82話
「ま、コピーって言ってもな、所詮はコピーだ」
古泉さんが俺との間に割り込むように、一気に間合いを詰めてアイディオンを殴れば、アイディオンは殴られた衝撃を『反転』させられずに吹き飛ぶ。
「異能を使えるようになったからって、使いこなせるとは限らないのさ」
「あと、こいつ魅力が足りなーい。私の異能使っても効果薄いのはそのせいだと思うな」
〈ぐ……〉
アイディオンは実際、古泉さんと茜さんに押されている。
2対1という戦力差もあるだろうが、それ以上に異能をコピーしたところで、それを使う技術や、そもそもの異能では無い地の能力はコピーできないからだろう。
特に、古泉さんの異能は扱うのに技術が要る。
古泉さんは『反転』を、その訓練の果てに戦闘に生かせるようになったのだから。
いきなり殴られて、その殴られたエネルギーを瞬時に反転させるなんて、どう考えても簡単じゃない。
ましてや、それを2対1の混戦状態で行ったりするなんて。
精々アイディオンにできるのは、殴る時の反動を反転させる事ぐらいだろうけれど……それだって、慣れずにやったら、あるはずの反動が無くなるわけだから、すぐに体勢を崩すだろうし。
……しかし、それでも戦況は大きくは傾かない。
原因は分かり切っている。1つは、古泉さんの2つ目の異能である回復をコピーされたことだ。
攻撃した端から治されたら、攻撃しても攻撃しても相手を倒すことができない。
そしてもう1つは。
〈こちらには異能がまだある!〉
……アイディオンが今までにコピーしたらしき、多種多様な異能を使う事だった。
「とりあえず恭介さんは逃げた方がいいんじゃ……」
茜さんと古泉さんとアイディオンによる攻防が続く中、異能をコピーされたらたまらないので、俺はコウタ君とソウタ君、そして恭介さんと一緒に離れた所で観戦していた訳だが、ソウタ君がそんなことを言った。
「だよな。恭介さんの異能って、地の能力とか技術とか、関係ないだろ?」
「無いですね。多分」
……いや、もしかしたら、恭介さん自身も分かってないだけで、その……発動に条件がある、とか、そういう可能性もある。例えば、相手に対しての憎しみが必要、とか、人付き合いが苦手な事が条件、とか。
……でも、そこを楽観視するメリットは無い。
ましてや今回、俺達はちゃんと脱出手段も持っているのだから。
「そうですね。どう考えても俺は足手纏いなんで、とりあえず帰ります」
恭介さんは懐から例のソウルクリスタルを取り出した。
「お疲れ様です」
「あ、恭介さん、帰ったら俺達の部屋の窓、閉めといてくんね?開けっぱで来ちまった気がする」
「閉めときます」
なんとも軽いノリで、恭介さんは瞬間移動のソウルクリスタルを使った。
……使った、のだけれど。
〈簡単に逃がすと思うな〉
どうやら、相手も馬鹿ではないようだ。
「対策済みってことですか、うわ、めんどくさい」
つまり、このアイディオンは瞬間移動封じ、異能封じ、空間的な何らかの異能……そういった類のものもコピーしていて、それを使える、という事なんだろう。
〈お前の異能ももらうぞ!〉
そして、アイディオンは恭介さんに突っ込んでいく。
「だ、駄目ですっ!」
「くらえっ!」
慌てて、ソウタ君がアイディオンの目の前にトランプをばら撒き、コウタ君は花札を撒く。
一瞬の目くらましにはなったらしく、なんとか恭介さんはアイディオンの手から逃れる事が出来た。
が、再び身を翻したアイディオンは、また恭介さんを襲いに行く。
「駄目っ!」
しかし、その手は桜さんの投げたナイフによって軌道を逸らされ、恭介さんに届くことはない。
……しかし、まずい。
まず、コウタ君とソウタ君は、殆ど戦闘力が無い。
このフィールドを作り出した時点で2人にできることはほとんどない。
後は賭けを持ちかけることだが……2人の異能もコピーされている以上、その特性等は把握されてしまっているのだろう。
だとしたら、俺が嘘をついて2人のサポートをすることができない訳で、ともすれば2人は賭けを持ちかけるときに、『賭けの強制』『ゲームの内容』『賭ける対象』のうちどれか1つしか決定権を持たないのだ。
どんなルールで2人の異能が使われるのかが分かっている以上、相手が賭けに不利な状態で乗るはずは無いし、下手すればこちらが不利な状況でゲームをする羽目になる。
だから、コウタ君とソウタ君の仕事は、とにかく怪我をしない事、という事になる。
次に、桜さんだ。
相手のコピー異能の発動条件は恐らく『触れる』ことだろうから、その点では桜さんに有利だ。
一瞬先が見えている以上、桜さんがそうそう相手の攻撃を食らう事も無いだろうから。
……ただし、もしコピーされたら非常に厄介な異能でもある。
