転移からトレダ
慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの御名において
私の名はアブー・アブド・アッラー・ムハンマド・ブン・アブド・アッラー・ブン・ムハンマド・ブン・イブラーヒム・アッラワーティー・アッタンジー、かつてはイブン・バットゥータの名で知られていた。
私は故郷であるアフリカのタンジャからシナにあるタタールの都ハンバリクまでを旅し、そしてアッラーを絶対に信頼し奉る御方アブー・イナーン・ファリースー彼に平安あれ!ーの都ファースで旅の杖を捨て、アッラーの下へと還ったのであった。
しかしアッラーは私を老人から若人へと若返らせ、そして今一度旅へと出る力を与えたもうたのである。さらに彼は私をインドやシナよりも神秘と驚嘆に満ちた世界へと送られた。これらこそアッラーの御業に他ならぬものであった。
私を今まで暮して来た世界から驚嘆に満ちた新たな世界に送るにあたってアッラーは私が生前使っていた物を持って行く事をお許しになられた。そこで私はダマスカス鋼で作られた美しい短刀と幾ばくかの金貨と銀貨、そして啓典を持って行く事にしたのだった。それだけではなくアッラーは旅路で困る事が無いようにと人々の言葉を理解し、話す事ができる口と耳をお与えになられた。
そうして私はアッラーの御力によって新たな旅へと旅立って行ったのであった。
私が再び目を覚ますとそこは街道の上であった。私にはまだ旅の仲間も無く、全く知らぬ場所であったので在りし日のインドの様に盗賊が出ぬ事をアッラーに祈りながら街道を辿るしか無かった。後で知ったのだがこの世界には伝説で語られるような魔物共が平然と存在する世界なのでこの時何も無かったのは実に幸運な事だったのだ。
そうしていると祈りが通じたのか隊商ー彼らに平安あれ!ーが通りかかったので幾らかの銀貨を払って駄馬と旅具を格安で譲って貰い、一緒に行くことにした。これこそがこの旅の途上で、私のもとに顕れたアッラーの恩寵のうち最初のものであった。
数日後には旅を始めて最初の町、トレダに到着した。非常に大きな街で有徳、公正で善行に勤しむ人アルフォンソ-彼に平安あれ!-によって統治されていた。街は石造りの壁で囲われており、グラナダにも劣らぬ繁栄ぶりであった。