水晶の迷い道 2
女神さまから送り出されて一瞬のような長かったような不思議な感覚から目が覚める、あたらしい体は健康そのもののようで何所も痛みや違和感はなかった、上半身を起こして左を見ると両手を組ませて驚いた顔の女性が居る、少女の記憶にはないので女神さまの言っていたシスターだろうか?
「良かった・・・本当に良かった」
涙を流しながら、抱きついてきた。柔らかい
「痛いところは無い?自分の名前は言える?自分がどうなったか覚えてる?お腹はすいてない?5日も意識が戻らなかったのよ?あ、今あなたのお父様を呼んでくるわ!」
矢継ぎ早に質問され返す間もなく走り去って行った、勢いのまま開け放たれた扉の向こうから直ぐさま大きな声が聞こえてきてドタドタと大きな足音が複数聞こえてきた。
「リタァァァァァァァグハッ!!」
「旦那様、そのように大声を出されてはお体に触ります」
立派な髭を生やした男性が、落ち着いたメイド服というより給仕服といった装いの中年女性に頬にビンタをかまされスパァンと良い音を鳴らしている。そんな二人の間を縫うようにおっとりとした顔つきの女性が近づいてきた。
「リタ!!ああ、よかった!」
強く抱きしめられたが、少々硬かった・・・
「お母さま苦しいです」
お母さまという言い方はスッと出てきた、前世では母さんって呼んでからきっとこの子の魂の影響だろう、まだ完全じゃないのか一部の記憶は思い出せない様だ
(リタって言うのは愛称かな?女の子っぽいからどうにか成らないかな、あと声変りはまだなのか良く通る声だった、元の声とは違いすぎて違和感しかない。)
「御免なさい嬉しくってつい、どこか痛む場所は無いかしら?」
「何所も痛くないです、後ろの人はどなたでしょうか、私に付き添っていたようですが?」
後ろに最初に部屋にいた女性がお母さまの後ろに付いて来ていた、近くまで歩み寄ると頭を下げた
「私はこの王都の教会を任されている大司教のクリューデ=カーフェルンと言います、本当にごめんなさい、私の乗っていた馬が暴れだしてお友達を助けたあなたを撥ねてしまいました、回復魔法を施しても目が覚めないときは心が女神の御許に行ってしまったと思い、戻して下さるように毎日に祈っていたのよ、目が覚めて本当に良かった」
実際に御許から来たわけだけどね・・・、女神さまから言われてたのはやはりこの人だったか、確かに悔いているようだしこの子の体と魂も謝罪を受け入れている気がする。
また泣きそうな顔をしているのでちょっと方便を交えて言っておこう、女神と会ったって事を言っておけば今後の布石にもなるはずだ。
「眠っているとき白い場所で綺麗な女の人が、私を怪我させてしまった人は深く反省して悲しんでいるから励ましてあげなさいって、言ってたからもう泣かなくても大丈夫です、こんなに元気ですから!」
「ありがとう、その女の方にも感謝を・・・」
少し考え込むシスターがハッとした顔で素早く懐から本を取り出しパララーっと早くめくっていき直ぐに挿絵の付いたページを開き見せてきた
「もしかして、その女性はこんな人でしたか?」
挿絵はかなり美化され過ぎて原型を留めていない・・・唯一あまり変わっていないものは宝飾品くらいだろうか、この大きな宝石の付いた首飾りで判断した。
「・・・このネックレスとそっくりな物を付けてました」
失礼でないにせよ原型を留めていない絵を女神さまと一緒にするのは忍びないが仕方ないので絞り出すように答えた。すると先ほどのしをらしさが何所かに行き、鼻の穴を膨らませ興奮気味に詰め寄って来て大きな声で
「女神アルフェンフリーデ様にお会いしヘブァ!!」
今度はシスターがメイドに叩かれた、メイドつおい
「ですから大きな声はお体に触ります、聞きたいことが多々あると思いますがここ5日間ずっと祈りに参られていましたが教会の業務はどうなっているのでしょうか?体調がよく成り次第お伺い致しますので今日の所はお帰り下さい、お迎えも来られていますよ。」
パンパンと手を叩くとすぐに二人の女性が入ってきてシスターの両脇を抱えて強制連行していった、連れ去られ際もっとお話しおぉ~っと言っていたがまあまた会えるだろう。
コント見たいだったのでクスクス笑って居たらお父様が微笑みながらやさしく抱きしめてきた、メイドビンタからようやく立ち直ってきたようだ。
「リタ、痛いところは無いかい?」
