心の氷を溶かして
冬の童話祭2017参加作品ですm(_ _)m
冬の女王を塔から出して、冬を終わらせる方法とは?
彼女を塔から出したのは、誰?
冬の女王は言います。
「ねぇ、なぜ誰も私を愛してくれないの?
心の冷たい者を見るような厭うような目で、私を見るのはどうして?」
外は一面、雪と氷の世界。
閉ざされた塔の中で、冬の女王は今日も独り呟いていました。
だって、彼女はとても寂しかったから。塔の中でたった一人、悲嘆にくれていたのです。
冬の女王は、生まれながらに女王だったわけではありませんでした。
この国では親のいない女の子が、五年に一度一箇所に集められます。その中から四季を司る『天の王』が、才能のある子を選び出します。選ばれた子は『天の王』に捧げられてしまうのでした。
『天の王』に連れて行かれたとしても、才能の無いものは帰されます。そのことを知っている冬の女王は、人の世界に帰りたくてたまりません。けれど、彼女には圧倒的な力が……自然を操る能力があったのです。
「女王になんかなりたくなかった。ただ義務として、参加していただけなのに」
*****
冬の女王は幼い頃「ユリア」と呼ばれていて、孤児院には仲の良い友達がいました。
その名は「ローク」。彼は弟のような存在で、銀色に輝くキレイな髪と、透き通るようなキラキラした青い瞳を持っていました。彼が笑うと、その場がぱあぁっと明るくなります。
「いいなぁ。ロークくらいキレイで可愛かったら、私も誰かの子供になれるのに」
どこかの家の養子になれば、女王候補を選ぶ集まりには欠席できます。
『大好きな年下のロークと共にお金持の家にもらわれれば、この先もずっと一緒にいられるかもしれない』と、ユリアはそんな望みを抱きました。
「僕は、ユリアの方がキレイで可愛いと思うんだけど」
「ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
しかしロークはユリアが恐れていた通り、すぐにどこかへもらわれて行くことになりました。
お別れの日、彼はユリアにこう言います。
「必ず迎えに行くから、絶対に迎えにいくから、僕を待っていて!!」
やがて10歳になったユリアは、『天の王』の集まりに参加します。
「退屈。早く終わらないかな」
けれど、彼女は真っ先に『天の王』の目に留まってしまいました。
ユリアが嫌いな自分の容姿――プラチナブロンドの髪とガーネットレッドの瞳、真っ白な肌に赤い唇。それが、この場に集まったどの子よりも女王としての資質があると、天の王に感じさせてしまったのです。
そのせいで、ユリアはこの国の王様から『天の王』へと捧げられることになりました。
「女王になんてなりたくない! だって、ロークに待っていると約束したんだもの!!」
大声で泣き叫んでも、誰も助けてくれません。だって『天の王』とは神様で、選ばれるのはとっても名誉なことだから。
国を挙げての祭典の日。
それは、ユリアが人の世界とお別れする最後の日です。綺麗な衣装を着た彼女は、人混みの中にロークの姿を見たような気がしました。
彼の銀色に輝く髪は、大勢の中でも目立ちます。ユリアの好きな青い瞳が、潤んでいるようで。だけど声をかける間もなく、少年は人混みの中に消えていきました。
『もう二度と会えないのね。でも、キレイに着飾った姿を最後に見てもらえて嬉しい』
小さなユリアは、自分に言い聞かせました。決して泣いてはいけないと、ただ前を向いて。
*****
やがて時が流れ、過酷な女王の修行が終わりを告げました。ユリアは、新しい父である『天の王』より雪と氷の魔法を授かって、女王となったのです。
春は、花と風の魔法。
夏は、鳥と火の魔法。
秋は、月と木の魔法。
冬は、雪と氷の魔法。
ユリアは、自分が『冬の女王』に選ばれた事を残念に思いました。
だって、春は訪れを歓迎されて、咲く花はみんなを笑顔にする。
夏は暑くとも働く喜びを知り、みんなを楽しくする。
秋は色づく樹木の美しさとキレイな月で、みんなをうっとりさせる。
「でも、冬は? 冬は何があるの?」
雪と氷は、キレイと言うより冷たくて嫌い。
みんなは凍え、やがて来る春をひたすら待ちわびる。
「それでも、選ばれたからには頑張ろう」
冬の女王は、誰にともなく呟きました。
女王達はそれぞれ四季の訪れを告げるために、自分の季節になると人の世界へ降りて、国の最北端にある塔へと入ります。
巡る季節は女王の力。
この国は彼女達のお陰で、安定した豊かな国となっているのです。
けれど、春の女王と交代するため塔を出た直後、冬の女王は目撃します。
塔に近付く青年を。
後ろ姿のその人は、輝く銀色の髪をしていました。
「まさか……」
春の女王と談笑する青年は、端正な顔立ちで輝く青い瞳をしていたのです。
「もしかしてローク? ロークなんでしょう?」
役目を終えた彼女は、確かめることも出来ずに天へと帰ります。『天の王』である父の元で、彼を想って大声で泣くことしかできません。
天と地では、時間の流れ方が違うから。
