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97話

 本那さんを抱えてシルフボードを起動させた。

 シルフボードで気づくか、と思ったけれど、本那さんは特に何も気づいていないようだ。

 ……まあ、仕方ないか。

 俺の他にもヒーロー数名が『ミリオン・ブレイバーズ』の面々を抱えて空を飛んだり、地面を駆けたりしている。

 速度はある程度揃えて、運搬要員以外のヒーローは護衛として周りに控えつつ、やはり速度を揃えて進む。

 行き先はヒーロー協会。そこで『ミリオン・ブレイバーズ』の連中を引き渡したら、俺達の仕事はやっと一区切りだ。




 なんとなく腹立たしかったので、シルフボードで一気に高度を上げて、背面飛行になる。

 本那さんが顔を強張らせるのが分かった。……まあ、普通ならこんな高度に来ることも無いだろう。

 ましてや、シルフボードはボードと体1つだけで宙に浮く代物だ。

 自分とボード以外は全て宙。そんな感覚は慣れるまで恐怖でしかない。

 ……俺は乗り始めて割とすぐに慣れたなあ、なんて、昔の事を思い出しながら緩く円を描いて、背面のまま下降し始める。

 そのままだんだん加速していって、錐揉みしながら急降下するまでに至った。

 地面にぶつかるぎりぎりの所で体勢を立て直して浮上、そこでループを描いて一回転。

 久しぶりにシルフボードでこういう飛び方をした。帰ってきたらもうちょっと遊ぼうか。

「な、なん……」

 この間、本那さんは顔面蒼白でひたすら体を強張らせていた。

 ……今のアクロバット飛行はほんのささやかな復讐みたいなものである。

 この程度なら許されるだろう。


「本那さん」

 さて、そろそろ本題に入ろう。

 すっかり死にそうな顔をしている本那さんに話しかけると、「何故名前を知っているのか」というような顔をされる。

「俺の事覚えてないですか」

 本那さんは俺の顔を見ながらだんまりを決め込んでいる。

「そうですか」

 まあ、死体の顔なんていちいち覚えていない、という事なのかもしれない。

「『ベイン・フレイム』って、覚えてないですか」

 本那さんが俺に付けたヒーローネームだ。

『儚い火』なんて、碌でも無い名前だと思う。最初から殺す気だったにしても、これは無いだろう。

「……いや……?」

 ……しかし、本那さんは欠片も覚えていないらしかった。

 俺の事を一々覚えていない位、ヒーローの卵を大勢殺してきたんだろうか。

 成程、桜さんではないが……腹が立つ。

「計野真。やっぱり覚えてないですか」

「さっきから一体なんなんですか?」

「あなたが殺した相手の事なんて覚えてないって事を確認しただけですよ」

 逆上しかけた本那さんにそう言って、本那さんを離す。

 本那さんは拘束されたまま、碌に身動きも取れずに地上へ吸い込まれていく。

 俺はそれを追いかけて、地上に叩きつけられる前にキャッチして、衝撃を殺した。

「……殺した相手、って、まさか」

「あなたがスカウトして、ヒーローにならないか、と持ち掛けて、ソウルクリスタルを砕いて、碌でも無い装備を与えて、勝てるわけがないアイディオンに挑ませて、死にかけてる所で笑いながら連絡を切った。そういう相手に心当たりはありませんか?ありますよね、山ほど」

