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第一章 第七節

時は少しだけ遡ります。


「推測だけど、多分クックを襲った者はトリグイっていう生き物なの」

「カチッ」


少女はポケットの中を漁りながら、カニさんに向かって話しました。

ポケットの中には薬師からもらったお守りと、睡眠薬が混ざってある傷薬と幾つかの他の常備薬…そして間違えて持ってきた、シラツユイカの墨のビンがあります。


「ポチのことを調べたときに使った図鑑に載っていたの。うろ覚えだけど、あのサイズのクモの様な形の生き物は、トリグイしかいないはず…確かに普段は雨林に住んでいて、糸を操って投げ網みたい獲物を捕まえて、それを自分の住む巣の中心に保管する癖があるの」


うろ覚えにしては詳しすぎる情報を口にしながら、少女は真剣な顔で作戦を考えます。

蛇の半身を持つ子供一人と、小さな節足動物一匹。

そして敵は、雨林のヒエラルギーの頂部に立つ、トリグイ。

普通ならその時点で諦めるはずですが…少女のその瞳は、彼女にしか見えない勝機を見つめているかのように静かに光っています。


「…あぁ、そういえば!雨林に住み慣れたトリグイは、そのまま地面に巣をつくるから…巣の周りからの脅威には慣れてるけど、巣の下からの攻撃にはきっと対応できないの!」


いい案を思いついたのでしょうか、少女は指をシラツユイカの墨で濡らしてポケットから羊皮紙を取り出し、何かを書いて空きビンに入れ、最後に蓋をきつく閉めます。

そのメモを入れたビンと解毒剤と、もう一つのビンをカニさんに渡して、少女はカニさんに作戦の説明を始めました。


「だからあたしは水に潜って、巣の下からトリグイの注意をそらしながらポチをクックのところに置くから、ポチはクックの拘束を解いてこれをクックに渡して!クックにメモを読ませれば、あとはクックに任せればいいから!」

