73話
ソウルクリスタルの合成、という所でピンときたが……ここに、『ミリオン・ブレイバーズ』は絡んでいたらしい。
「アイディオンと手を組んだ結果、技術は躍進しました。それこそ、アイディオン達にもできなかった、ソウルクリスタルの人造や、アイディオンの人造まで」
一番、ありえない、と思っていた結果だ。
『ミリオン・ブレイバーズ』がアイディオンと繋がっている、という可能性は真っ先に消していた。
何故なら、ありえないから。
人間がアイディオンと組むメリットが思い当たらなかった、という事もあるし……アイディオンと組もうと思うほどにまで、『ミリオン・ブレイバーズ』が落ちぶれているとも思わなかった。
「……状況が変わってしまったな」
ここまで聞いて、古泉さんは頭を掻く。
「今までの事も、説明できちまうなぁ。……街にアイディオンがせめて来た時、一度に大勢が瞬間移動してきたのはそういうソウルクリスタルを大量に人造していたから、か」
「『ポーラスター』を狙う理由づけと、アイディオンの集団が元『ミリオン・ブレイバーズ』のオフィス前を選んでせめて来た理由もなんとなく、付けられますかね」
「で、『赤い鎌のアイディオン』が使ってたソウルクリスタルもそういう事って訳ね。なるほどー」
一気に色々な物が繋がって俺達はややすっきりした訳だが、金鞠さんとしては予想外の反応だったらしい。
「え、あの」
「あー、うん。えっとね、うち、ちょっと『ミリオン・ブレイバーズ』には因縁があってね?」
因縁、なんだろうか。
……もう十分因縁か。
「とりあえずこの依頼、お引き受けします。あなたとこの子をお守りしましょう。『ミリオン・ブレイバーズ』については裁き方をこちらで判断していい、との事ですので、そうさせていただきます」
古泉さんがそう言って笑うと、金鞠さんはほっとした様な表情で、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。……1つ目の依頼ですが、もし2つ目の依頼と矛盾するようでしたら、2つ目を優先させてください」
「……つまり、あなた自身が裁かれるために危害を加えられることを良しとする、ということですか」
「はい。私も……けれど、この子の事は……」
617、という番号を与えられた女の子は、相変わらず不思議そうに楽しそうに、俺達を見ているばかりだ。
「そのあたりは後で考えましょう。今は『ミリオン・ブレイバーズ』を仕留めることと、手を組んだアイディオン達の抹殺を最優先に動きます。その間、あなた達には死なれちゃ困る。最悪、相手を騙すためにあなた達を餌にしなくてはならないかもしれない。覚悟しておいてください」
金鞠さんと女の子の事は後でもいい。
それより先に、『ミリオン・ブレイバーズ』と、アイディオン達だ。
技術を手に入れてしまったアイディオン達は脅威にしかならない。
事実、無尽蔵にソウルクリスタルを人造して瞬間移動系の異能を使い放題にされたら、幾らでも街に攻め込める。
人造アイディオンを作れるなら、兵士にも事欠かない。
前回、アイディオン達が集団で街に侵攻してきた時は何とかなったが、そう何度もは俺達も街を守り切れないだろう。
俺達はここでアイディオンと『ミリオン・ブレイバーズ』を倒さなければいけない。
放っておいたら間違いなく、人類にとって酷い脅威になるだろう。
「……ところで、その子、アイディオンなんですよね」
恭介さんが珍しく口を開く。
女の子は不思議そうに首を傾げながら、こくこく、と笑顔で頷いた。
恭介さんは黙って席を立つと、部屋に戻っていく。
金鞠さんは恭介さんを見て、気分を害したのでは、と心配しているが……恭介さんはあれで平常運転だ。
俺達としても、思い当たるものがあるので、特にそういう心配はしていない。
「これ、読めますか」
案の定、恭介さんはすぐに紙を持って女の子の前に置いた。
俺達がLv30アイディオンから得た情報の中にあった、謎の記号の羅列だ。
「ロイナ、読める?」
金鞠さんは女の子の手に紙を持たせる。
ロイナ……ああ、617、だからか。
紙を見つめた女の子……ロイナは、こくん、と頷いた。
「読み上げてくれる?」
ロイナはまた、じっと紙面を見つめてから、口を開いた。
「そうるくりすたるを、つくるために、いしを、じんこうてきに、つくりだす、ひつようがあるが、いしのじんぞうは、こうりつが、わるい。げんじょう、このこうていは、そうるくりすたるから、うみだした、まがいものをりようして、おこなうしかない。しかし、まがいもののいしをりようして、そうるくりすたるを、つくると、そうるくりすたるどうしの、かんしょうが、おこるため、まがいものは、すうどで、つかえなくなる」
「……ソウルクリスタルの製造について、のようですね」
ソウルクリスタルを作る為に……意志、が必要で、その為に紛い物を使っている。しかし、紛い物は数度しか使えない、という事だろう。
……紛い物、というのは、人造アイディオンの事だろうけれど。
