14 授業初日2
本日2コマ目の授業は昼食の後になる。ゲイルとミリーは昨日と同様に学食で二人で席を確保し食事を済ませ、教室に戻った。
「次は……、算術ねえ」
教室で教科書をぱらぱらとめくりながらゲイルが呟く。
「貴族の子弟や商科学校に通った経験のある平民を除けば、計算の経験がない場合もありますからカリキュラムに組み込んでいるのでしょう。あまりお好きではないでしょうが複雑な計算は出ません」
さらりと言っているが、聞き耳を立てていたクラスメイト達はミリーに計算経験がある事を察した。
ふとゲイルの視界にネルカがこちらを見ているのが目に入った。
「姫騎士リズはアリスと旅に出てたって話だよな?算術経験とかあるのかね?」
「リーゼロッテ様としては存じ上げませんが、ネルカ様は子爵家のご令嬢。初等科の学校にもお通いになられているはずですから経験はおありでしょう。前世の記憶を取り戻したからと言って現世の記憶を失うわけではありませんので」
「それもそうか……。なあ、俺はダークスから四則演算ができておくと困らないとは言われたんだけどな」
ダークスとはゲイルの家庭教師だ。ゲイルは侯爵家の一人息子であるので、遠くの学校に通って事故に巻き込まれることを周囲が警戒していた。そのため、12歳から通えるはずの初等科の貴族学校に通えなかったので、その分の穴埋めをダークスに頼んでいた。
「そうですね。ゲイル様は貴族のご子息であり侯爵家の次期当主であられます。研究者がやるような複雑な計算はともかく教養として基本的な四則演算ができるに越したことは無いでしょう」
「いや、そういうことじゃなくてな、俺の中では四則演算以外に基本的な演算があるなんて知らないんだ」
「?どういうことでしょうか?」
「教科書の最後の方に載っているんだけど……、基本五則演算ってなんだ?」
ゲイルの指さすページを覗き込む。
「これは……。なるほど。四則演算に合同算術を加えたものですか……。これは恐らく執筆者の趣味でしょうね」
「合同算術?何それ?」
「大雑把に述べれば整数の性質を特徴づけるための計算方法というところでしょうか?これをベースに暗号の構築や解読などをやります。魔術式に組み込むこともあるそうです。尤もそういった系統のことをやる方々は数学や魔術の研究者くらいですので、ゲイル様はお気になさらず。四則演算だけで十分ですよ」
そう言ってミリーは教科書に目を戻した。合同算術の章を開いて。
「……その知識どこで知り得たの?」
「アシュリー様から教わりました」
ゲイルの母、アシュリーはティアノード子爵家から嫁いでおり、貴族令嬢時代にはレインフラックに居た。研究日には数学の研究室におり、基本的なものであれば人に教えられるくらいの知識はあるそうだ。このセンスがゲイルに引き継がれなかったのが悔やまれる…………。
尤も教わったくらいでつらつらと答えられるものでもないのだが……。
余談だが、実はティアノード子爵家の令嬢、つまりゲイルのいとこも在籍している。しかも同じクラスに居る。ただ、その令嬢はゲイルを警戒して近寄ってこない。
授業開始の鐘がなる前に、男性教員が入ってくる。予鈴を無視して早速口を開いた。
「私が算術の担当講師であるルバックだ。農民出身で家名はない。まず諸君らに聞きたい。モジュラー、いや、合同算術について知っているものはおるか?耳に入れたことがあるもので構わない」
皆がちらりとミリーの方を向く。勿論ゲイルも。当のミリーは素知らぬ顔で視線を流していた。手を挙げもしない。
ルバックは誰も手が挙がらなかったのを見て「居ないのか……」とあからさまに残念そうな声を出した。
「では……、四則計算、足し算、引き算、掛け算、割り算、こういった言葉のうち一つでも聞いたことが無い者はおるか?」
平民出身の生徒のうち幾人かが手を挙げた。
「そうか。ではこの授業では四則計算の基本から始め、演算慣れすることを目標としよう……。今年もモジュラーを教えられんか…………」
残念そうなルバックの声が聞こえる。ゲイルは教科書の一番後ろを開き、執筆者一覧を見つめる。
編集責任者 ルバック レーニアリス学園数理学教授
なるほど。こいつの趣味か。




