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第一章 第四節

「「「いただきまーす」」」

「カチッ!」


皆がそろってようやく、朝食の時間が始まりました。


「柚、もうプリン食べちゃったのか?お父さんの分、譲ろうか」

「だ、大丈夫、ひとつで足りるよ!別に欲しいから見てたわけじゃないし」


今朝の献立はパンにマングローブの実で作ったジャムを塗ったものと、牛乳と卵で作ったお母さんの特製プリンです。

卵は近くにある羽根を持つ人たちの集落から、そして牛乳は少し遠いところにある牛の角を持つ人たちの集落からの輸入品であるため、プリンとは月に一回食べられるかどうかの激レアの一品なのです。


「カチ、カチッ」


そしてカニさんの朝ごはんは、大好物のもずくです。

マングローブの実から作ったお酢を入れたもずくを美味しそうに頬張るカニさんを見ていると、つい甲殻亜門としてお酢を摂取していいのか心配しますが、本カニがうれしそうなので良いとします。


「はぁ…」

「ん?どうした、突然ため息なんかして」


結局お父さんの分も少しだけもらい、必死に幸せな表情を出さないようにプリンを食べている少女をみながら、お母さんは思わずため息をつきました。


「あら…ごめん、声に出しちゃったのね。実は、牛乳や卵とかの食材がなかなか手に入らなくなったの」

「え…」


プリンが食べられなくなる危機を知り、思わず大声を出しそうになった少女ですが、このようなはしたないことをしてはいけないのです。

慌てて口をふさぎ、疑問の目差しをお母さんに向けます。


「…あぁ、確かに…なんか最近、商隊がまったくこないよな」

「そうなのよね…なんか、嫌な予感がするわ」

「いろんな生き物が活発になる季節だからな…森に危ない生き物が出没しているのかもしれない。収拾がつかなくなる前に、一回集落の近くを見回った方がいいかもしれない」

「そうした方がいいわね…気を付けて、あなた」

「大丈夫さ、安心して任せとけ!そうだ、柚もこれから薬屋の実習に行くよな?自衛団の本部に行くのと同じ道だし、送ろうか」

「え、やだ…この年で親に送られるの、恥ずかしいよ」


昔のようにお父さんは少女を薬屋まで送ろうと提案しますが、冷たく断られて落ち込みます。

それも仕方ありません。

お父さんとはいつも娘の心境の変化に鈍い生き物で、親とはいつも我が子を子ども扱いしたくなる生き物なのです。


「そういえば、そろそろあの娘もくるわね」

「あの娘…?あぁ、あのハーピィーの…確かに今日は、運び屋の実習でこの村に来るって聞いたが」

「…ん」


なにかを察したのか、少女は無言で耳を塞ぎます。




「今日の新聞ですーーーーー!!誰かいますかーーーーー!!」




そして次の瞬間に、家中に鼓膜が破れるような声が響き渡りました。


「…相変わらず…元気な娘、だな…」

「新聞をもらってくるね、ポチも来て」


前触れもなく炸裂する爆音で耳が半壊されたお父さんとお母さんを後目に、少女はポチを頭に乗せて玄関に向かいました。

表情こそ変わりませんが、尻尾の先端は嬉しそうに揺れています。


「おはよう…」

「やっほー!おはよう、ゆずっち!そしてポチもおはよう、相変わらず美味しそうだね」

「クック!そんな大声を出すの、だらしないよ」


翼のような両手と底なしに溢れる元気を持つ幼馴染を、できる限り冷静な表情で咎めます。

もちろん、尻尾は嬉しそうに揺れているままです。


