86話
「……しかし、遅いですね」
「ね。何かあったりしたらやだよね」
さて、となれば、この一件はあと残す所、『ミリオン・ブレイバーズ』の残党を処理すれば終了、なんだけれど、そっちを担当している『スターダスト・レイド』からは一切連絡が来ていない。
一応、もう決行から12時間以上経っている訳だから、もうそろそろ連絡があってもいいような気がするんだけれど。
「……こっちから連絡入れるかぁ」
なんとなく、一抹の不安を感じつつ、古泉さんが連絡を取るのを俺達は見守った。
「……駄目だ、出ない」
そして、そう呟いて受話器を置いた古泉さんを見て、いよいよ俺達は待っていられなくなった。
「ここかー」
『スターダスト・レイド』は事務所を構えていない。
……まあ、『ポーラスター』も、事務所に直接お客さんが来て依頼をする、なんてことは珍しいわけで……実際は手紙やメール、電話、といったやり取りが大半だ。
だから、実際に『来店』してもらうような事務所は必要ないのかもしれない。
実際、『スターダスト・レイド』はそうやって活動していた。
つまり、廃アパートにヒーロー達が集まって活動する……ヒーローによっては集まらずに有事の際に連絡を受けて活動する、ヒーローによってはその廃アパートに住む、という、そういう活動形態をとっていた訳だ。
そして、俺達はその廃アパートに来ていた。
「……居ないね」
しかし、そこはもぬけの殻であった。
「おかしいな。……となると、まだ帰ってきてない訳だが……そんなにてこずる内容だったか」
アイディオンと『ミリオン・ブレイバーズ』の残党を同時に制圧するために戦力を分散したが、それがまずかったかもしれない。
所詮ヒーローでも無い只の人、と侮ったか。
「じゃ、そっちに行った方がいいよね。場所は?」
「アカツキホール跡地、だそうだ。ここからそんなに遠くない。急ごう」
仕方が無いので、俺達はまた、空を行くことになる。
アカツキホール、というのは、いわゆる文化会館、文化ホール、そういう類のものだ。いや、ものだった。
例の如くアイディオン侵攻によって廃墟となった建物であり、今はその建物の骨格を残すのみとなっている。
……が、更に例の如く、そこの地下に拠点があるんだそうだ。
幸運にも、地下への入り口は簡単に見つかった。
「じゃ、入るぞ」
中に入って、暫く急な下り坂を下り続ける。
とはいっても、空飛ぶ人たちはずっと浮いているし、シルフボードに乗っている俺達も浮いているだけなので、どちらかというとひたすら落ちていくような感覚と速度に近い。
そうして下り続けた先には明り1つ無く、ひたすら濃い闇が広がっているだけだった。
「何も見えないね」
「真さん」
「はい……」
促されて、カルディア・デバイスに仕込まれたライトを点ける。
……点けた。
確かに、点けたはずなのに、辺りは暗いままだ。
カルディア・デバイスを覗きこむと、ライトが点いているのが見えるのに、その光は全く辺りを照らしていない。
「あれ、真君?どした?」
「いや、点けてるんですけど……全然明るくならないんです」
「……と、なると、何らかの異能が働いてると考えるべきだな。……さて、このままいても仕方ないが……」
だが、このまま闇雲に進んだら間違いなくこの異能を使っている誰かの思う壺だろう。
「……もしかしてこれって、フィールドの一種ですか?」
どうするか、と思案した所、ソウタ君からそんな意見が出た。
「あ、だったら俺達が相殺すりゃいいんじゃねーの?」
「成程。その手があったな。じゃあ頼むよ」
フィールド系の異能は、2つ同時に発動すると、相殺しあって消えてしまうらしい。
……フィールド系の異能持ちが場に2人も出て来る事自体が珍しすぎて、報告例が少ないから、確実性には欠けるけれど。
「じゃ、行きますね。僕たちのカジノへようこそ!」
「ここら一帯全員お招きするぜっ!」
双子が仲良く声を上げると、濃い闇がたちまちネオンに浸食されて消えていく。
それと同時に、ネオンは闇に溶けていき……辺り一帯が一瞬、強い光を放ったかと思うと、もうそこにはカジノも暗闇も無かった。
「……こりゃ、一体何があったんだ」
そして、そこに見えたのは倒れた人達だった。
中には見知った顔もいる。
……『エレメンタル・ナイト』も、その一人だった。
嫌な予感がして、誰より先に俺が彼らの素へ駆け寄る。
……咄嗟に脈を診ようと手首を掴むと、冷たさに思わずぞっとした。
死んでいる。脈をとるまでも無い。
硬く強張った肉には命が感じられない。
人が死ぬのなんて、今まで散々見てきた。
けれど、こうして、死んだ、ということを手に触れて実感するのなんて初めてで、でも……でも。
……ああ、よかった!