「……つまり、ソウルクリスタルが1つあれば、そのソウルクリスタルで人造アイディオンを作って、人造アイディオンから人造ソウルクリスタルを複数作って、その人造ソウルクリスタルから人造アイディオンを作って、って、無限に増やせるんですか」
「はい。最初の1つだけソウルクリスタルがあれば、あとは幾らでも」
……そういえば、コウタ君とソウタ君のいたやくざ者の組織から得た情報には、『ミリオン・ブレイバーズ』の本那さんがソウルクリスタルを複数購入した、という記録があった。
表だって扱われないようなソウルクリスタルだったはずだから、相当珍しいか、違法に入手されたソウルクリスタルだったのだろうが……そのソウルクリスタルを使って、アイディオンを生み出し、また、ソウルクリスタルを作る、という事なのだろう。
ソウルクリスタルの無限増殖ができるなら、アイディオンも『ミリオン・ブレイバーズ』の幹部も、ばんばん瞬間移動できることに説明がつく。
「金鞠さんはそーいう研究してたの?」
「はい。……私は人造アイディオンからソウルクリスタルを作る作業をずっと、やっていました。その為に、ロイナや、他の人造アイディオン達から意志を奪って……感情の起伏を殆ど奪ってしまった」
ロイナはソファに腰掛けながら、不思議そうに楽しそうに、足をぶらぶらさせている。
「ソウルクリスタルを作るのに、意志がいる、んだったな。……それは、人造では無くても……?」
古泉さんが恐る恐る、というように聞くと、金鞠さんは頷いた。
「人はソウルクリスタルを、その意志によって得るのだと考えられています」
古泉さんが俺を見て、「な?」というような、やや得意げな笑みをこぼす。
はい。古泉さん自身のソウルクリスタルも、奥さんのソウルクリスタルも、確かに古泉さんの予想通りみたいです。
「人工的に作る時には、意志を規則に沿って流す為の媒体……製法は白衣の裏にあるので省きますが、特定の成分の石を用意しておくんです。そこに意志を流し入れることでソウルクリスタルと同等の効果のあるものにしています。普通にヒーロー達が手に入れているソウルクリスタルは、媒体無しで作られているのですが」
俺達はソウルクリスタルを普通、異能検査の時に初めて見る。
それまでは存在すら知らない人が多い。
……もしかしたら、気づいていないだけで、ヒーロー以外の人達もソウルクリスタルを皆持っていたりするんだろうか。
「メカニズムは分かっていませんが、人間の中でソウルクリスタルは生成され、質量も体積も限りなく0に近い状態のエーテル状態になって人間の中に宿っているものが何かのきっかけで析出するのだろうと考えられています」
やはり、俺達のソウルクリスタルについてはでき方が良く分かっていないようだ。
何も無い所から『自分の』ソウルクリスタルが生まれる、というのは、確かに色々とおかしい気がする。
質量保存の法則が覆されて大分経つけれど、未だに俺達はエネルギーと質量を同等視しきれていない。
物理的なおかしさもだけれど、ソウルクリスタルが『自分の』ものであり、自分にしか使えない唯一無二になる、という所も不思議な所だ。
ソウルクリスタルについては分かっていないことも多い。
……金鞠さんのもたらした情報によって、大分進歩しそうだけれど。
「ソウルクリスタルに所有者の特権があることについても、よく分かっていません。……人工的に作り出したソウルクリスタルは、所有者を持たない、使い捨てにしかならないものなんです。いつか解明できれば、と思っていたんですけれど……」
その解明の前に、金鞠さんは研究所の実態を知ってしまったのだろう。
『ミリオン・ブレイバーズ』とアイディオンとのつながり。アイディオンとの提携による侵略。
そして、人造ソウルクリスタルによって、俺達は前回、危機に陥ってさえいるのだ。
ヒーローに対して、つまり、人類に対して、人造アイディオンと人造ソウルクリスタルは敵でしかない。
「ソウルクリスタルは全て、ヒーロー事務所に収められていると聞いていました。人造アイディオンは街を守る兵士に、と……それも言い訳にしか、なりませんけれど」
金鞠さんが、本当にそれまで気づかなかったのかについては、誰も問いたださなかった。
そこに意味は無いし、それよりも、金鞠さんがここに今いて、色々な事を話している事の方が余程重要なのだ。
「当面、金鞠さんとロイナちゃんにはここで生活して頂くことになると思います。目の届きやすい所に居てもらうに越したことはない。……それから、もしかしたら、連中を釣るための餌になって頂くかもしれません」
「はい。私は覚悟の上です。その結果死んだとしても悔いはありません」
金鞠さんはきっぱりと言い切って、それから表情を緩めて、頭を下げた。
「厄介事を持ち込んでごめんなさい。……これから暫く、お世話になります。よろしくお願いします」
金鞠さんを見て、ロイナも分かっているのかいないのか……ひょこ、と、頭を下げたのだった。