成長して立派な青年になった彼は、まだ10代に見える彼女がユリアだとは、気づかなかったのかもしれません。
それでも――。
「いつか行くから、絶対に迎えに行くからって、ロークが言ったんじゃない! 忘れようと努力した。だけど私は……。ローク、あなたまで春の女王に夢中なの?」
涙が枯れるまで泣いた冬の女王は、ある決断をします。
「次に自分の季節が来たら、絶対塔を離れない。白い見た目のせいで、気味が悪いと親に捨てられた私。そんな私を、あなただけがキレイと褒めてくれた。なのにあなたも、可憐な春の女王を選ぶのね。幸せそうな二人を見るくらいなら、いっそ――」
そうして、今年も冬の女王の番がやってきました。彼女はいつものように、塔の中へと入ります。もう絶対に、外へ出ないつもりで……。
女王は一人、考えます。
――外は一面、雪と氷の世界。
いつまで経っても冬が終わらないのは、私のせいね。この国の王様がお触れを出した事も知っている。冬を終わらせ、春と交代させた者に褒美を取らせると宣言した事も。
だけど私は、冬を終わらせる気はない。幸い、春の女王も『天の王』であるお父様にも動きはないわ。それならこのまま、閉じこもっていよう――。
「誰からも愛されず、誰にも顧みられなかった私。これは私の、精一杯の抵抗ね」
冬の女王は、今も塔から外を眺めていました。褒美目当てで近付く影を、吹雪の力で追い払うためです。
「私は孤独で良い。愛や同情なんて要らない。それなのに……」
今日の影はしつこくて、雪に埋もれては転び、吹雪に飛ばされてもめげず、こちらに向かって進んで来ます。
「ねぇ、いい加減に諦めたら? 死んでしまったら何にもならないのよ。あなたは自分の命より、褒美が大事なの?」
ヨロヨロ歩いていた影は、塔まで後もう少しというところでパッタリ倒れてしまいました。
それきり動かなくなったため、冬の女王はひどく焦ります。
「嘘でしょう? 私、こんな事望んでいないもの。誰かに死んで欲しいなんて、そんなふうに思った事はない!」
塔の階段を転げるように降りた女王は、外の雪に埋もれた影の元へと向かいます。
お願い、助かって!
私のせいで、死なないで!!
雪を必死に掻き出して、中の人を助け起こそうとする女王。髪についた雪を払うと、その頭は見間違えようのない銀色でした。湿って顔に貼り付く姿は痛々しくて……。
「ローク、どうして!」
大人になっていた彼は、うっすら目を開けました。青い瞳で見上げると、彼女の大好きだったあの笑顔を浮かべます。
「ユリア、やっと逢えたね。逢えて良かっ……」
「ローク、起きて! 目を覚まして!! そんな、そんなっ」
私を唯一キレイだと言ってくれた彼。その彼が、私のせいで死んでしまうなんて、耐えられない!!
冬の女王であるユリアは、泣きながらロークをかき抱き、天に向かって叫びます。
「お父様、お願い! 自分勝手な私はどうなってもいいの。だからお願い、ロークを助けて!!」
彼女の願いに応えたのは、意外な人物でした。
「あらあら、ユリアちゃんったら。そんなに泣いて綺麗な顔がぐちゃぐちゃよ。でも大丈夫。すぐに暖めてあげるわね」
それは春の女王です。
彼女は塔に入ると、国全体の雪を瞬く間に溶かしていきました。まるで冬の女王であるユリアの心の氷も、溶かしていくように——。
冬の女王を塔から出したのは、彼女自身。
そして、春の女王を呼び出したのもまた、冬の女王である彼女なのでした。
『温かくて優しい春の女王に、ロークが惹かれるのは当然ね。私は潔く身を引こう』
悲しい気持ちに蓋をして、冬の女王は最後に一度だけ、大好きなロークを抱き締めました。それから塔の上の春の女王に向かって、大きな声で叫びます。
「春の女王、いえ、ローザ。ありがとう!! 私は貴女に感謝している。だから、ロークの事は諦めるわ。どうか貴女が、彼を幸せにして!」
ところが、春の女王の答えは予期せぬものでした。
「ローク? 誰それ。……あぁ、そこに倒れているあんたのイイ人ね。貴女の事しか聞いてこない人なんて、私、要らないわ」
「え?」
――昨年ロークが春の女王に話しかけていたのって、もしかして私の居場所を聞くためなの!?
「あぁ、それとね。『天の王』が言っていたけれど、貴女はもうクビですって! 新しい冬の女王候補が見つかったから、お痛をする子は要らないの」
「それって……」
「貴女にとっては、嬉しいことでしょう? それから冬の女王を塔から出して、春の女王である私を呼んだのは、間違いなく貴女よ。褒美はきっちりもらいなさいね」
うっすら目を開けたローク。
彼は青い瞳で冬の女王を見ると、輝く笑みを浮かべます。
「ひどいよ、ユリア。僕は君を、絶対迎えに行くって言ったよね。まさか、忘れてしまったわけではないだろう?」
暖かな春の光に照らされて、彼の銀色の髪も彼女のプラチナブロンドの髪もキラキラと輝きます。
抱き合う冬の女王「ユリア」と、彼女を一途に慕う「ローク」。
そんな彼らの頭上には、春の女王が捧げた花びらが、二人を祝福するかのようにいつまでも舞っているのでした。
おしまい