「一応生きてますけど、危ないです!脈が弱い!茜さん、回復、お願いします!凄く冷えてます、このままだと低体温症まっしぐらです!急いで!」
それでも、俺なら。
俺なら、『生きている』ことにできるから。
……間一髪、間に合った、というところだろう。
茜さんと、茜さんを『映した』恭介さんが頑張ってくれたおかげで、ヒーロー達は全員意識を取り戻した。
……この時点で俺は、立つことすらままならない程に疲弊していた。
死んだ人を生き返らせる、なんてことをしてしまった以上、それ相応のコストは覚悟していた。
むしろ、これで済んだんだから御の字だろう。
「……真君」
回復に忙しい茜さんと恭介さん、辺りの探索と事情聴取に忙しい古泉さん、とりあえず安全の確保の為に、俺達と倒れていた人たち全員を囲うフィールドを展開させているコウタ君とソウタ君。
それぞれ皆、忙しいので俺に気付いたのは、桜さんだけだった。
「真君、何が『嘘』だったの」
「何も嘘じゃないよ」
気づかわしげな桜さんに、大丈夫、と軽く手を振って応えつつ、俺は誤魔化す。
……これが『嘘』だった、と、そう、思われてしまったら、彼らは……折角『生きている』ことにした彼らは、どうなってしまうのか、明白だ。
「……うそつき」
桜さんが宙で手を動かすと、ふわり、と柔らかい風が俺を撫でた。
それと同時に、眠気が襲ってくる。
「真君は、ちょっと……うん……爆弾。時限爆弾、見つけちゃって。無かったことにしたから、疲れて寝ちゃった。……それでいい?」
余りにも荒唐無稽な嘘なのだけれど、桜さんなら上手く誤魔化してくれるだろう。
風の心地よさに目を閉じる前に、なんとか肯定の返事はできた。
目が覚めると、俺の部屋だった。
……カレンダー機能付きの時計を見ると、丸一日経過していた。
これで済んだんだから、まあ、奇跡的、と言ってもいいだろう。
人の命に関する嘘を吐いて1日のコストだけで済んだのだから。
「あ、おはよ。大丈夫?桜に聞いたけどさ、なんか、爆発事故を1つ無かったことにしたんだって?いや、詳しくは聞かないけどさ。真君も無理しいだよね」
応接間に出ると、茜さんが小声で迎えてくれた。
……それもそのはず、応接間のテーブルでは、古泉さんと『スターダスト・レイド』のヒーロー達が真剣に何か話している所だった。
そして、そのテーブルの脇では、ぎっちぎちに縛り上げられた人が1人。
「倒れてたの、ヒーローだけじゃなくて、1人『ミリオン・ブレイバーズ』の奴も居たんだってさ。それで、そいつの確保をとりあえずして……んで、まともに話せる容体になったヒーローから事の顛末聞いてる、ってとこ」
逆に言えば、他の『ミリオン・ブレイバーズ』の職員は逃がしてしまった、という事になる。
……文句は言えない。
『スターダスト・レイド』の人達は死んでいた。
彼らだってヒーローだ。ただやられるだけだったとは思えない。
……そう、普通の、真っ当な手段に対して、なら。
彼らは、外傷も無く死んでいた。
眠るように、只、本当に死んでいただけだったのだ。
……恐らくは、あの闇の異能が関わっているのだろう。
そして恐らくは、今拘束されている『ミリオン・ブレイバーズ』の職員が。
どんな手段だったのかは分からないが、真っ当な手段じゃなかっただろう。
それこそ、禁じ手に近い何かだったと思わざるを得ない。
……例えば、一発で相手を殺す異能、とか、そういう。