12 ゲイルの不満
オリエンテーションが終わり、ゲイルはミリーを連れて学食へと向かった。昼時であることもあって食堂は混雑している。
二人は四人掛けのテーブルを独占して食事をしていた。ただ、食事の美味しさとは裏腹にゲイルは不機嫌だ。先程のミリーに対するクラスメイト達の視線の件で。
その様にミリーは小さく嘆息した。
「ゲイル様。あまり言いたくないのですが、もう少しご自身への周囲の視線に気を配ってください」
「周りが見てるのはどうもミリーみたいだからな。気にする必要もないよ」
ぶっきらぼうに言葉を返された。
表情にこそ出さなくともミリーは大変困っていた。ゲイルが自分のことで今以上に浮き、立場を悪くしないかと。
自分が奴隷であることにフォアワード家の誰よりも納得していた彼女。むしろ一般の奴隷に比べて平民の召し使いに近い待遇を受けているとの自覚もある。十分よくしてもらえている。これ以上は贅沢だと考えていたところでの奴隷身分返上のためのレーニアリスへの通学。
全くもって場違いだ。贅沢なんて言葉では済まないほどに。
学園内での周りの生徒からの扱いは、一般の奴隷達が昔から受けていることである。むしろ、フォアワード家の奴隷であり、かつ所有者の息子であるゲイルがそばに居ることであからさまに排撃されない辺り、まだ温い方だ。いくら奴隷とはいえ、所有者の許可なく傷をつけることは許されない。意図的な物損と言うことで処罰されうる。特に所有者の階級が高いほど罰の内容は重くなる。尤もバレなければ、と言って裏で嫌がらせや暴力を振るわれるリスクは残っているが。
ふと食堂の入り口が騒がしくなる。二人してそちらに目をやるとネルカがクラスメイト達を連れて入ってきた。オリエンテーション終了後、ネルカはクラスメイトに囲まれていた。前世があの姫騎士リズなのだからお近づきになりたいと思った面々がたくさんいたのだ。
その様子をゲイル達は見ていたが、不機嫌なゲイルはツンとした態度のまま教室から出ていった。
実は一瞬ゲイルたちとネルカは目があっていた。ネルカの視線には「助けて」という言葉が乗っかっていた。けれども不機嫌ゲイルはそれに気づかず、気づいたミリーも下手にゲイルと絡ませてしまったときに自分を起点にゲイルがトラブルに巻き込まれることを良しとせず、気づかないふりをしたのだ。
ネルカは心の中で薄情者と思っていたが、今日が初対面なのに薄情者も何もないだろう。
「もし、ミリーの前世が姫騎士リズだったらあんな風に囲まれてたのかな?」
ふとゲイルが言葉を漏らした。
「リーゼロッテ様は他でもないネルカ様に転生なさりました。ゲイル様のお言葉は意味をなしません」
ゲイルの発言を良しとしなかったミリーは注意を促した。実際、他の者の耳に入ってしまえば「リズ様になんたる侮辱を!」と詰め寄られていただろう。
現時点でのゲイルの評価は前世が農民の名ばかり次期侯爵であり、ミリーは前世が何かも分からない奴隷なのだから。
「ゲイル様。いまだにご理解いただけていないようですので改めて申し上げます」
ミリーは食事の手を止め、真っ直ぐにゲイルを見つめていた。その真剣さにゲイルも思わず固まる。
「ゲイル様がレーニアリス学園に入学した目的はフォアワード侯爵家の次期当主として研鑽を積むためです。その為に多くの方々からご支援を戴きました。本来ならばご自身への信頼を確固たるものにするために、勉学に励み交友を深めなくてはならないのです。はっきり申し上げます。私にかまけている暇はありません。ご自身がなすべきことについてまだ自覚がございませんか?」
ミリーの言葉は本来奴隷が主人 (厳密には主人の息子だが) に対して口にしてよい言葉ではない。けれどもゲイル以上にゲイルの置かれている状況を理解しているからこそ敢えて突き放す言葉を投げ掛けたのだ。
対するゲイルはその言葉に呆然とし、それから再び不機嫌になった。ミリーは再び嘆息した。仕方なしと思い、話題を切り替える。
「ところで本日はどうなさるおつもりですか?」
今日はオリエンテーションのみで午後は授業も行事も入っていない。これから半年間、科目によっては一年間使う授業の教科書を教室で受け取ったら自由時間になっている。
「王都は滅多に来ないからな……。ミリーが行きたい場所でもあれば連れていくけど?」
「私は特に行きたい場所などはございません。ゲイル様こそどちらかに行かれないのですか?」
「特にないなあ。そもそも何があるのか知らないし」
可能なら学内の友人に頼んで王都内の見学をしに行くのがいいだろう。だが、ミリーに対する扱いを警戒するゲイルはあまりクラスメイト達に近づきたくはなかった。
「まあ、せっかく教科書受け取るから、部屋で静かに読んでるよ。明日から授業だし。予習にもなるだろ」
二人ほぼ同時に食事を済ませ、配膳を返却し、教室に戻る。
教室にはギルバートの他、事務職員数名がおり既に運び込まれている教科書を机の上に並べて置いていた。
「一人一冊ずつな」
ゲイルたちよりも先に受け取りに来た数人に倣って教科書を一冊ずつ受け取り、最後に袋を受け取ってそのすべてをしまう。
前期の講義の数は10科目で教科書の数は剣術を除き9冊。袋を持ち上げてみると重い。ちらりとミリーを見ると表情こそ変わっていないものの、腕がほんの少し震えている気がした。それを見かねてミリーから袋を奪い取る。
「ゲイル様!自分で持ちますから!」
突然のことにミリーが慌てる。
「そんな重そうにしてるのに持たせられるかよ。気にするな寮までそう遠くない……、筈……」
「重そうに見えたのはゲイル様の気のせいです!部屋まで近いので大丈夫です!むしろゲイル様、腕が物凄い震えてますよ!」
「それこそ気のせいだ!兄ちゃんの底力を見ておれっ!!!」
物凄い重たそうな顔つきをしながらミリーの言葉を受け付けないゲイル。二人のやり取りはミリーの部屋の前まで続けられた。
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