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8話

 夕食後、暫く今後の方針から雑談まで、幅広く話した後、とりあえず今日はもう寝ようか、という古泉さんの言葉に従って、全員がそれぞれの部屋に引っ込んでいった。

 ヒーローは体が資本だ、という事らしく、ここでは基本が早寝早起きなのだそうだ。

 俺の生活スタイルも元々そんなかんじだったから違和感はない。




 この建物は、『ポーラスター』の事務所でもあり、『ポーラスター』のヒーローたちが住んでいる住居でもある。

 玄関が2階に位置していて、そのまま入ってくると応接室だ。

 応接室の突当りはバルコニーに面した大きな窓で、その両脇の壁にはドアが4つずつ。

 それぞれ3つずつ、計6つが8畳程度の部屋で、残り2つのドアは物置と階段に続く。

 1階には台所や食堂や風呂といった設備の他にもやはり部屋が幾つかあるが、そっちの部屋は殆ど使われていないそうだ。

「それじゃ、西の南側の部屋は真クンの部屋ってことでいいよね?」

 そして、俺は、2階にある部屋の内の1つ……俺が寝かされていた部屋を貰う事になった。

「机とか棚とかは元々あったのがそのままになってる。手入れすれば十分使えるだろう。他に何か必要な物があったら言ってくれ。ダンボールは明日にでもちゃんと別の場所に移そう。……いや、あの部屋も半分物置として使われ始めていたんでなぁ……あれでも多少、片づけたんだが」

 当然、俺としては、全く文句は無い。

 置いておいてもらえるだけでもありがたいし、きちんと寝床もあるし、家具っぽいものも一応あるんだ。

 これ以上望むものは特にない。

 ……むしろ、この小ざっぱりとし過ぎたかんじのある空間が、俺には好ましかった。

 むき出しのコンクリート壁や、そこを這うパイプやコード。

 青白い蛍光灯の光。長らく使われていなかったらしいスチールラック。

 そういったものが、俺が前住んでいた安普請を思い起こさせるのだ。

 少なくとも、ここは間接照明があったり無駄に絵が飾ってあったりする空間よりは余程、肌になじんだ。

 マットレスの薄いベッドに潜りこんで、目を閉じる。

 窓から漏れる風の音が心地よかった。




 翌朝。

 目を覚まして簡単に身支度を整えたら(そもそも着替えの類も今、恭介さんに借りているような、何もものが無い状態なので整えようがあまり無い)応接間に出ると、2つ隣の部屋から茜さんが出て来るところだった。

「おはようございます」

「へっ!?……あ、びっくりした。おはよ。え、真クン、君いっつもこんぐらい早起きなの?」

 私、結構早起きしたつもりだったんだけど、と、茜さんは驚いたような顔をしている。

「なんというか、癖で」

「癖、かあ。羨ましい。私は朝、弱くってなあ……えっとね、多分、叔父さんはもうすぐ起きて来ると思うから。朝ごはんは朝6時45分からね。朝ごはん当番は叔父さんだから、多分今日は洋食」

 今は5時過ぎだから、それまでは暇だという事か。

「あ、じゃあ俺、少しこの辺り飛んできてもいいですか?」

 飛ぶ、という言葉に茜さんは一瞬考えてからすぐ思い至ったらしい。

「あー、シルフボードかあ。うん。いいよいいよ。あ、でもアイディオンに出くわしたらとりあえず帰ってきて。Lv1とか2でも。それさえ守ってくれて、あと朝ごはんまでに戻ってきてくれるんならオッケーってことで」