なんといっても、『未来が見える』異能と『風系』の異能だ。
特に『未来が見える』方は、コピーされたら困る。
相手が今までにどんな異能をコピーしてきたのかは分からないけれど、組み合わせによっては最強の異能になりえるのだ。
例えば、コウタ君とソウタ君の異能を使って相手に賭けを持ちかけて、ハイ&ローでもやったら、一瞬先が見えている以上負けなしだろうし。
だから、桜さんもできれば、相手に触れられない位置に居てくれた方がいい。
……そして、俺だ。
俺達は全員、俺の異能の手の内が分かっているけれど、それにしてもコピーされたくない異能だ。
相手が今までにコピーしてきた異能の詳細が分からない以上、それ関係で嘘を吐かれたら間違いなく見破れない。
下手したら、『それが嘘だという嘘』といったような二重三重の嘘に雁字搦めになってしまうだろう。
……だから、俺もコピーされない方がいい。
恭介さんは言わずもがなだ。
恭介さんの異能をコピーされた瞬間、俺達の完全勝利は無くなる。
誰かが犠牲にならなくてはならなくなるのだから……絶対に恭介さんの異能はコピーさせられない。
以上を考えた上で、俺達にできる事と言ったら。
……相手の異能を封じるのがベストだけれど、それを行うためには材料が足りなすぎる。
簡単に騙されてくれる相手じゃなさそうだし、相手を納得させるだけの証拠も無い。
となれば、とりあえず……俺達の異能をコピーされないようにするしかない、か。
「古泉さん!強化します!」
厄介そうじゃなくて、そこそこ強そうで、茜さんと古泉さんの迷惑にならなさそうなもの……と考えて、こうした。
金色の光の幻影を出して、古泉さんの右拳を包む。
古泉さんは俺の考えを察して、アイディオンに右の拳を力いっぱい叩きつけてくれた。
〈強化系か……〉
吹き飛んだアイディオンはそう呟いて、俺に向かってくる。
成功した。
これでアイディオンにとって、俺の異能は『対象を強化する異能』になった。
とりあえず『嘘を吐く異能』を相手に与える危険性は無くなった訳だ。
「桜さん!風で援護を!恭介さんは茜さんの強化をお願いします!」
そして、このまま桜さんは『エレメント風系の異能』、恭介さんは『対象を強化する異能』だと相手を騙せれば、俺達の異能をコピーされる恐れはない。
早速、桜さんは風の刃を生み出してアイディオンを攻撃し、恭介さんは何かぼそぼそ言いながらよく分からない踊りのようなものを披露してくれたので、茜さんの周りに青っぽい光を生じさせておいた。
〈小癪な!〉
「小癪でごめんねー、っと」
茜さんがいつにも増して鋭く踵落としを決めた所に、古泉さんも追撃する。
……とりあえず、猶予は得られた。
後はこの戦況をどうやってひっくり返すか、考えればいい。
妥当なのは、これか。
「古泉さん!来ました!異能封じのソウルクリスタルです!」
大きく叫んで、俺の右手にソウルクリスタルの幻影を生み出す。
適当に光のエフェクトを発動させれば、如何にも『届いた』ように演出できるだろう。
実際、他のヒーロー事務所には瞬間移動系の異能を極めたようなヒーローが居るから、そのヒーローに連絡を取った俺が、このソウルクリスタルを瞬間移動させてもらう、という事も十分可能ではある。
勿論、そもそも俺達は『異能封じのソウルクリスタル』なんて持っていない訳で、そこが一番の嘘なんだけれど。
「よし!真君、でかしたぁっ!」
茜さんと古泉さんが一気にアイディオンから距離を取った隙に、俺は、俺にとっては未だ『嘘』のままのソウルクリスタルを使う。
〈させるか!〉
しかしそれはアイディオンが出したらしき壁を消すに留まった。
〈やはりな。一度に封じられる異能は1つか〉
アイディオンの出した壁は消えたが、これはアイディオンが大量にコピーしているであろう異能の中から1つを封じたに過ぎない、という事なんだろう。
……そして、そう信じられてしまったら、このソウルクリスタルは『一度に1つしか異能を封じられない』。
これに対してアイディオンの対策は、分かり切っているのだ。
〈ならば、数で勝負させてもらおう〉
アイディオンが立て続けに炎の壁や、氷の剣山、花畑……様々な物を、役に立たなそうな物も含めて、大量に出してきた。
全てが異なる異能なのだとしたら、とてもじゃないが、全てを封じるなんて、間に合わない。
そして、それらが一気に茜さんを襲う。
〈……ほう〉
間に合わない、と思われた茜さんへの攻撃は、中途半端な位置で全て止まっていた。
〈どうやら、私は騙されていたようだな〉
アイディオンの右手は手首から先が切り落とされており……そして、俺の後ろでは恭介さんがナイフで恭介さん自身の手首を切り落とした所だった。




