74話
「……さて。ここで相談なんだが」
金鞠さんとロイナには、コウタ君とソウタ君が使っている部屋の隣の空き部屋で寝てもらっている。
警戒という意味でも、気遣いという意味でも、茜さんがキスできっちり寝かせていた。
慣れない環境でぐっすり眠るのは難しいだろうな、とも思うし、悪くない判断だと思う。
そして、俺達はそんな2人から離れて古泉さんの部屋で、こっそりと会議していた。
「あのロイナ、という子、どうする?」
ロイナ、という名を仮に付けられてはいるが、一応、金鞠さんの言っていたことを信じるならば、あれはアイディオンだ。人造だとしても、アイディオンだ。
「……私には、無害に見える。だから、殺さなくていいと思う。……けど、そうしたら、私達はこれからアイディオンと戦う時に、『この中にもしかしたら、無害なアイディオンが居るのかもしれない』って、考えなきゃいけなくなる、と思うから……きっと辛い」
「かといって、無害に見える生物を殺しちゃうのも辛いよね。……はー、うまくいかないもんだね」
俺達が困っているのは金鞠さんの事より、ロイナの事だった。
俺達はアイディオンを倒している。
そこに根拠があるとしたら、アイディオンが俺達の仲間を殺し、街を破壊しているから、という事に他ならない。
しかし……そのアイディオンも、一枚岩では無いのだ、としたら。
もしかしたら、人間との和解を求めるアイディオンも居るのだとしたら。
人間に危害を加えることを考えていない、人間を知ることすらしていないアイディオンも居るのだとしたら。
……俺達は『ヒーロー』として、どういう選択をすればいいのだろう。
「別にいいんじゃないんですか。正義なんて一義的なもんでもないでしょ。その時俺達の気が向いたら生かして、そうでなかったら殺せばいい。融通が利いてこその正義の味方だと思いますけど」
「恭介くーん、それさー、なんかさー……ううう、反論できないっ!凄くなんか引っかかるのに反論できないっ!」
そこに明確な基準があれば、楽なのだ。
アイディオンは全部殺す。人間は守る。
そういう基準があったから、俺達は思う存分、『殺す』という事をやってこれたのだから。
……勿論、そこに後悔は無い。
俺達は正しいことをしたと思っているし、もし正しくなかったとしても、俺達のしたいようにした結果なのだ。
その結果、助かった人も、死なずに済んだ人もいるはずだ。だから、後悔はない。
……けれど、これから先も同じように思えるかは、少し怪しかった。
それでも割り切るしかない。俺達はアイディオンを殺す。
俺達は向かってくるアイディオンを殺す。時には、こちらから出向いてアイディオンを殺す。
それは人を守る為だし、ないしは俺達の為でもある。
……だからこそ、ロイナについては迷いが生じているのだ。きっと。
「……ま、ヤバくなったらその時考えようぜ?俺、駄目だ。こーいうの、考えたくねー」
そしてコウタ君が投げたのを皮切りに、全員がなし崩しにロイナをこのままにしておくことに賛成した。
きっとそれでも、大丈夫だと思う。思いたい。
その時の状況によって、俺達の判断で、これからの事を判断しても、きっと大丈夫だ。
これから先、線引きが曖昧になって苦しくなることもあるかもしれないけれど……それでもきっと、俺達は俺達と人の為に、戦えるだろう。
ヒーローは伊達じゃないのだと、俺は思っている。
翌朝、すっかり増えた朝食を作る。
思えば、俺が『ポーラスター』に来てから4人分も食事が増えているのだ。
9人分、ともなると、作るのも大変だったりする。
ちなみに、見たら食パンのストックが1枚分足りなかったので、今日はご飯に味噌汁だ。
卵焼きも付ければ文句は出ないだろう。多分。……俺は桜さんより卵焼きを焼くのが上手くないけれど。
途中で起きてきた古泉さんと桜さんの手も借りながら朝食を作り、そして、起きてきた金鞠さんとロイナも手伝ってくれて配膳し、食事の時間ぎりぎりにやってきた茜さんと恭介さんも席に着いた所で朝食と相成った。
「とりあえず今日、茜は金鞠さんとロイナちゃんの生活用品、準備してくれ」
「あ、あの、お金は」
「ああ、多分恭介君が何とかしてくれるさ」
「……俺ですか」
「恭介君は、ソウルクリスタル研究所に行って、日比谷所長に金鞠さんの白衣を見せてきてくれ。検証まで行かなくてもいいが、俺達が死んだりした時、情報が握りつぶされるのはまずい」
俺達が死んだりした時、のくだりで、金鞠さんが明らかに焦った。
「金鞠さん、だいじょーぶだよ。私達、死ぬ気は無いし。どっちかっていうと、保険だよ、保険。なんかの取引とかしなきゃならなくなった時の逃げ道、作っとこ、ってだけの話」
「……そうですか。あの、なら、良いんですが……」
