96話
「ロイナのこと、許してやってほしいんだ。まだ言葉とか分からないの多いらしくってさ」
「一昨日のおやつが黒糖まんじゅうだったんだよね……」
『おまんじゅうのまわりの』というのは単なる比喩らしい。
本当に『まんじゅうの皮をどうこうする異能』だったらどうしようかと思った!
「……ロイナ、それ、今できる?」
「今……んー」
ロイナはきょろきょろ、と俺達を見回して、困ったような顔をした。
「できるけど、やりたくないよ……」
「それ、条件が悪いってだけ?条件が整えばできるの?」
「茜がちゅーすればできるよ」
……茜さんの異能、となると……回復?いや、誘惑、状態異常……か?
「……よし!実践あるのみだ!外に出るぞ!」
埒が明かない、と判断した古泉さんが俺達にそう号令をかけるのに、そう時間は掛からなかった。
「えーと、じゃあ、恭介君を実験台にしまして」
「俺ですか」
「他に居ないんだもん」
……ということで、俺達は事務所の外に出ていた。
「じゃあ、恭介君に状態異常かけるからね」
「どんなのですか」
「ただ寝ちゃうだけだから大丈夫」
そして、茜さんが恭介さんに投げキスすると、恭介さんがいきなり倒れた。
……寝たらしい。
「はい、ロイナ。できたよ」
「うん!」
茜さんがロイナに場所を譲ると、ロイナは恭介さんに向かって両手を突き出すような恰好をする。
「えい!」
そして、ロイナが掛け声をかけると同時に、両手から蒼い波のようなものがぶわり、と広がる。
それは恭介さんとその周りをざっと撫でていき……その波が止まった頃、恭介さんが起き上がった。
「……なんかしましたか?」
「したよ。ロイナの『いのう』だよ!」
……状態異常を解除、できる、んだろうか?
それから茜さんはひたすら恭介さんに投げキスを送り、その度に恭介さんは麻痺したり混乱したりと色々な状態異常に侵され、それをロイナが消していった。
どうやら、ロイナの異能は『状態異常を消す』異能らしい。
「ロイナちゃん、これはプラスの効果も消えるのかな?」
「ぷらす?」
一通り恭介さんを実験台にしたロイナの異能演習が終わった所で、古泉さんはロイナにそう尋ねる。
「つまり、その人にとって悪い効果だけじゃなくて……例えば、俺の力を底上げするような異能を誰かが掛けてくれたとして、そういうものも消えるのかな?」
「うん!」
そこで古泉さんは微妙な表情をした。
……俺もなんとなく、思った。
ロイナはさっき、「できるけれどやりたくない」と言った。
そして、その時に見ていたのは……『スターダスト・レイド』のヒーロー達だったかもしれない。
「真君」
桜さんがそっと、俺の袖を引く。
「ロイナの異能で、真君の『嘘』も消えちゃうかもしれない。そうしたら」
「……一度真実になってしまえば大丈夫だと思うんだけれど」
勿論、どこかのヒーローがそういうパワーアップ系の異能でバフを掛けていたのかもしれない。
或いは、ロイナの勘違いかもしれない。
けれど、この可能性について考えておくに越したことはない。
だってロイナは人造ソウルクリスタルの為に作られた人造アイディオン。
つまり、ロイナの異能のソウルクリスタルはどこかに必ずあるのだから。
「ロイナちゃんも異能が使えるなら、いっそヒーローにしちゃえばいいんじゃないんですか?」
一通りロイナの異能について考察を重ねた所で、あるヒーローからそんな声が上がった。
「ヒーロー?ロイナも?」
ロイナ自身はというと、ヒーローに、という声を聞いたとたんに顔を明るくした。
「コウタとソウタと一緒?ロイナもヒーロー、やりたい!」
本人は凄く嬉しそうだけれども……ヒーロー、というのはそんなに単純な物じゃない。
怪我は当たり前だし、死ぬことだって珍しくない。
そして何より……アイディオンを倒すのが主な仕事なのだ。
人造で、さらに人間によって育てられた、とはいえ、ロイナもアイディオンなのだ。
そんなロイナにアイディオンを倒させるのは忍びない。
「うーん……そうだ、なぁ……うん、ヒーロー、かぁ。……そこら辺は俺達とまた後で相談しような」
古泉さんが困ったような笑みを浮かべながら、ロイナの頭を撫でる。
ロイナは納得がいかないようだったが、古泉さんの表情に何かを感じたらしく、それ以上何か言ってくることは無かった。
「ま、ヒーローになるにしろそうでないにしろ、ロイナは『ポーラスター』預かり、って事でいいとして、だ。……こいつら、どうするよ」