 茜さんから許可も得られたので、早速シルフボードを抱えて外に出た。


 廃墟エリアの朝の空気は、存外澄んで綺麗だった。

 人が居ないからかもしれない。

 気持ちよく深呼吸して、軽く準備運動してから、シルフボードを起動させる。

 起動してすぐには動かず、まずは停滞。

 ……うん、バランサーもおかしくない。

 次に、円を描くように上昇。

 高度を限界ギリギリまで上げると、朝日に照らされた街並みが遠くに見える。

 ……念の為、辺りを見回してもアイディオンは見つからなかった。

 Lv1や2なら間違いなく勝てる自信があるが、茜さんとの約束を破る気は無かった。

 それをやるのは、もう少ししてから……装備ができて、『ポーラスター』のメンバーの信頼を勝ち得てからでいい。

 そして、そのころにはLv1や2のアイディオンで満足してやる気は無い。

 高ぶる気持ちのまま、一気に高度を下げる。

 殆ど垂直に、落下するように高度を下げて、そして……限界ギリギリだと自分が思うラインを越えて、それから急上昇に転ずる。

 ……案の定、地面に突っ込むことは無かった。

 シルフボードの性能は間違いなく上がっている。

 性能が上がってもそれに俺が追い付けなきゃ意味が無い。

 恭介さんの言い方だと、これからもっと性能を上げてもらえるらしいから、それまでに俺ももっと上達しておかないと、宝の持ち腐れになってしまう。


 そのまま1時間ちょっと、急なターン、急な上昇、急な降下を繰り返して感触を確かめてから、『ポーラスター』の事務所に戻った。

「お帰り真君。もうすぐできるぞ」

 食堂を覗くと、既に古泉さんと桜さんがいて、朝食の準備をしていた。

 茜さんの話だと朝食の当番は古泉さんだったらしいから、桜さんは自主的に手伝っているんだろう。

 オーブントースターがじりじりと音を立て、フライパンからはベーコンの焼ける香ばしい匂いが漂い、ぱちぱちと脂の爆ぜる音が混ざる。

 既に皿には目玉焼きとサラダが乗っていた。

 単純ながら、それ故に美味さが容易に想像できて、少し運動して程よく空いた腹が鳴る。

「真君。茜さんと恭介さんを呼んできて。多分、もう起きてはいると思うから」

 桜さんに頼まれたので、早速2階へ上がり俺の部屋の隣の隣、さっき茜さんが出てきた部屋に声を掛ける。

「茜さん、ご飯ですよ」

 ……しかし、返事は無い。

「茜さーん」

 そのまま入るのも躊躇われてドアの前で立ち往生していると、反対側の真ん中の部屋から、茜さんが出てきた。

「あ、真君。そこ、私の部屋じゃないよ。恭介君の部屋」

 ……あれっ?