金鞠さんも、それだけじゃないという事は分かっているんだろう。
けれど、俺達はヒーローだ。いざとなったら死ぬのだという覚悟はできているし、できていないならヒーローになっちゃいけない。
「俺は他所の事務所を回って、アイディオン達と『ミリオン・ブレイバーズ』を潰す算段を立ててくる。どう考えても俺達だけには荷が重い」
「あ、あの、烏滸がましいようですが、ロイナの事は」
「勿論、全ての情報を共有するつもりはありません。適当に誤魔化しますよ。彼らだって馬鹿じゃない。何かあると思ったらそっとしておいてくれる優しさもある。それに、信用のおける連中です。大丈夫ですよ」
古泉さんが安心させるように言えば、金鞠さんは少し不安そうながらも、頷いた。
尚、当人であるロイナは卵焼きが珍しいのか、スプーンで少しずつ卵焼きを削るようにして食べている。
「真君や桜ちゃん、コウタ君ソウタ君は金鞠さんとロイナちゃんの護衛を頼む。万が一が無いとも限らない。いざとなったら事務所は捨てていい」
ということで、俺達はそれぞれの役目を確認して、朝食後、それぞれ動くことになったのだった。
食後、俺と桜さんと金鞠さんはお茶を飲みながら話していた。
コウタ君とソウタ君は、ロイナと一緒にダイアモンド・ゲームを楽しんでいる。
ロイナは幼いように見えて、ちゃんと知能は高いようだ。ダイアモンド・ゲームのルールもすぐに理解して、双子と善戦しているらしい。
「……そういえば、その、2つ目の依頼の報酬について、まだお話していなかったのですが」
話の内容はアイディオンやソウルクリスタルについてだったり、普通の雑談だったり。
そんな中で、金鞠さんはふと思い出したようにそう言って、首にかけていたペンダントを外した。
楕円のそれには、表から見えないように巧妙に蝶番が隠されていた。
……いわゆる、ロケットペンダント、という奴のようだ。
「これを差し上げます。……純度99.9%のエルピスライトです」
そして、金鞠さんがその蓋を開けると、中から輝く金属のようなガラスのような、不思議な結晶が出てきた。
「研究所にあったものをくすねてきちゃいました。退職金代わり、ということで」
金鞠さんが少し悪戯めいた笑みを浮かべる。
「……エルピスライト、って、何ですか?」
しかし俺は、その『エルピスライト』というものが何なのかさっぱりだった。
「ええと……カルディア・デバイスの部品として、大抵は純度60%から75%程度のエルピスライトが使われているんです。ソウルクリスタルの動力を変換する部分に使う部品になります」
金鞠さんの説明を聞いても、今一つよく分からない。
多分、恭介さんならピンとくるんだろう。多分。
桜さんは神妙に聞いているが……なんとなく、分かる。これ、多分、桜さんも良く分かっていないな。
「1つのカルディア・デバイスに使われるエルピスライトは0.1gにも満たないんですが……カルディア・デバイスの中で一番高価な部品ですね」
しかし、そこで桜さんは、はっとしたように立ち上がり、『ポーラスター』の家計簿を持って戻ってきた。
「……あった」
そして、桜さんはあるページのある個所を指さす。
……俺のカルディア・デバイスを作り直した時の買い物だ。
そこには、『ほうれん草:88円』『椎茸:90円』などという文字に混じって……『エルピスライト80:2400000円』という、恐ろしい文字列があった。
「……『80』って」
「純度ですね。これは80%の純度のエルピスライト、という事になります。この純度はちょっと珍しいですね。『ポーラスター』はいい伝手をお持ちなんですね?普通に買える純度では無いし……普通に買おうとすると350万円程度は覚悟する事になると思いますし」
俺も桜さんも、固まるしかない。
「……1つのカルディア・デバイスに0.1g使わないぐらいの、部品が……350万円するとして、これは、純度99.9%、で……何g?」
「3g程度はあると思いますが……」
気づいたら、コウタ君とソウタ君も恐れ戦いた表情でこちらを見ていた。
桜さんは相変わらずだが、それでも目が見開かれたまま、固まっている。
俺はもう、現実味が無いのでそういう反応すらできなかった。
「信頼できるところがあれば、このまま売ってしまえます。そちらで純度を落として販売してもらえればいいわけですから……これだけあれば、報酬として足りますよね?」
コウタ君がいち、じゅう、ひゃく……と指折り何かを数えている。
純度80%のものと値段が同じと仮定しても……億を、超える。簡単に超えてしまう。
「……もう、これで会計が火の車になること、無いね……」
……しかし、なんとなく……アイディオンを狩るその日暮らしは続くような気もするのだった。
多分、このエルピスライトは恭介さんが使いたがるだろうから……。