「はい、大丈夫ですお父様、ただ「何だまだどこか悪いのか!?すぐに医者と聖職者をよ」落ち着いてくださいお父様、少しお腹がすいただけです」
焦った顔からほっとした顔に切り替わり「ゴホン!」と咳ばらいをしてから私の前髪をかき上げながら落ち着いた口調で言った。
「そうか、五日も寝ていたからな腹が減って居るのも当然か、しかし、流石は大司教の回復魔法[フルヒール]、傷も残らず治っているのだな、確か衰弱も防ぐと言っていたから弱ってもいないようでよかった、よし、ヘレン、何か軽い食事を」
「こちらオートミールをミルクで煮たものをご用意しました、熱くはないですがゆっくりとお召し上がりください」
メイドのヘレンが即答した瞬間にメイドがワゴンを押して入ってきた、ワゴンには少し深い皿にミルクに薄茶色の細かいパンのような物が入った物が乗っていた、用意までの時間が早すぎる。未来でも読んだかの様だ。
このメイド、できる!と心の中で思いつつ
「ありがとうございます、頂きます」
添えられたスプーンで食べていく・・・実に素朴な味だった、病み上がりでは仕方ないか。
「では、お嬢様の意識がしっかり戻り、お体も問題ないようなので旦那様と奥様はすぐにお休みに成ってください、ここ数日ろくに眠れなかったのは知っていますよ、後の事はこのメイド長、ヘレンにおまかせ下さい」
よく見ると二人の眼の下にはうっすらとクマが見えた、かなり心配していたのだろう。しかし二人は食事中の私から離れない、二人して「せめて食事が終わるまで」と言って動かなかった。
そして私が食べ終わると名残惜しそうにしながらも二人が抱きしめてきて「お休みなさい」と言ってから退室していった。
「ようやく静かになりましたね」
「まったく、心配なのはわかりますが旦那様も大司教様ももう少し落ち着いてもよろしいのですが今回ばかりは仕方ありません、騒がしくて申し訳ありませんでした、皆さまはお嬢様をすごく心配していたのをご理解ください」
「大丈夫ですわかっています、みんな私を愛してくれているん・・・」
「どうかなさいましたか?」
ん?今お嬢様って言ったような、聞き違いか・・・まさか・・・
「いえ、ちょっとお手洗に行きたくなったので」
「そうでしたか、おまる・・・は流石に嫌ですよね、立てますでしょうか?」
ゆっくりとベットから降りると前の体とのギャップが有るからか5日間横に成っていたせいか少しだけふらついてしまったがヘレンさんの手を借りつつトイレまで歩いて行いき、トイレにも一緒に入ってこようとしたヘレンさんは入り口で待機して貰っている、ヘレンさんも心配なんだろうが流石に見られて喜ぶような趣味は無いので何かあったらベルを鳴らすように言われて一人でトイレに入り寝間着のズボンを降ろして確認するが・・・
付いてなかった・・・・
未使用兵器だったがやはり無くなると精神的に何か来る物が有る、もちろん直接見たわけだは無く子供パンツと言うのだろうか?ややゆったりとしているパンツの上からだがはっきり無いのが解る・・・
(女神さまに性別の指定とかしてなかったのは失敗だった)
そう思いながらどうするか考える、半分は方便でトイレに来たが、もう半分は実際尿意を感じていたからだ。
用を足さずにベットに戻ると世界地図を描きそうで怖いが、ホースが無い状態での発射はどうなるか想像が付かない・・・
ぐるぐる考えていると扉の向こうから
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、だけどヘレンが居ると思うとなかなかね」
これ以上待たせて居ると突入されかねない、覚悟を決めて出すしか無いか・・・
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スッキリしたがなんだろうか、もう魂の融合も進んでいるのか自分の体と認識しているからか違和感はあまりなかった・・・それが少し怖くもある、このまま大きくなって行くと精神と肉体にギャップが生じないだろうか、今度女神さまに聞かなければ。あと言葉使いどうしよう、しばらくは男言葉に気を付けておこう。
「お嬢様、お顔色が優れない様ですが大丈夫でしょうか?まだどこか良くないのですか?」
「いえ、少し体が重いようなんだけど眠りすぎたからかな?」
「そうですね長い間体を動かさないと体力が落ちますからそのせいでしょう、少しずつ体を動かせば治るはずですよ。今日はこのままお休みになって明日から軽い運動を始めましょう。」
