9話
「やっぱり、電熱線入れた剣の玩具に炎の幻影付けるのが良いんじゃないかと」
古泉さんと恭介さんと一緒に、俺の戦い方、そして装備について話し合いを始めて2時間が経過するころ、ようやく方針が決まってきた。
……俺の異能は、やはり、只の幻影・幻術系とは違うらしい。
どこが違うのか、というと、ずばり、『信じていたらその通りの事象が起こる』という事だった。
話は2時間前に遡る。
「あの、俺考えたんですけれど、武器を見えないようにしたらいいんじゃないですか?そしたら、完全に不意を突いて殴れるんじゃないか、と思って」
さっき思いついたことをそのまま言ってみた所、予想以上の反応があった。
「それはいいな。……そうだな、なら、武器は何も1つじゃなくても、桜ちゃんみたいに投げナイフとかがあってもいいかもしれない。真君は機動力が高いから、そういう戦い方もいいんじゃないか。……恭介君、どうだろう」
「いいんじゃないですか。早速やってもらいましょう」
促されて、やってみる。
手に持っていた鉄パイプを透明にするように、存在が無くなるように、イメージしてみた。
……すると、本当にできてしまった。
俺の手には確かに鉄パイプの感覚がある。
しかし、目に映るのは向こう側の景色だけ。
そこに鉄パイプは影も形も無かった。
「本当に見えなくなるんだなぁ。これは面白い」
古泉さんが、鉄パイプのあるあたりで手を振って、鉄パイプの存在を確かめている。
「それで俺の事、軽く殴ってみてください。本当に殴れますか」
恭介さんがそういうのは、熱くもなんともなかった炎の例があるからだろう。
軽く、恭介さんの脚の辺りをつつくようにすると納得してくれたらしい。
そして、古泉さんはこう持ち掛けてきた。
「折角だし、俺相手にちょっと戦ってみないか。さっき言ったが、見えない飛び道具も使って。シルフボードに乗りながらどの程度それが利くか、気になるだろう?」
確かに、それは気になる。けれど、良いんだろうか。
それで古泉さんに怪我でもさせたら、支障が出ないか。
「真さん。古泉さんはチートじみた『カミカゼ・バタフライ』を除けばここのナンバーワンです。戦闘経験は文句なしに一番ですし、そうそう致命傷は負いませんから大丈夫です」
しかし、恭介さんにもそう言われてしまって……結局は、新しい能力を試したいという誘惑に負けた。
「じゃあ、好きなだけやってくれ!俺は見えない武器をどれぐらい避けられるかやってみる!」
古泉さんは、どこかわくわくとした様子で、砕けかけたビルの頂上に飛び乗った。
好きなだけ狙ってくれ、という事らしい。
「じゃあ、行きます!」
メインウエポンは見えない鉄パイプ。
サブウエポンは、やはり見えないコンクリートの欠片。
この辺りならいくらでもコンクリートの欠片を拾える。
そんなに大きなサイズじゃなければ、ぶつかっても致命傷にはならないだろう。
ちなみに、今回、古泉さんは攻撃をしてこないという事になっている。
本気を出されたら……いや、多分、本気じゃなくてもきっと、太刀打ちできないだろう。
相手は『スカイ・ダイバー』。『ポーラスター』のリーダーなのだから。
シルフボードを起動して、鉄パイプを透明にする。
それを見た古泉さんが薄く笑っている。……この人、案外戦うのが好きだったりするんだろうか。
真っ直ぐ突っ込んでいくように見せかけて、直前でボードを古泉さんに向けて盾のようにしながら急上昇。
そのまま宙返りしつつ、とりあえず一撃。
……当然のように身を反らして躱される。
埒が明かないので、一旦上昇して距離を取る。
大分上昇したところで、コンクリートの欠片を透明にして投げつける。
……多分、外れた。
涼しい顔をしている古泉さんは、半歩ほど横にずれたらしい。
見えなくても、俺の動作から大体分かる、という事なんだろう。
という事は、古泉さんにも分からないような動作で攻撃しないといけない、という事だ。
急降下して、古泉さんの死角に入る。