 いや、でも……朝、確かに、茜さんはこの部屋から出てきていた訳で。

 ……俺がそういう顔をしていたのか、茜さんは俺の様子見て突然、お願い!と、手を顔の前で合わせた。

「あのさ、朝、私と鉢合わせしたことは黙っといて?いや、別に私はいいし、っていうか、もう叔父さんにもバレてそうだけど、多分恭介君が気にするからさ」

 声を潜める茜さんと、未だに開かないドアを見比べて、とりあえず頷くしかなかった。

 ……うん。

 いや、いや……うん。考えるのを止めよう。




 恭介さんは茜さんが起こす、という事だったので、茜さんに任せて食堂に戻ると、既に配膳を残すだけになっていた。

「あれ、真君。茜と恭介君は……もしかして、まだ起きてなかったかな?」

「茜さんはすぐ出てきたんですけれど、恭介さんがまだで。茜さんが起こしてくるそうです。先に食べていて、という事でした」

 茜さんに言われた通りに伝えれば、じゃあ先に食べていよう、という事で、古泉さんと桜さんと一緒に朝食を食べることになった。

 トースターで焼いていたのはクロワッサンだったらしい。

 サクサクとした歯触りと、中の層状になった生地の口触り、そしてバターの香りが美味しかった。

 焼いただけのベーコンは単純だからこそ美味い。カリカリになった肉を噛みしめると、塩気の強い旨味が広がる。

 目玉焼きの黄身の濃厚さも、サラダのトマトの瑞々しさと強めの酸味も、何もかもが無性に美味い。

 ……作り立ての食事だからだろうか。そういえば、暖かい朝食は久しぶりな気がする。


 最後のベーコンを惜しみながら噛みしめていると、茜さんと恭介さんもやってきた。

「さて、全員揃ったし、改めて今日の予定を確認する。桜ちゃんは今日まで学校だったな。今日も気を付けて行って来てくれ」

 古泉さんの言葉に、桜さんはクロワッサンを齧りながら、こくん、と頷く。

 桜さんはこの近所……当然、『カミカゼ・バタフライ』の能力を使ったうえでの『近所』な訳だが……高校に通っているらしい。

 明日から夏休みに入るらしい。

 ……俺も3か月前までは普通に高校生だったはずなんだけどなあ……。

 あ、もしかしなくても、俺の学歴って中卒か!それは……後で考えよう。今は下手すると命が危ない訳だし……。

「茜は今日は仕事だったな。帰りに役所行って、上手く真君の『生存情報』を確認してきてくれ」

「ラジャ。……死んでるといいね、って、変かなぁ……うーん……うん。真クン、死んでるといいね!」

 迷った挙句、はじけるような笑顔でそんなことを言われた。

 ……確かに、俺が「死んでいる」という事は、『ミリオン・ブレイバーズ』で俺が死んだ、と思われている、という事なのだから、俺の生存率は上がる。

 ……うん。そうなんだけど……複雑だな……。

「恭介君は、真君の装備を頼む。戦い方を考えるときには私も呼んでくれ。真君は恭介君の指示に従って。装備に妥協したら駄目だからな。装備はヒーローの第二の命だと思ってくれ。恭介君はきっと君の力になってくれるはずだ。俺はとりあえず、来月の会議の準備を済ませなきゃなぁ」

 昨夜言われた通り、今日は装備を作る日になりそうだ。

 古泉さんは相変わらず忙しそうだけれど、戦い方を決めるとなったら、年長のヒーローの意見も聞きたい。

 だから、古泉さんの言葉は嬉しかった。迷惑を掛けてしまうけれど。


「ごちそさま!じゃ、ゴメン。私、もう行くね」

 そして、茜さんがあわただしく出ていき。

「じゃあ、行ってきます」

 桜さんも学校へ向かい、『ポーラスター』は非常に静かになった。

 ……俺が来る前、古泉さんと恭介さんがこういう時、どうやって過ごしていたのか気になる。




「じゃあ、とりあえずシルフボードに乗ってる所、見せてください」

 装備を作る、ということで、最初に恭介さんから言われたのがそういう事だった。

 やはり、俺の戦い方はシルフボードを中心にすることになりそうだった。

 俺の異能……多分幻覚系だろう、という所だが、それを軸にして戦うにしろ、機動力はあるに越したことはない。

 そして、更に、機動力に異能を絡めていくことができれば……ということらしい。

 とりあえず好きに乗って見せて、という事だったので、背面飛行での上昇やクイックターン、錐揉み急降下なんかを交えながら、好き勝手に楽しんでみる。

 20分程度遊ばせてもらって、そこからは恭介さんの指示に従って曲がったり、上昇したりした。

 何かメモしたりしている所を見ると、俺の癖とかが見えているらしい。

 ……これには結構興味がある。早く聞きたい。




「真さんは重心が右に寄りがちですね。右手で鉄パイプ振り回しながら乗ってたからだと思います。この癖は直さなくてもいいです。意識だけしておいてもらえれば。……やっぱり、武器振り回しながら飛ぶのが良さそうですよね。見てると。フェイントも豊富だし、どっちかっていうとトリッキーな戦い方した方がいい。真っ向から勝負、とか馬鹿だし……」

 何かぼそぼそ言いながらメモし続ける恭介さんを見ながら、俺も戦い方を考えてみる。

 幻影を使いながら、飛びながら、戦う。

 多分、身体能力は高い方だ。だから、武器によっては当たれば勝ち、みたいな事にもできるかもしれない。

 そこに幻影を使うとしたら……何も持っていないように見せる、とかだろうか。

 或いは、俺自身を見えなくする、とか……。

「とりあえず、古泉さんにも聞いてみますか。俺もいくつか考えたんですけど、どうも今一つな気がして……」

 事務所の中に戻っていく恭介さんの後を追いながら、こっそりメモを覗いてみた。

『武器:ちくわ』と書いてあって、上から×が付けてあるのが見えた。

 ……見なかった事にしよう。


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