「…カチッ?」


一応了解のサインを送りましたが、少女は自分の脱出案について説明していないため、カニさんはすこし心配そうに鋏を鳴らしました。

カニさんの思惑を感じ取ったのでしょうか、少女はカニさんを安心させるために明るく笑いながらカニさんを頭の上から降ろし、目を合わせて話しかけます。


「あたしのことは大丈夫だよ、秘策があるから!カニさんは目が覚めたクックをうまく操縦して、トリグイからの攻撃をよけることに専念してね」

「…カチッ」


少女の自信満々な表情を見て、カニさんは渋々了承しました。






そして時はまた、幼馴染が拘束から脱出した時にもどります。


「え、どういう状況なの…?」


解毒薬で意識を取り戻した幼馴染は、翼をはためかせながら体に残っている糸を振りほどこうとします。

目が覚めたばかりでうまく状況をつかめていませんが、とりあえず本能的にカニさんを連れて飛び上がり、トリグイの巣から離れようとします。


「カチ、カチッ!!」

「どうしたの、ポチ…って、うわ!!」


自分の足をつかみながら必死に鋏を鳴らすカニさんの方に振り向けば、カニさんが指している方向から飛んでくる白い網状の何かが幼馴染の視界に映ります。

慌てて避けようとしますが、目覚めたばかりなのか翼がなかなか言うことを聞きません。

しかし少女の妨害が功を奏したのでしょうか、その網はクックに当たることなく再び森の暗闇に沈みました。


「ゆずっち!ゆずっちなの!?」


トリグイや蛇の半身を持つ者と違い、幼馴染はこの暗闇の中で物をはっきりと見ることはできません。

それでも勘というべきでしょうか、幼馴染には下であのトリグイと対峙しているのは少女だということがわかります。

自分の友達が心配で思わず再び飛び降りそうになりますが、幼馴染は足元のカニさんが必死に紙切れが入ったビンを渡そうとしていることに気付きます。


「え、まさかそんな…本当に、無茶な娘なんだから…!!」


ビンを受け取り、幼馴染は中身を読みます。

メモの中身の破天荒ぶりに驚きましたが、それが最善でなくとも唯一の方法だと同時に思い知った彼女は、観念したかのようにため息をつきながら空高く飛びました。






獲物が完全に逃げ切ったのがわかり、怒り狂うトリグイは標的を少女に変えました。

緑色と黄色が混ざった縞模様の脚を高く挙げ、網の下で泳ぐ影に向かって勢い付けて刺します。


「ギィ!!」

「きゃっ!!」


少女はわざとらしく悲鳴を上げながら、再びトリグイの攻撃をギリギリで避けます。

これを何回か繰り返して、少女は時間を稼ぐためにわざとギリギリで避けたように見せていることにトリグイはようやく気づきました。

このようにやってもただ体力を無駄にするだけだとわかり、トリグイは突然動きを止めます。


(…チャンス、かも)


それを巣から逃げ出す機会だと思い、少女は急いで巣の辺縁へと泳ぎ出します。

しかしトリグイは少女のその判断を簡単に見抜き、直径数十メートルもある巣を直接操って水の中に沈めました。


「え!?」


それはまるで浅い河川でよく使われる、投げ網漁のようでした。

トリグイはマナで自分の糸を操れることはわかっていましたが、流石に巣を丸ごと操れるのは少女にとっても予想外のようです。

しかしそもそも、トリグイは雨林で育つ種なのです。

地面が完全に水で覆われることに慣れていなくとも、雨林にも川ぐらいあり水場での戦い方は十分に心得ています。

また常に暴雨が予告なしで訪ねてくる雨林で棲んでいるため、トリグイの糸は水でぬれても粘性は落ちません。

それどころか、雨のせいで飛び降りるトリを捕まえるために進化してきたその糸は、水に触れると逆により強靭でより粘性が強くなります。


「…こんばんは?」


しかしその穴だらけの網で侵入者を捕まえるのは、さすがに少し難しかったようです。

それでもその体を水の下に隠せなくなったのでしょうか、近くの穴に駆けこんだ侵入者は上半身だけ水から出して、なぜかトリグイに挨拶しました。


「グギィ!!」

「ごめんなさいー!?」


その礼儀正しい挨拶を挑発だと受け取り、トリグイは歯を剥き出して威嚇してきました。


(どうしよう…)


少女は、先ほど師匠からもらったお守りをギュっと握りしめます。

運よく近くの巣に穴が開いていて捕まらずに済んだものの、現状は糸に囲まれていて下手に動けません。


(残りのマナだと、さっき巣を燃やすのに使った初級の火魔法五発と…あまりマナを使わない魔法しか使えない…)


糸を練っていて、いつでも襲ってきそうなトリグイの動きを見つめながら、少女は必死に冷静を保ちながら計算します。


(…あと四発、必要かな?無駄打ちでもしたら…このお守りに、頼るしかないかも)