 訳が分からない、という顔をされても困る。

 困りたいのはこっちだ。

「計野真は、あなたがスカウトしたヒーローですよ。勿論、あなたの計画通り、ソウルクリスタルを砕かれて酷い装備で出陣させられてLv6アイディオンに殺されかけました」

 どんなだったかな、と思い出しながら、『ベイン・フレイム』の時の装備をなんとなく幻影で再現してみた。

「これでも思い出しませんか。なんとなく、こんな奴がいたかもしれない、程度にも思い出しませんか」

 俺の周りに炎の幻影を浮かべて揺らめかせる。

「……あ」

 そこまでやって、やっとなんとなく思い出したらしい。

 本那さんの目が見開かれた。

「な……なんで死んでな……あ」

 なんで死んでないのか、と、そう問いたかったのであろう言葉は半ばで途切れる。

「いや、いまさらいいですよ。殺したかったんでしょう?」

 あそこに殺意が無かったなんて、俺は思わない。

 仮にそうでなかったとしても、殺意があったと思われて仕方のない事をしているのだから。

「……もしかして、お前が告発を……!?」

「『ミリオン・ブレイバーズ』の不正を告発したのは俺です。俺は生き証人、『ミリオン・ブレイバーズ』の悪事を証明できる唯一の被害者だったんですから」

 やっと、本那さんの顔に表情らしいものが現れた。

 恨めしげな、憎々しげな表情を見て、妙な達成感を感じていた。

 少なくとも、今こいつは、桜さんの言う所の『何も知らないまま』から一歩、外れたのだから。


「いや……でも、確かに……死んだことを確認して……」

 そして、本那さんが思っていることは単純に、『何故罪を犯してしまったのか』ではなく、『何故罪がばれてしまったのか』なのだろう。

 本那さんはひたすら、有りえない、何故生きている、と、呟いている。

 そして、「嘘だ」とも。

「嘘だと思いますか」

「だ、だって確かに死んだと確認して」

「端末で、ですよね。直接見た訳でも無い。端末の誤作動だったんだと思います」

 嘘、とは皮肉なものだ。

 俺が生きているのが嘘、だなんて。

 ……。

「俺を見てまだ嘘だ、なんて言えるんですか。俺は生きています。ここに居ます。俺は死ななかった」

「な、なんで、告発なんか……」

「あなたは殺されかけて黙っていられますか?しかも、それが采配のミス、装備の不良、そういうものが原因で殺されかけて、それが事故でもなんでもなく、意図されたものだと分かって、告発しない理由がありますか?」

「だって、その時はまだ『ミリオン・ブレイバーズ』のヒーローだったんだから、契約上、『ミリオン・ブレイバーズ』の不利になることはできなかったはずで……」

 逆に、この点に疑問があるとは思っていなかった。

 自分を殺そうとした企業との契約を死んでも守ろうとする人なんているんだろうか?

 もうこれ以上答えてやる義理は無いから、一度大きく、本那さんを宙へ投げる。

 放物線のその頂点に本那さんが達した時、すかさずもう一度キャッチして、今度は前方へ投げ飛ばす。

 投げられた本那さんが緩い放物線を前方に向かって描き、そして地面と接触する寸前に、またキャッチした。

 ……このようにぶん回されて、本那さんは気絶していた。




 ヒーロー協会に着いて『ミリオン・ブレイバーズ』の連中を突き出すと、建物の中がざわめいた。

 もう数か月前になってしまうが、『ミリオン・ブレイバーズ』の所業は未だに人々の記憶に新しい。

 そして、その『有名人』達を捉えたのが零細ヒーロー事務所共だった、という所がまた驚くべき点なのだろう。多分。

 咄嗟に対応できなかったカウンターの女性は奥へ引っ込んでいき、代わりに初老の男性が出てきて、そこから事情聴取と相成った。

 ……ある程度、情報は省いたり隠したりしながら今までの流れをざっと説明し、『ミリオン・ブレイバーズ』の連中を預けた。

 彼らはこれから裁かれる。裁かれるまでは専用の施設内に投獄されることになるのだという。

 彼らの罪状がどういうものになるのかは分からないけれど、軽い罰では済まないだろう。

 ……これ以降は俺の出る幕ではない。どうせ俺が何かをしなくても、色々な人が色々な事をしようとするだろうから。




 帰り道、1人で考えたくて、高度をかなり上げて飛ぶ。

 考えることは1つ。……俺が思い当たってしまった、とんでもない1つの可能性について、だ。

『俺が生きているのは、もしかしたら嘘なんじゃないだろうか』。




 俺が一度死んだ、としたら、仮説はこんなかんじになる。

 ……まず、俺は一度、確かに死んだ。

 けれど……無意識の異能の発動で、『俺は死なない』という嘘を、恐らくは俺自身が信じたのだ。

 だから、俺は、『生きている』という嘘を信じて、今まで活動してきたことになる。

 そして恐らく、『俺が生きている』という嘘をやはり信じてしまった桜さんが『ポーラスター』に俺を連れ帰って、そのおかげで、『ポーラスター』でも、『俺が生きている』という嘘を信じた。

 それから、俺は活動の中で、色々な人に『生きている』と、信じさせた。

 それが嘘だったとしても、彼らにとって『俺は生きている』。

 そして……俺が『死んだ』と認識している人より、俺が『生きている』と認識している人の方が、多くなったのだ。

 だから、俺が『死んだ』という事実は、俺が『生きている』という嘘に塗り替えられ……俺は、生きている。

 ……と、そういう。

 そういう仮説になるだろうか。

 ……ありえない話じゃないのが怖い所だ。

 勿論、この仮説には、『俺にも俺の嘘が効く』という前提が必要になる訳だが。

 もし『俺にも俺の嘘が効く』なら、今後の戦闘の為にも性質を明らかにしておかなければいけないだろう。

 そんなことは無いと、思いたいけれど。

 ……そして、これからの戦法とか、可能性とか、そういうものを考えなくても分かる、何よりの問題は……仮にそうだったとしたら、俺、ロイナの異能で死ぬんじゃないだろうか、という事である。


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