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89話

「シールド」

 展開されたフィールドに驚いた『ミリオン・ブレイバーズ』の残党に、桜さんがナイフを投げる。……その一瞬前に、俺にそっと囁いてから。

 咄嗟に俺は、桜さんが投げたナイフと全く同じ幻影を用意して連中の手足に刺し、連中が発動したシールド系の異能に阻まれた桜さんのナイフは見えなくし、出現したシールドも見えなくした。

「まだ分からないのか」

 立て続けに、飛んできた無数の剣を一瞬で消して、俺に刺さったものについては、俺の傷を幻影で隠すことでなんとかする。

 桜さんが一瞬俺の方を見たけれど、すぐに目を逸らした。

 俺の『嘘』が本当になればどうせ治る、というか、無かったことになる傷だ。

「ここではお前たちは一切異能を使えない」

 続いて、多分状態異常系の異能と、火の玉が飛んできたけれど、それも幻影を駆使して無かったことにする。

 ……ここで『スターダスト・レイド』に使われた異能を使われたらまずいが……それをやるにはコストが高すぎる、ということか。ここで使ったら味方も自分も全員巻き込んで殺してしまうわけだし。

「自前じゃなくて、他人のソウルクリスタルによるものでも、だ」

 そして、声が震えたり弱ったりしないように気力を振り絞って駄目押しに俺がそう言ってやれば……なんとか、過半数が信じてくれたらしい、という事が分かった。

 まだ疑っている奴が居ないとも限らないけれど、少なくとも、俺の受けた傷は全部『無かった』事になっていた。痛みも無い。全て『嘘のように』消えてしまっている。


 ……今回、俺が異能を使うに当たって、一番の不安は俺の異能を知っている奴が居る可能性があることだった。

 ……というか、本那さんは確実に知っているはずだろうし。

 俺は『ミリオン・ブレイバーズ』で異能検査を行い、そこでソウルクリスタルをバラバラにされている。

 どっちが先かは分からないけれど、多分、検査の前にバラバラにしたわけじゃないだろう。使い勝手の良さそうな異能だったらばらさずにそのまま使った方が絶対に効率がいいんだから。