その瞬間、地面すれすれを飛びながら、鉄パイプを手放した。
しかし、鉄パイプを握っているふりはやめない。
その代わりに、両手にコンクリートの欠片を握りこむ。
一見、どっちの手で鉄パイプを握っているか分からないだろう。
しかし、実際はどっちの手にも鉄パイプなんて握っていない。
真っ直ぐに古泉さんに突っ込んでいって、鉄パイプを振りかぶるように、腕を振り上げて。
……確かに、投げた。
至近距離だったから、外れるとも思えない。
散弾銃よろしく、大量に投げたんだから、1つぐらいぶつかってもいい。
……しかし、古泉さんは鉄パイプを避けるような動作をしただけで、コンクリートの欠片がぶつかった様子も無かった。
「あの、ちょっといいですか」
何かおかしい、と思って、中断して古泉さんに聞いてみる。
「今、コンクリート、ぶつかりませんでしたか」
「いや。ぶつからなかったよ。鉄パイプは左手だと踏んで、じゃあ右手はコンクリートだろうな、と……あ、ちょっと待て、もしかして……両方コンクリートだったのか?」
……両方コンクリートでした。
それから、上空を飛びつつ、俺の好きなタイミングで古泉さんに見えないコンクリートの欠片を落とす、という実験をしてみたが、そこから得られた結果は、「古泉さんが存在を認識していない『見えなくした』ものは、古泉さんにとって存在しないのと同様」だという事だった。
……つまり、鉄パイプの場合、古泉さんはそこに鉄パイプがある、ということを知っている事になる。
だから触れられるし、殴られもする。
しかし、いくつあるのか、存在がはっきりしないコンクリートの欠片については、古泉さんはその存在を認識することが無い。本当に、『コンクリートの欠片なんて無かった』状態になってしまうらしかった。
「……つまり、これ、見えない飛び道具も一回的に見せてからじゃないといけないって事で……」
「およそ、メリットが半減してるよなあ……下手したら、当たってもノーカンにされるんだろう?それはちょっと……」
俺の異能の良く分からない性質の所為で、『見えない鉄パイプ』作戦は失敗に終わった。
それから、『それは毒です』作戦や『召喚獣』作戦、果ては『ちくわ剣』作戦もやってみた。
……つまり、毒っぽい見た目の幻影を掛けた只の水を浴びせておいて、「それは猛毒です」と言ってみる、とか、召喚獣っぽい幻影を出して見せるとか、剣の見た目の幻影を掛けたちくわで切りつけて、さらに相手の体に切り傷の幻影を掛けるとか。
……そういうことを一通りやってみて、ようやく、『信じていたらその通りの事象が起こる』という、俺の異能の性質が分かってきたのだ。
つまり……例えば、炎で焼く。
本当に熱いと思わせることができれば、その炎で、本当に火傷を負わせる事だってできるのだ。
当然、嘘だと見抜かれたらそんなものは効かない訳だけれど。
「剣が無くても剣を信じさせられれば切れる、っていう事ですけど、それをやるには多分、真さんの経験と技量が足りないんで……やっぱり、玩具でも、その嘘の補強になるものは必要だと思います」
……ちなみに、古泉さんの見えない所で『剣の幻影を纏ったちくわ』を作って、古泉さんに『恭介さんが以前作った剣の試作品』として見せたら剣だと思い込まれたし、その剣で古泉さんに切りつけたら、切れはしなかったものの、痛がられた。
ネタばらしした時の古泉さんのぽかんとした顔が忘れられない。
なんだかごめんなさい。
「ついでに、剣に熱源仕込んでおけば、『火の魔法剣』みたいな嘘がつけるんじゃないか、と」
「成程な。『炎を纏った剣』のふりをした『熱くなる剣の玩具』を使おう、っていうことか」
剣としての嘘の補強だけでなく、炎の嘘の補強もできる。
剣の熱で一度炎を錯覚させることができれば、炎単品でも効力を発揮するかもしれない。
「じゃあ、これから真君の戦い方は、とりあえずは『炎の剣士』の『ふり』をする、っていう事でいいかな?合わないようだったり、もっといい方法があったらそっちに切り替えていこう」