「えへへ、テンションが高くてつい!ごめんねー!」

「ほら、言ったそばから…もう子供じゃないかし、隣の人たちにも迷惑だよ」

「もう、久しぶりなのに冷たすぎー」


いたずらっぽく指を唇に当てながら、その幼馴染はわざとらしく視線をカニさんに向けます。


「ねー、ポチもそう思うよねー!あれ?そういえば、ポチの本名は…」

「ギクッ」

「なんだったっけ?あ、そうだ、思いだした!ガトーショコラ・ザ・ルシファー三世、だよね!」

「ぶふっ!」

「格好いい名前だよねー!この名前付けた人、めちゃくちゃセンスいいよね、ゆずっち!ところで、誰が付けたんだっけ?」

「ぐはぁ!!」


なぜか物理ダメージが入り、崩れ倒れる少女。


「カチ、カチッ!!」


幼馴染の言葉でオーバーキルされている少女をさすがに不憫に思ったのでしょうか、カニさんは急いで鋏でTの形を作り、一時休戦のサインを出します。

さまざまな感情が渦巻いて立ち上がることさえままならぬ少女を見ながら、幼馴染は満足げに笑います。

本人に悪意がないのがまた、末恐ろしいところなのです。


「…そ、それよりも、やっとひとりで仕事させてもらえたのね、クック」


少女はよみがえる闇の記憶を再び入念に封印して、話題をそらします。


「そう、それ、そこ!やっぱりひとりで空を自由に飛び回って物を配るのが、運び屋の醍醐味だよね!あの頑固オヤジを説得できて、本当によかった!」

「いいな、楽しそう…」


人間の国のような大きな学園を持たないため、集落の子供は基本的に直接職人たちのもとに送られ、仕事に必要な知識を学びます。

そのようなことを実習と呼びますが、実際ほとんどの場合ではまず雑用から始まって、少しずつ仕事の手伝いをさせてもらえるようになっていきます。

最終的に幼馴染のように仕事の一部を丸ごと任されるようになるまでには、とても長い道のりを超えなければいけないのです。

そう考えれば、幼馴染がこんなに興奮するのもわかります。


「でさ、柚の方はどうなの?薬屋で実習しているでしょ」

「ん…いまいち、かも。普通の薬ならほとんど材料の調達から販売まで一通り任されているけど、やっぱり調合に魔法を使うような薬はね…」

「あぁ、確かに…ゆずっち、マナが回復しないからね…」


魔法を使うのには、マナが必要なのです。

しかし本来、たとえマナを使い切ってもほっとけば自然に回復しますが、少女の場合それがなぜかなかなか回復してくれません。

そのため少女の場合では、魔法で薬剤を調合するたびに薬でマナを補充しなければいけません。

それではいくら薬の調合が熟練であっても、さすがにコストが高いのです。

魔法を使うのが夢である少女にとって、まさに最悪の体質なのです。


「でもほら、魔法が使えない有名な薬師って、たくさんいるじゃん!大丈夫だって」

「そう、だけど…」


少女が落ち込んでいることに気付いて、幼馴染は慌てて少女を励まします、


「それに薬師になれれば、きっとゆずっちの体質を治せる薬が見つかるって!そうすればゆずっちのなりたい魔導士だって、夢じゃないよ!」

「…うん、そうだね、そのために薬屋で実習しているのに。ありがとう、クック!クックに教わったのはすこし悔しいけど」

「なんで!?」


いつもの感じで冗談を交えつつ、楽しそうに話し合う二人。

集落の外の友達が少ないため、少女にとって運び屋の実習であちこち飛び回る幼馴染の話はとっても面白く、そしてあまり勉強する時間のない幼馴染も様々な動植物を扱う薬屋で実習している少女の話を興味津々に聞きます。