そう言われつつベットまでエスコートされ布団に入った。
ヘレンさんは部屋の横にある板に触れ天井の明かりを消し、ベットの横で椅子に座ってこちらを見ている・・・寝にくい
「ヘレンは眠らないの?」
「大丈夫ですお嬢様が目覚めるまでここに居りますので」
「そう・・・ありがとう、眠たかったら寝てもいいからね、おやすみなさい」
「ありがとうございます、おやすみなさいませ」
そういってベット横にあるランプを消した、淡い月明かりが窓から入り込んでいるのでうっすらと姿が解り、目だけが輝いて見える。
だいぶ気にはなったが5日間も寝ていたのに眠気が襲って来たのでそのまま眠りに入った。
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翌朝目が覚め、横を見るとヘレンさんの代わりに別のメイドさんがいた。
「む!お目覚めですねお嬢様!」
「おはよう、キャンベル、ヘレンはどうしたの?」
「あーっと、メイド長は残念ながら途中で力尽きました、旦那様方にああ言っていましたが自分自身も不安であまり寝てなかったんでしょうね、夜に見回りついでに見に来たらすごい形相で睡魔に耐えてたので何とか説得して寝てもらいました、で、代わりに自分が居るというわけです」
「ヘレンも無理していたのね、一度みんなに謝ったほうがいいかな、キャンベルは心配してくれた?」
「自分は心配してませんでしたよ」
「あら、私のこと嫌いだったの?」
「いいえ、きっと治ると信じていましたから!」
言い終ると二人してクスクス笑い合った、キャンベルは5歳年上でどちらかと言えば女友達に近く砕けた話し方もする仲で数人いるメイドの中で一番仲がいいらしい。前世の自分では出ないような話方でもできる当たりだいぶ魂がなじんで来たのだろう。
「ふふ、ありがとう。所でお腹がすいたから何か持ってきてくれない?それとも食堂に行った方が良いかな」
「いえ、まだ体の調子は万全ではないと聞いていますからこちらまでお持ちします、メイド長からお出しする様にと仰せつかったものが有るのでそちらを持ってきますので少々お待ちくださいね」
一礼してから出ていき、しばらくしてノックが聞こえてきた
「お食事をお持ちしました」
「どうぞ入って」
「どうぞお嬢様、オートミールと細かく刻んだ野菜のミルク煮に成ります」
昨日食べたものに緑や黄色の粒が見える、味は素朴ながらも野菜の甘みも感じられておいしい。しばらくはこの類の料理が基本になるんだろう。黄色いのはカボチャかな?
食べ終わって食器を下げてもらうと外から鐘の音が聞こえてきた、王都の大鐘楼は夜明け・日暮れ・正午に3回、それぞれの間を3分割した時間に2回鳴らして、夜間は緊急時以外は鳴らさない、この鐘は夜明け後一回目の鐘だろう。
そんな時に来客があった、息を切らした作業服のようなものに身を包んだ男の人ととても可愛らしい顔つきの子供が訪ねてきた。
「お嬢!御無事で何よりです!うちの息子を助けていただいた御恩は一生忘れません!」
土下座する勢いで頭を下げる親方風の男性はグスタフ=ロバーナ、ウルウルした瞳で今にも泣きそうな子がルース=ロバーナ、ラインバース宝石店お抱えの宝石や貴金属の細工師親子だ。
「大丈夫よ、ちょっと寝ていただけだからね、それよりもルース、突き飛ばしちゃったけど怪我はなかった?」
「リ゛タ゛ね゛え゛がまぼっでぐれだがらだいじょぐだっだぁ~」
とうとう泣き出してしまった心配してたくれてたんだね、ぼろぼろ泣いているルースを招き寄せてぎゅっと抱きしめながら「男の子だからそんなに泣いてちゃだめだよ」といって、キャンベルから渡されたハンカチを使ってグチャクチャに成った顔を拭いてあげたら泣き止んでくれて、鼻をすすりながらも今度はちゃんとした声で言ってくれた
「リタねえが助けてくれたから大丈夫だったよ」
「良かった、5日間も眠ってた甲斐が有ったみたいで」
「うん、たぶん僕だったらもう女神さまの所に行ってただろから本当にありがとう!」
この後は何度もグスタフさんから感謝されたりルースからは5日間必死に祈ってたといった話を聞いていると、昼前の2回目の鐘が鳴り、長居してしまったと謝りつつ親子は帰って行った。
自由に動けるように成ったら工房にお邪魔しよう、きっと鉱物が有るに違いない。