ここまでで『過程』に関する問題は全て解決した、というか、調停された。
そして俺達が一番考えなきゃいけない……『結果』の部分。
そう。ソウルクリスタルをロイナに食われた『ミリオン・ブレイバーズ』の面々をどうするか、という話である。
「もうヒーロー協会に渡しちゃっていいんじゃないかな」
本人たちは良心の呵責に苦しんでいるようだし、罰と言うならこれが罰だろう。
……なんというか、ここまで落ちぶれた挙句このように苦しんでいる様子を見ると、これ以上罰しようという気にあまりならなかった。
「俺は念の為殺しておいた方がいいと思うがな」
「私もそう思うわ。どう考えてもこいつらはアイディオンとつながりがあった以上、残しておくのは危険よ。それに、こいつらが苦しんだって、こいつらに殺された人たちは帰ってこない。だったらこいつらの生首を晒してやった方がいいんじゃない?」
「それはそれでなんかよくない気がしますよ?」
……ヒーロー達は2分した。
片方は、『もう苦しんでいるみたいだしこのままヒーロー協会に突き出そう』という考え。
もう片方は、『殺しておいた方が安全だし、罰にもなる』という考え。
……正直、どちらにも理はある。
安全策、というなら確かに殺しておいた方がいい。
アイディオンとつながりがあった人間なのだ。
こいつらにそのつもりが無くてもアイディオンによって何かに利用されている可能性もある。
そして、だからと言って、殺すとそのあたりの情報が闇の中に消えてしまう事にもなるのだ。
罰云々を抜かしても、殺すか殺さないかは慎重に考える必要がある。
「まだ殺さなくていいと思う」
意見が飛び交う中、俺の隣にいた桜さんがそんなことを零した。
「まだ、っていうと?」
「まだこの人たちは、分かってないから」
桜さんの目は厳しい。
……自殺を試みようと繰り返すような人たちを前に、そう言う桜さんを不思議に思って聞いてみる。
「この人たちは、意志が無くなっただけ。何も分かってない。……自殺しようとしてるのは、逃げようとしてるから。自分達の罪が分かったのは本当だと思う。でも、『分かってない』。この人たちが考えてるのは自分の事だけだから……」
そこまで話して、不意に桜さんは口を噤む。
「……今、私、あんまり冷静じゃないと思う……ごめんなさい」
桜さんは冷静さを欠いたことを恥じる一方で、ない交ぜになった感情を持て余してもいるようだった。
「いや、なんとなく分かる気がする」
罪の大きさが分かった。
しかし、桜さんに言わせれば、『ミリオン・ブレイバーズ』の連中が悔いているのは、罪自体に、では無く、罪を犯した自分、ないしはしくじった自分、なのだという。
『殺してしまったヒーローの卵達に申し訳ない』のではなく、『このままではとんでもない罰が待っている』と考えているのだ、と。
「難しいよな」
「……難しい。人は色んなことができて、いろんな経験ができるけれど……1つ選んだらもう1つはできない事もある。他人の事は、本当には分からない。でも、知ろうとしないのは、別」
桜さんの意図するところが本当に単なる義憤なのかは分からない。
けれど、そこには考える価値が十分にあると、俺は感じた。
結局、『ミリオン・ブレイバーズ』の面々はヒーロー協会に引き渡すことになった。
自らの罪を反省できなかったとしても、罰は下される。
罰の中で彼らが反省できるようになればいい、と思う。
ヒーロー達全員で、そのままヒーロー協会に『ミリオン・ブレイバーズ』の連中を引き渡しに行くことになった。
そこで俺は、運搬係に立候補した。
聞いてみたい事があったから。
「俺がその人、運びますよ」
この3か月余り、直接の食事では無く、茜さんの異能や恭介さんの異能で生かされていただけあって、やつれているし、迫りくる罰への恐怖か、常に情緒不安定気味でもある。
落ちぶれた、と思う。
俺をスカウトしに来た時の印象とは大きく違っていた。
「本那さん。お久しぶりです」
……俺も変わったのだろうか。
勿論、栄養状態は良くなったし、毎日が充実してもいるから、いい方向に変わったと思う。
けれど、それでも、パッと見で分からない程変わったつもりはない。
状況が状況だから、冷静に判断できないんだろうか。
それはあり得るけれど、戦闘待ったなしの状況よりはマシじゃないのか。
それとも、俺が死んだと未だに思っているからか。
……俺を前にして俺に気付かずに、ぽかん、としている本那さんを見て、頭が冷たく冷えていく感覚があった。