94話
「うまいことさ、真クンの異能のコストも嘘で消せないもんなのかな」
「さあ……」
現在、俺はリハビリ中だった。
例の如く、3か月以上眠っていたので筋力の衰えが凄まじかったのだ。
……これも明日、星間協議会のヒーロー達が招集されるついでに嘘を吐いてなんとかしようと思っているが、その嘘を吐くための筋力・体力すら無いような状態なのである。
急ごしらえでもなんでも、とにかく明日嘘を吐くだけの力は付けておかなければいけなかった。
「コストはコストだと思う。……コストを消す嘘を吐いたら、そのコストがまた別の形で真君にかかる、かも」
「そっかー……ま、真クンも寝てるだけならまだ可愛いもんか。怪我したりするわけじゃないもんね」
「いや、3か月って地味に痛いんですけれども」
気づいたら夏の終わりからいきなり秋の終わりになっていたのだ。これはひどい。
「あー……ま、言っちゃ悪いけどさ、真クンが頑張ってくれただけのことはあったって。……今日も街は平和だし」
Lv100という驚異の超高レベルアイディオンの襲撃にもかかわらず、被害は実質ほぼ0だ。
軽傷が数十名いたが、倒壊した建物は無く、死者もいない。
俺一人が3か月ちょっと寝っぱなしになっただけでこの成果なのだから、むしろ喜ぶべきだろう。
「……真君、私、真君に言いたい事、あるの……」
しかし、そう喜べるばかりでもなかった。
「しょうがなかったって、分かるけれど……嘘、吐いたの、ちょっと怒ってる。私、アイディオンの異能を破るだけなら真君がコストを払うことも無い、って、思ったのに」
桜さんが珍しくじっとりとした目で俺を見ていた。
「ごめん。他に何も思いつかなかった」
というか、俺自身、アイディオンの異能は『嘘』の異能だと半分ぐらい思っていたし。
「……しょうがなかったって、分かってはいるの……」
桜さんも分かってくれてはいるのだろう。
ただ……うん、心配を掛けてしまったな、とは思う。
「私、本当の事言われても、真君を止めたりしない。真君がそうするべきだって思ったならそうだと思うから。……でも……ううん、なんでもない」
桜さんはやり場のない何かを持て余すように視線を逸らして、床を見つめる。
……つくづく、俺の異能は独りでいる事を前提にしている異能だと思う。
俺の異能を知っている人と一緒に戦うという事は、俺が嘘を吐く邪魔になってしまう事が多い。
逆に、有利に働くことも無い訳じゃないはずなんだけれど。
「……ま、いいじゃん。とりあえず色々何とかなったんだし、明日うまいこと嘘吐けば真君の体調も元に戻りそうだし」
茜さんの言う通り、『とりあえず色々何とかなった』のである。
今はアイディオンの事は考えず、リハビリと明日の事だけ考えよう。
起きて一番最初に聞いたのはLv100アイディオンと街、俺の嘘の事だったが、二番目に聞いたのは『ミリオン・ブレイバーズ』の連中がどうなったか、ということだった。
うっかり放り出して出てきてしまった訳で、どうなったか、と心配していたのだが。
……この件については、本当に予想外の方向に進んでしまった。
明日の会合はこの為のものだ。
筋力の低下を補うためにカルディア・デバイスを装備して、しっかり変身までしてから壁伝いになんとか歩く。
「あ、真さん。起きられたのか」
「大丈夫ですか?」
応接間に出ると、そこでコウタ君とソウタ君と、2人と同じぐらいの年の女の子がダイアモンドゲームをしていた。
「……うわあ」
話に聞いてはいたが、実際に見てしまうと、うわあ、としか言えない。
「あー……そっか、真さん、こうなってからのロイナ見るのは初めてか」
見れば確かに、面影がある。
あの幼女と言っても差し支えの無かったロイナの面影は確かに、ある。
けれど……いきなり10歳近く分、年を取った少女に対して、戸惑わずにいられるわけがない。
「ん?」
一方、そんな俺の心境を知ってか知らずか、駒を進め終ったロイナは俺を見て、首を傾げるのだった。
ロイナが『ミリオン・ブレイバーズ』の連中のソウルクリスタルを『食った』と、俺以外の皆は帰ってきてすぐ聞いたらしい。
その時にはおろおろする双子と、気絶する『ミリオン・ブレイバーズ』の連中、そして、今の状態になったロイナがいたんだそうだ。
双子から得られた情報は『ミリオン・ブレイバーズ』の連中が急に襲い掛かってきて、それをロイナが返り討ちにしてしまった、というものだったらしい。
もう訳が分からなかった為、すぐにソウルクリスタル研究所にいる金鞠さんに連絡を取り、すぐに帰ってきてもらって解説を求めた所……『ソウルクリスタルを食った』ということ、だったんだそうだ。