……ということで、俺の戦い方、ヒーローとしての個性も、着実に決まってきたのだった。
「じゃあ、早速装備の設計、始めましょうか」
話し合いが終わって、少し運動したりなかったらしい古泉さんが外に『休憩』しに行ってしまうと、恭介さんは早速、装備の話を始めた。
「剣と炎の嘘がどっちも効かなかった時の事を考えて、鉄パイプよろしく振り回して戦えるぐらいの強度もあった方がいいですね。どうせ身体能力はカルディア・デバイスでもうちょっと底上げできるし……多少重くなってもいけるか」
恭介さんの頭の中では、装備の全体像がまとまってきているらしい。
「真さんの異能は正直、良く分かりません。なので、カルディア・デバイスは異能の強化っていうより、身体強化に重きを置こうと思います。それから、幻影の補助として、幾つかエフェクトも入れましょう。真さんの異能だったらアレも案外馬鹿にならないと思うんで」
『エフェクト』というのは、ヒーローが……メディア露出が多いようなヒーローか、一部の物好きなヒーローがよく仕込んでいるものだ。
効果は簡単。爆発だったり、光だったりの幻影や、時には実物を出す。それだけ。
つまり、飾りとかアクセサリーみたいなものだ。
「爆発とか光とかのエフェクト、とりあえずマイナー所のフリー見つけて入れときますんで。使い勝手悪いようなら後で変えましょう。……武器とカルディア・デバイスはそんなかんじでどうですかね」
正直、文句無しだ。
武器……温かくなる玩具の剣、も面白そうだし、身体強化に特化してもらえるのは、俺自身が異能をよく分かっていない事もあって有難い。
エフェクトを飾りではなく、武器として使う、というアイデアもいい。
「是非、それでお願いします」
なんだかわくわくする。
早く戦いに行きたいような、そんな気分だ。
「ま、後は実物ができてから、って事で……それから、防具の類はどうしますか」
防具……に関しては、幾つか要望がある。
「防御力高くて、動く邪魔にならない奴でお願いします」
コートの裾が引っかかった挙句、吹き飛ばされてもろにダメージを食らったのは記憶に新しい。
「……そんな、防具としての必要条件言われても……」
しかし、恭介さんとしては、もっと突っ込んだことを言ってほしかったらしい。
「防御力に関しては、防具自体の、ってよりは、その防具とカルディア・デバイスを連動させる所の問題なんで、どうにでもできます。……『パラダイス・キッス』の装備、見ましたか」
……茜さんが変身した時、滅茶苦茶に露出の多い恰好をしていた事はよく覚えている。
「あれ、あんなんでも、Lv6程度のアイディオンに殴られた程度なら骨の一本も折れないんで」
……あれで?
「滅茶苦茶露出多いじゃないですか」
「正直、マッパでもそういう風にちゃんと回路組めば戦えるんですよ。……例えば、茜さんはああいう恰好することで、『誘惑』の性能を上げる、っていうのと、あの人、モデルやってるんで、そういう意図があるみたいです」
そういえば、茜さんは今日、仕事だって言ってたっけ。
「桜さんはイメージの問題が第一だったんですよね。でも、それ以上に袖の中だの帯の間だのにナイフ隠せるから、ってことでああいう格好になってます」
成程、あの袖にはちゃんとそういう理由があったのか。
「なので、真さんの場合はとりあえず、『炎の剣士』みたいな恰好しておくのがいいかな、と思うんですよね」
成程、そういう意味での『防具』なのか。
なんというか、色々と自分の認識が間違っていたことが良く分かる。
「でも重くない方がいいだろうし、体は動かしやすい方がいいですよね。じゃあ、こんなので……どうですかね。ここのパーツは邪魔そうなんで削るにしても。他に、こういうのとか」
幾つか、参考になりそうな画像をコンピュータで見せてもらいながら、ああでもない、こうでもない、とやっているうちに、夕方になった。
「たっだいまーっ!おめでとーっ!真クン、君、死んでた!」
……物騒だけど……うん、素直に喜んでおこう。