがあるのかといった抽象的なものばかりが記述されていますね。どうやら私は行政学や政策学と勘違いしていたようです」


「気づいた兄ちゃんすごいだろ?お兄ちゃんって呼んでくれていいんだぞ?」


「呼びません」


即答にゲイルはガクリと項垂れる。クラスメイト達は懲りずによくやると別の意味で感心していた。


「私が思っていたものとはズレますが、ゲイル様は教養の一貫として身に付けておくべきかと。全く内容を知らないと言うわけにはいかないでしょう」


「そうかもしれんけど……。なんかあまりにも抽象的すぎて違和感あるんだよなあ……。実際の政治って領民から税金とったり、国王に渡したり、その見返りを渡したりの諸々のやり取りじゃん?これ、そういうの書いてなくて、制度のことばかり述べてるから実感湧かない……」


「ゲイル様がおっしゃられている内容は経済学や財政学で……」


「お前、いいセンスしてるな」


ミリーが話している途中で突然後ろから声がかかる。二人は驚いて声の主を探すとそこにバンダナを巻いた男が立っていた。


男は驚く二人の横を通りすぎ、教卓へと上がる。一瞬殺気めいたものを感じた。


(ネルカ……?)


「政治学を担当するモルゼオ・ジャルマだ。政治学と聞いて、政策の立て方だの国家運営のやり方だのと期待するかもしれないが、この教科書ではそんなことは教えない。そう言うのに興味があるやつは、バルト・フィンランド教授の行政学、或いはディーン・ブリジット准教授の政策学を受けてくれ。どちらも2年次配当だ」


モルゼオはつらつらと言葉を吐き出す。


「ではこの授業では何をやるのか?気づいているものもいるようだが、政治というものをどこまで抽象的に考えることが出来るのか、それを考える。今回扱う教科書では、政治体制に焦点を当てている。どうしてこの政治体制がいいのか、どのような経緯でその政治体制になったのか、ベルフェリオ王国を初め、いくつもの国、場合には魔族側の政治体制も含めて勉強することになる。……但し、これは不十分な内容だ」


モルゼオは教卓を離れ、話ながらゆっくりと教室の後ろの方へと回る。


「このような政治体制があるからといって、だからなんだ、という話だ。仮に理想の政治体制が存在し、現実の国にそのような体制が存在しない場合、現体制は間違っているから革命を起こすべきだ、という意見は正しいと思うか?例えば君たちの祖国、ベルフェリオ王国で国王の前で声高に叫べるか?」


モルゼオの問いかけに誰も何も答えない。モルゼオはなぜかゲイルの横に立ち、言葉を続ける。


「無意味だ。既にあるものを理想とは違うから悪だと断じることに正義などない。既にあるものは理由があるゆえにその形で存在する。その理由を知らずにただただ悪と断じること自体が害悪なのだ。革命や反乱は度々起こる。しかし大抵は失敗する。なぜか?悪と断じるものの存在理由、存在意義について考えたこともなく、ただただ不平不満のみで動くからだ。……残念ながら君たちの手元にある教科書にはその事が書かれていない。そして興味深いことにその事実に気付いたものが少なくとも一人いる。素晴らしいことだ」


モルゼオはチラリとゲイルを見る。ゲイルはモルゼオを見て、どこかで見覚えのある人だなと感じた。


モルゼオはそれから再び教卓へと向かう。


「しかし、その事が書かれていないからと言って、この教科書が無意味であるとは言えない。先人たちが政治体制に焦点を当てたのにもまた意味があるからだ。この授業では、先人たちが見いだした意味、先人たちが見いだした理想、そしてその理想が現れた理由について学んでいく。さて……………………、いい加減殺気を飛ばすのはやめてくれないか?ネルカ・スワローズ」


やっぱり殺気を飛ばしていたのかと思うゲイル。ゲイルからは見えないが、ネルカはモルゼオを睨み付けていた。


「ふむ。どのみちバレる話だ。気付いているものもいるだろうが……」


モルゼオが額に巻いたバンダナを外す。するとそこには目がついていた。


「私は魔族だ」


教室に動揺が走る。反魔族主義者の前に魔族が立っている。その事実に不安が湧いた。


「……私がいると分かっていてよく講座を引き受けたね?」


「学園の授業を一生徒や一教員の都合で荒らすわけにはいくまい。君が入学する前から1−Bの政治学の担当は俺だ」


ネルカの険しい視線に特に気にする素振りも見せず流すモルゼオ。


「気にくわないなら出ていってくれてかまわない。授業に興味のない奴に無理矢理話を聞かせる気もない。出席扱いにしてやる。俺個人が興味を持つ生徒には残ってもらいたいが……。少なくとも君には興味はない」


ネルカに対して無遠慮に侮蔑の言葉を投げ掛ける。クラスメイト達は緊張した面持ちでネルカの出方を見守っていた。ネルカは身体を震わせていた。そして立ち上がろうとし……。


「思い出した!あんた俺の儀式担当してたな!」


ゲイルの空気を読まない声が漏れる。


「なんだ。覚えていたのか」


「いやぁ。さっきまで忘れてたけど、儀式の時に変なバンダナ巻いてた奴がいたなあって思い出して」


教員相手に奴呼ばわりである。だがモルゼオは気にする素振りを見せなかった。


「その目って本当に目なの?見えるの?」


「ああ」と言ってモルゼオは右手で両目を押さえる。額の目だけがパチクリと開いていた。ゲイルは鞄から本を取りだし掲げる。


「それは輪廻学の教材だな?」


「おお!正解!マジで見えるんだ!すげぇ!」


ゲイルの空気を読まない行動の数々に皆が肩透かしを食らった。ネルカも唖然と彼を見ており、出ていくという選択肢を選ぶことをすっかり頭からこぼれ落ちてしまった。


「すげえ便利だな」


「そうでもない。目は三つも要らない。まあ三回つぶれない限りは失明の心配はないから利点はあるが、便利とは違うな」


「でも魔族って珍しいな。単に授業しに来てる訳じゃないんだろ?何でいるの?ヘッドハンティング?」


モルゼオは表情こそ変えないものの感心していた。


「研究で呼ばれた。本当は研究所の方が良かったが、生憎ポストが空いてなくてな。順番待ちでここにいる」


「へえ。つまり魔族でもここに呼ばれるくらいのすごい先生なんだなあ。すごい話が聞けるかもな!」


ミリーに向かって感想をのべる。ミリーも「そうかもしれませんね」と同意をのべた。


「ふむ……。君に興味をもってもらえるなら十分だ。時間がもったいない。早速はじめよう」


モルゼオはネルカとの一件がまるでなかったかのように授業を続けた。


誰もがポカンとしながらも、あからさまに邪魔立てはしない。戸惑いつつもモルゼオの話を聞く。ネルカも身体を震わせながらも、邪魔する素振りを見せなかった。


不穏な空気を崩したことについて、空気の読めないゲイルの存在は助かった。政治学の初回の授業は授業崩壊をすることなく無事に終わった。

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