金鞠さんから聞いた話を纏めると、こうなる。
アイディオンは、相手のソウルクリスタルや、ソウルクリスタルになる前の『意志』等を吸収する習性、というか風習、というか……そういう技能を持っている。
高レベルのアイディオンは、人やアイディオンのソウルクリスタルを吸収しているのだ。
……つまり、人やアイディオンを殺せば殺す程、アイディオンは強くなるということだ。
当然、その矛先が俺達に向く可能性もあった。
それは真っ先に金鞠さんが頭を下げた所だ。
しかし、ロイナは度重なる人造ソウルクリスタル作成の為の工程を経て、アイディオンとしては弱体化も弱体化、レベルにして1に満たない、という程度の能力……普通の女の子程度の力しか無かった訳で、となれば、俺達のソウルクリスタルを食うこともないだろう、という理由もあるにはあったのだ。
事実、ロイナが今まで俺達に危害を加えたことも無かったし、今回のことだって、『ミリオン・ブレイバーズ』の連中が双子を襲った所をロイナが助けた形になったわけだ。
……ここで謎があるとすれば、『ミリオン・ブレイバーズ』の連中はどうやって双子を襲うに至ったのか、という事だが……。
考えられるパターンは2つある。
1つは、『ミリオン・ブレイバーズ』の連中が、俺達がLv100アイディオンの方へ行ってしまったのを見て、逃げるなら今だ、とばかりに強い意志を以ってしてヒーロー適性を開花させた、というパターン。
これなら普通にあり得る範囲だ。
そして2つ目が、それこそがLv100アイディオンの異能だったのではないか、という事だった。
Lv100アイディオンの襲撃以来、ヒーロー適性を持つ人が急増しているらしい。
何も関係が無いとは思えない。
偶々危機感から異能に目覚めた可能性があるにしても急すぎる。
……勿論、この事は俺達の秘密だ。
何が『嘘』なのか、知らせるわけにはいかないし。だから、公にはLv100アイディオン襲撃以来のヒーローの急増に関してはまだ理由が分かっていない、という事になっている。
……Lv100アイディオンが何かした。
その結果、『ミリオン・ブレイバーズ』の連中が異能を手に入れた。
そう考えれば筋は通る。
そして、ロイナにソウルクリスタルを食われた『ミリオン・ブレイバーズ』の連中は、『意志』を失ったようなものなのだった。
……その『意志』を失ったことで、彼らにも変化が起きていた。
どうも、良心の呵責にやっと責め苛まれることになったらしい。
つまり、ロイナが食った『意志』はそういう類のものだった、ということだ。
……人生万事塞翁が馬、という所だろうか……?
そして、そんな状態になってしまった『ミリオン・ブレイバーズ』の連中の処遇に関しては、当事者の1人である俺の目覚めを待ってから決める、という事にしていたらしい。
……うっかり俺が年単位で寝てたら、どうするつもりだったんだろうか。
「説明する時にロイナの事も説明しなきゃならないんだよね」
「アイディオンの子供、っていうのがな。これでさらにソウルクリスタルを食ってパワーアップしてしまった、となると、そろそろロイナの処遇も考えなきゃいけなくなるかもしれないな」
俺達が良くても他の事務所のヒーロー達が良くない、という事も考えられる。
そうなってもおかしくない程度には、俺達は『アイディオン』というものを憎んでいるのだから。
「ロイナは大丈夫だよな?」
「僕達の敵にならないよね?」
「ならないよー」
以前より格段に喋るようになったロイナと双子はこんなやりとりをずっと繰り返している。
「ロイナは俺達を助けてくれたんだもんな」
「そうじゃなきゃ今頃『ミリオン・ブレイバーズ』の連中には逃げられてたかもしれないし、僕達は怪我じゃ済まなかったかもしれないもんね」
……この3か月あまり。
14歳程度の見た目になったロイナは、それに合わせて中身が変わる、という事はあまり無かったようだが、格段に語彙は増えたし、会話がまともにできるようにもなってしまった。
何より、あのどこか大人しすぎる雰囲気が失せている。
ただ黙ってこちらを不思議そうに見ていた幼女は、今や疑問があれば自ら口にして解決しようとするし、論理だった思考もお手のものだ。考えた事を人に伝えるのはまだ少し苦手なようだったが、それも訓練次第で幾らでも何とでもなるだろう。
そして何より、ロイナは双子と非常に仲がいい。
一緒に遊んでは楽しそうに笑ったり、負けて悔しがったり、勝って喜んだりしているのだ。
……つまり、ロイナはどうも、非常に……人間っぽく、なっていたのだった。