そうして話していると、いつの間にか時間が過ぎてしまいます。


「てか、もうこの時間じゃん!そろそろ次行かなきゃ」

「うん、またね…て、ごめん、ひとつだけ聞いていい?」

「ん?いいよ、どうしたー?」

「なぜか、最近この集落に商隊が全然こないらしいの。なんか心当たりある?お父さんは集落の近くに危ない生き物が出没しているかも、て言ってるけど…」

「あ…あの、ひとりで飛べるのが嬉しすぎて、来る途中あまり下の方見てなかったかも…ごめん、力になれなくて!」


さすがにはしゃぎ過ぎたことを反省しているのでしょうか、幼馴染はすこし頬を染めながら謝りました。


「え、いや、全然謝らなくていいよ!でも、一応気を付けてね、もし本当に何かいたら危ないかもしれないから…」

「あはは、空を飛べるこのクックさんを心配するなんて、相変わらず心配性なのね!大丈夫だって!普段は適当かもしれないけど、さすがに仕事の時はしっかりしてるよ」

「そうだね…余計な心配だったかも」


幼馴染の言う通りに彼女は普段このように軽い感じですが、仕事モードになれば本人も驚くほど真面目になりのです。

…本当は今この時も勤務中ですが、幼馴染の久しぶりの再会なので目を瞑ってあげましょう。


「じゃあ、そろそろ本気で時間がやばくなるから、またね!」

「うん、またね!今度は実習じゃない日に来てよ、家に上がって久しぶりにゆっくり話ししよ!」

「うん、約束するよ!バイバーイ!」


友達が飛んで行った方向を、少女は見つめ続けます。

カニさんが鋏で少女の角を軽く叩くまで、一言もしゃべらずに。


「カチ?」

「あ、待たせてごめん…あたしも早く、支度しないとね」


空を見ながら、少女はカニさんすら聞こえない小さい声でつぶやきます。


「いいな…」






その一方。

時は少女が幼馴染を迎えに、玄関に向かった時に遡ります。


「…お前も、結局自分の弟子には甘いな」


ジャムを塗りながら、どこかに向かってしゃべりだすお父さん。


「誰と話しているの、あなた?」

「あはは、さすがに自衛団団長の目は騙せないか!朝飯くってるのに、邪魔してごめんな」

「あら…」


お父さんが声をかけるのと同時に、幼馴染と同じく一対の翼のような両手を持つ中年男性がどこからともなく現れました。

玄関で話している二人のように、この男性とお父さんも実は幼馴染なのです。


「いるなら隠れずに言えばいいのに…少し待ってね、お茶を用意してくるわ」

「ありがとう、ちょうど喉が渇いていたよ」

「この程度の幻術も見抜けない人に集落の安全を任せられるかよ。で?大好きな弟子、初めてのおつかいのお守りはどうだい?」

「あぁ、最高だよ」


よっぽど疲れたのでしょうか、その男性は開いている椅子に座ってぐったりと机の上に伏せます。


「いやぁ、流石に俺の弟子ってところかな?何回も気付かれそうになったよ」

「お前の幻術が見破られそうになったのか?それは、将来有望だな」

「だろ!?顔も可愛いしスタイルも良いし性格も良いしおまけに仕事も有能だし!自慢の弟子だぜ!」

「…お前の話を聞いていると、つい通報したくなるのはなぜだろう…」

「そんなにあの娘のことが好きなら、もう少し優しく接したら?」


お茶とお菓子を出しながら、お母さんは男性に提案します。

ちなみにその男性は同い年の妻にベタ惚れですので、きっとロリコンではありません。

安心してくださいね。


「いやぁ、あいつの前では格好良くて頼れる師匠を演じなきゃ…」




「…あの頑固オヤジを…」




「…お前の自慢な弟子はそう思ってなさそうだが?」

「悲しい死にそう」


玄関から絶妙なタイミングで伝わってきた話し声で、男性はあっけなく撃沈されます。


「うん、冗談はここまでにして…自衛団ほどではないが、四六時中集落の外を飛ぶ運び屋だって危険な仕事だ。空を飛ぶ脅威もあれば、もっと思いにもよらぬところに危険が潜んでいるかもしれない」


お茶を一口飲み、男性は言い続けます。


「あいつは素質があるし、気配を消すのも危険を察知するのも上手いが…さすがにまだ、経験が足りない」

「だから、大事な手紙はまだ任せられない…といったところか?」

「…相変わらず、鋭いな。そうさ、今回はまだ新聞しか任せていない」

「ということは…俺宛の手紙とかあるのか?」

「あぁ…」


懐から二つの封筒を取り出し、お父さんに渡す男性。


「そして俺宛にも、だ。正確にいうと、柚宛とクック宛だが」


そしてその封筒には、人間の学者を模した真っ赤な紋章がついています。

第三節の切れが少し悪かったので、本日二回目の投稿です。

書き溜めも増えたしペースも安定してきましたので、水曜と日曜の投稿に落ち着こうかなぁと思います。


ちなみにこの前カニのバイキングに行きました。美味しかったです。

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