短い沈黙の後、ようやくトリグイが動き出します。

そしてトリグイの動きに合わせて、少女も魔法の詠唱を始めました。


「…ギィ!!」

「…っ!!火の聖霊よ汝らが友の願いを聞け…ファイア!!」


トリグイが糸を吹き出して少女を拘束しようとする同時に、少女は手の裏から火の玉を放ち、降りかかる糸を即時に焼き尽きました。

仕留め損ねたとわかりトリグイは再び糸を練り始めますが、衝突で起こった煙の中から二発目の火の玉が現れ、トリグイの八つの目を正確に狙ってきます。


「ギィ!!」


完全に不意を突かれたトリグイは、即座に横に跳んでそれを避けます。

しかしその動きまで読んでいたのか、三発目の火の玉がトリグイの脚に直撃しました。


「グッ…」


二発目の火の玉を一発目に隠して、そして最後に本命の攻撃。

火の玉の三連射はそこまで難しくはありませんが、ここまでに見事な連携はよほど熟練な魔導士でないと使えません。


「…ギィ」


追撃を入れようとしたのでしょうか、少女は再び火の玉を一つだけ放ちました。

しかし流石に同じ技が二回も成功するわけなく、トリグイは素早く後退して、少女の次の攻撃に備えて糸を盾のように張りました。

的を外した火の玉はさっきまでトリグイがいた場所に当たり、衝撃で水の中の巣に穴を一つ開けました。


「一発、無駄にしちゃった…」


歯を噛み締めながら、少女は再び詠唱を始めます。


「グギィ!!」


しかしトリグイはなぜか、少女の詠唱を無視して襲ってきました。


「え!?」


さっきの攻撃で、トリグイはわかったのです。

目の前の侵入者の攻撃は、例え当たっても自分に傷ひとつ与えられないということを。

そもそもいくら魔法の扱いに慣れていても、少女はただの子供なのです。

子供の魔法で大怪我を負うようなら、とても強者揃いの雨林のヒエラルギーの頂部には立てないのです。


「…っ!!」


トリグイの意図がわかったのでしょうか、少女は慌てて魔法を放ちました。

しかしロクに詠唱もせず、狙いもせずに放つ攻撃が当たる訳もなく、最後の一発の火の玉は遠くの水面に落ち、情けない音を出して消え去りました。


「グギィ!!」


一瞬だけ火の玉に気を取られましたが、トリグイは再び少女に迫ります。

やがてトリグイは少女の目の前に辿り着き、長くて鋭い脚を挙げて…


「ゆずっち!!気を付けてー!!」


しかしその時、空から去ったはずの幼馴染の声が響きました。

その同時に真っ黒の液体が空から降ってきて、トリグイの八つの目に思いっきりかかります。


「ゥ!?」

「ありがとう、丁度良かった!!」


それは少女がメモと解毒薬とともにカニさんに渡した、シラツユイカの墨を入れていたビンでした。

思いもよらぬ方向からの攻撃で視覚を失い、トリグイは暴れながら目についた墨をどうにか洗い流そうとします。

そしてようやく、薬師がくれたお守りのおかげで火の玉一個分のマナが溜まりました。


「これで…!!」


しかしやはり実戦経験が足りなくて緊張しすぎたのでしょうか、その火の玉は目の前のトリグイにあたることなく、再び巣に当たりました。

どうにか目についた墨を流して、トリグイは一歩下がります。

そして少女にはもう、火魔法を使えるほどのマナは残っていません。

誰から見ても、絶体絶命の状況です。


「ゆずっち!!」


ゆっくりと迫ってくるトリグイを目の前にして、少女はピクとも動きません。

恐怖で身動きすら取れなくなったのでしょうか。


「ギィ…!!」


今度こそ少女を仕留めようと決めて、トリグイは迷いなく脚を挙げました。

しかしそのとき、少女は唱えます。

それはひ弱な少女にとって、雨林の王者であるトリグイを倒せる唯一の術式でした。




「門の聖霊よ、汝らが友の願いを聞け…門を、開けぇえええ!!!」




それは…かつてカニさんの召喚にも使った、昔の少女が大好きだった黒魔術の呪文でした。


「…ギィ?」


少女の詠唱に構えますが、特に何も起こってないためトリグイは周りを見渡します。

そして、水の中にある自分の巣が、さっき降りかかった墨で黒く染まったことがわかりました。

不吉な予感が過り、トリグイは周りを見渡してあることに気付きました。

少女の火の玉による焼け跡と、それよりも多い自分の攻撃に開けられた穴。

それらが綺麗に並んでいて…自分の巣を、一つの魔法陣のように見せていることを。

そしてもちろん、その黒魔術の魔法陣の、生贄は…




「グィ…ギギッ!?グギギギィイイイイイ!!!」




まるで断末魔の様な叫び声。

周りから数本のツタのようなものが生えてきて、全力で抵抗するトリグイをまるで玩具のように取り込み、森の暗闇の中に消えました。

あぁ…課題もレポートも全然終わらない…

猫の手もカニの手も借りたいです…


P.S. ほのぼの物です熱血バトル物ではありません本当ですから信じてください

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