表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/119

16 歩く百科全書2

博識奴隷ミリー。その噂は昼時に流れていた。彼女の口から語られる知識の数々はBクラスの面々誰もが見開き、他のクラスの生徒や上級生、果てには教職員の耳に入った。


その噂を聞き、ほとんどのものは嫉妬心を抱くも、少数のもののうちには奴隷という評価を変えつつあるものも含まれた。


「例の奴隷の子、中々聡いようですね」


伯爵家の娘、ノエルが口を開く。


「そうだね。結構周りを見てるなあとか、剣捌きがうまそうだなあとか思ったんだけど、かなりの勉強家さんみたいだね、ミリーちゃんは。フォアワード家の侯爵夫妻は自分の娘のように育てようとしてるって噂を聞いてたんだけど、ゲイル君と並べると、知らない人なら彼のお姉さんって感じちゃうかもね」


ネルカは自身の感想を漏らす。彼女の言う通り、ミリーは貴族に必要とされる教養を既に身につけているようだった。首輪さえなければ、ミリーに対する扱いは変わっていたかもしれない。


「あれではどちらがフォアワード家の方なのか分かりませんね」


「どちらかと言えば家老のようにも見えますよ?ゲイル様に必要に応じて質問に答える姿は私の家の父と執事との関係を思い出します」


ノエルの言葉に同席しているアインが返した。


「そういえば、奴隷の彼女はまだ前世が分かっていないようですね。あのように博識であれば前世が貴族とか学者と言われても信じちゃいますけど、前世の身分が分からないまま記憶だけは思い出すってことはあるんですか?」


ノエルの質問にそれはないと答えるネルカ。


「一番最初の想起の儀式(アナムネーシス)は記憶よりもどのような存在だったのかが先にわかるように調整している筈なんだ。それに魂は生まれ変わるときに前世の記憶が一度リセットされるようになってるみたいだから、記憶だけが先行することはないはずだよ?一応例外はあるけど、少なくともミリーちゃんのあれは本人の努力の賜物だろうね」


「それにしても博識な奴隷ってなんだか妙な気持ちがいたしますわ」


ノエルの言葉にネルカはやんわりと否定する。


「奴隷が優秀じゃないってのは大きな誤解だよ。私のかつての仲間だったデュアンは魔族との戦いで人族側のどんな兵士よりも率先して戦果を挙げていたし、頭も悪くなかったね。アリスから文字とか知識とか教わって、本とかも自分で読むようになってたし。そういった面もあったから彼は爵位も貰えたんだよ。ミリーちゃんの前世が何かは分からないけど、あそこまで優秀なら身分返上は確実だね」


ネルカは二人にニコリと笑いかけた。


「正直複雑ですけれども、リズ様がそうおっしゃるならばそうなのでしょうね」


ノエルの言葉に「ネルカだよ」と訂正を促すネルカ。慌てて申し訳ございませんと返された。その様子にアインはクスクスと笑う。


「でも前世が誰なのかも分からないのに、身分返上はありうるのでしょうか?」


アインの言葉にネルカが首肯する。


「実はこれまで奴隷出身で身分返上が叶わなかったのは二人だけなんだ。しかもどちらも本人に問題があっての措置。それ以外の例だとゲイル君みたいに前世が農民の奴隷も居たみたいだけど、勉学に励んでたら、講師の資格を手に入れたみたいだよ?」


初めて聞く情報に二人は目を丸くした。


「つまり奴隷の子が今の態度のままであれば前世がどうあれ身分返上は叶うと」


「そういうことだね。逆に前世が女王とかだと分かった途端に尊大な態度をとるようであれば、後々の憂いを取り除くために奴隷のまま扱われるんじゃないかな?」


ネルカはそういいながら、食後のお茶をすする。


「噂をすれば……」


呟くノエルの言葉に彼女の視線の先を追いかけると、ミリーと彼女に話しかけるゲイルの姿が見えた。二人の姿を認めた食堂の生徒達は自然と会話の声が小さくなる。


「そういえば結局ゲイル様は前世が農民でしたけれども、これからどうなさるおつもりなのでしょう?」


「どうもならないのではありませんか?無難に卒業し無難に実家を継がれるのかと。奴隷の子から無知を指摘されるようだと将来性は乏しい気がいたします」


対照的にゲイルに対するノエルとアインの評価は世知辛かった。


「あはは。まだ出会ったばかりなんだからそう厳しい評価をしなくたっていいじゃん。確かにパッとしないけど、無能って訳じゃないんだし。まあ元々の目的が何かしらの箔をつけることだから、取り柄を見つけなきゃいけないと思うけど」


「私は初対面ではないですよ?」と前置きを置きながらアインが続ける。実は彼女こそゲイルのいとこなのだが、当人の口からはまだ漏らしていない。


「そうは言いましてもネルカ様。彼はここ数日間奴隷の子に兄と呼ぶよう促してばかりで何かしらの努力をしているようには見えませんよ?」


アインはネルカの言葉に反論する。確かにゲイルはことあるごとにミリーの前で兄面していた。ネルカ自身、疑問に思っていないわけではない。


「まあもう少し自覚持った方がいいんじゃないって感じるけど、さっきもいった通り別に無能って訳じゃないから問題ないと思うんだ。問題を……起こすタイプだとは思うけど……、人を傷つけるような人じゃないとも思うし、今のままでも悪くないんじゃない?」


ノエルとアインは首をかしげつつも「ネルカ様がそうおっしゃられるなら」と返事した。


ネルカはあることに気づいていた。ネルカだけでなく一部のものも。ゲイルは無能では無いことに。確かに目立って有能ではないのだが、無能ではないという事実はそれなりに意味があるのである。そもそも歩く百科全書ミリーの話についていけているのだから。


「あ、そうだ。せっかくだから二人に頼みたいことがあるんだけど」


思い出したように声をだし、ネルカはノエルとアインに頼みごとをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