 ……となれば、最初に検査しているはずで、俺の本当の異能が何なのか向こうが知っていたとしてもおかしくないのだ。

 そして、俺の異能は……何の異能なのかばれたら一発アウト。それだけで騙せなくなる。

 ……だから、せめてもの保険として箒山を連れてきたのだ。

 その為にここに来るまでの間に俺達の『作戦』を聞かせておいたり、『異能を使えなくなる手錠』なんてものを使ってみせたりしたのだから。

 信じてくれる人が1人でも多ければ、その分俺達に有利に働く。

 たとえ、騙された人が過半数にぎりぎり足りなかったとしても、最後の一票を箒山に入れさせればいい。


「捕縛」

 俺が複数の異能を使っていたらおかしいので、フェイクの為にソウルクリスタルの幻影を生み出して、それを使うようなそぶりを見せる。

 そして、鎖の幻影で全員縛り上げれば、勝手に『縛られて』くれる。

 まだ困惑している奴も居るが、この場の過半数が信じてしまっている以上、信じようが信じまいが、鎖は本物になってしまうのだ。

「……全員、気絶させた方がいい?」

「そうだね。俺の異能を使ってもいいけれど……物理的にやった方がいいか」

 もし、異能でまたソウルクリスタルを作って、それを使って眠らせたりした場合、何かの拍子に嘘がばれたら一気に形成が不利になる。

 けれど、実際に嘘一切抜きの手段で気絶させてしまえばそれは覆しようが無い。

 その場にいたのは全部で5名。

 適当に近くに転がっている奴から順に、鳩尾に拳を叩きこんでいく。

 多少肋骨が折れたりしてもどうせ治せる。今はちゃんと気絶させる事を最優先に手荒くやらせてもらう事にした。

 ……そして、5人目は見覚えのある顔だった。

 けれど、俺の顔を見ても向こうはなんら反応しない。ただ、恐怖だけがその顔にある。

 ここでネタばらしするメリットが無いので、黙って鳩尾に拳を叩きこんで、本那さんも気絶させた。

「……真君、これで全員?真君のこと、知ってる人、居なかったけれど……」

「全員だよ。この人が俺の担当だった人」

 さて、5人もどうやって運ぶかな、と、なんとか4人ぐらい一度に担げる方法を模索する。

「でも、真君の異能、全然気づいてなかった」

「多分、忘れてるんだと思う。……こいつらが殺してきたヒーローの卵の数を考えたら、当然だけど」

 俺は死んだことになっているし、こいつらにとっては無数にいたヒーローの卵の中の1つでしか無かったのだ。気づかないのも当然かもしれない。

 独り相撲だった、というか、こいつらに危機感が無さ過ぎた、というか。

「……すごく、嫌な気持ち」

 桜さんは珍しく顔を顰めて、怒りとも悲しみともつかない表情で、気絶している本那さんを睨む。

 なんとなく、俺はその桜さんの反応だけで満足できるような気がした。




 結局、部屋の中にあったベッドカバーやシーツを駆使して5人を纏めて、それを桜さんが風で運ぶことになった。

 俺は行きと同じように、箒山を担いで帰る。

「……知らないのって、酷いと思う」

 帰り道、桜さんがぽつん、とそんなことを言う。

「真君の事、忘れてるのも許せないし、したこと全部忘れてるなんて、許せない」

 桜さんにしては珍しく、今日はそんなことをよく喋る。

「ソウルクリスタルが砕けるって、どういうことかも、砕けたソウルクリスタルで無理矢理変身して戦うのって、どういうことなのかも……アイディオンと戦う、ってことも、怪我した時の痛いのも……人が死ぬっていうことも、知らないの……許せない」

 更に珍しいことに、桜さんは空を飛びながら、その大きな目からぼろぼろと涙を零していた。

「なんにも知らないで、いっぱい人を死なせて、アイディオンをまた街の中に入れて……なにが、したかったの、この人たち」

「……そこらへんも、こいつらを連れて帰ってから聞けばいい。その後でこいつらをどうするか決めることもできる。もう大丈夫だ」

「でも、帰ってこない……死んじゃった人も、怪我した人も、街が壊れたのだって……」

 ……多分、俺の中で既に死んでしまっている部分が、桜さんの中ではまだ生きているんだろうと思う。

 俺はもう、他人の痛みに対して義憤に燃える事は出来ても、悲しんで、内心がぐちゃぐちゃになるような事は出来ない。

 そんなことをする余裕がもう俺には無い。また、そんなことをして、その上でやらなきゃいけないことをできるだけの能力も多分、俺には無い。

 桜さんが少し、羨ましくもある。




「おかえ……うわ、桜、どしたの、怪我した?」

 帰ると、ひたすら顔を歪めもせずに目から涙を零し続けている桜さんを見て、茜さんがとりあえず桜さんにキスした。

「……捕まえてきた」

 桜さんはベッドカバーやシーツでぐるぐる巻きになっている人たちを床に降ろすと、部屋に戻ってしまった。

 多分、5分もしないうちに元の桜さんに戻って出て来るんだろう。


「お帰り。どうだった」

「杞憂でした。相手は俺が思っていた以上に馬鹿だったみたいです」

 床の5人と箒山は茜さんが投げキスで深く眠らせてくれたのでまた暫く放っておくことにして、まずは古泉さんに報告する。

「先手を打って嘘を吐いたらそれがそのまま通りました。それを破られることも無かったです。俺の事、覚えてないみたいで」

「何だと……それじゃあ、対策考えたりなんだりしてた俺達が馬鹿みたいじゃないか」

 力が抜けた、というように、古泉さんはソファに凭れた。

「……まあ、真君の異能は基本的に先手必勝だもんなぁ」

 特に、相手が混乱しているような状況だったら、とりあえずでも先に手を打ってしまうことが勝利にそのままつながる。

 未知の部分が多いうちに吐いた方が、嘘も吐きやすいし。

 やっぱり下準備をしっかり積んでから、一気に畳みかける位の勢いで行った方が上手くいく。

「とりあえず、真君。お疲れ様。今日はこいつらは俺と茜に任せてゆっくり休んでくれ。……ああ、ええと、それから、桜ちゃんは……こいつらに怒ってるのかな」

「そうみたいです。『知らないのが許せない』、と」

 古泉さんも桜さんが気になるらしく、桜さんの部屋の方をなんとなく見ている。

「ああ、そうか……『知らないのが許せない』、か……」

 何か、思う所でもあるのだろうか。古泉さんは少し表情を曇らせる。

「……ま、知らないでいられるのも今日までだな。明日からはこいつらにそれを教えてやらなきゃいけなくなるだろうから」

 桜さんの事は気になるが、とりあえず今は眠りたかった。

 なんだかんだで、ここ最近はあまりしっかりした睡眠を摂れていない。

 今も、睡眠不足なのか、それともさっき吐いた嘘のコストなのか、緩く倦怠感と眠気が襲ってきている。

 ……古泉さんと茜さんには悪いけれど、少し休ませてもらおう。


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