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70話

「ホントに怪文書だね、これ」

「……依頼、なんだろうけどなぁ……」

 その手紙は、怪文書だと喜んで持ってきた茜さんですら首を傾げるような代物だった。

 何と言っても、『助けてください!』とだけ書いてある手紙の他には、急いで書いたらしい地図のようなものが同封されているだけなのだ。




「……これ、ゴーストタウン・エリア……?」

 地図を見た桜さんが首を傾げる。

 通称ゴーストタウン・エリア。『ポーラスター』の事務所がある廃墟エリアよりはマシなものの、やはり寂れて人が殆ど住まなくなったエリアだ。

 人が住まなくなった理由は簡単で、そこにシールド塔を建設する予定だったからだ。

 その為、住民は立ち退き、という形になり、そのエリアには人が居なくなり……結局、『ミラージュタワー』の建設と被ったんだか、なんだかで、そのシールド塔の計画が頓挫してしまい……後に残ったのはゴーストタウンと化した町と、作りかけのシールド塔だけだったのだ。

「普通に考えれば、ここに助けに来てくれ、って事だろうなぁ」

 古泉さんの言う事は尤もだけれど。

「罠、だと思う……」

 如何せん、あまりにも曰く付きのエリアだ。

 普段、そこに人が立ち入ることは無い。

 よって、そこに助けを求める人が居る可能性も、低い。

 ……第一、こんな手紙という形で救援を欲している時点で、結構余裕があるように思えるのだが、文面は『助けてください』だけなのだ。

 いたずらか……罠、だと考えるのは妥当だろう。

「まあ、罠だったとしても俺達はヒーローだからなぁ、一旦は掛かってやらないと」

 しかし、それでも助けを求められている以上、俺達は行かない訳にはいかないのだ。

 ……何度目になるか分からないが、俺達はヒーローなのである。




「じゃ、しゃけは後回し。とりあえず皆で行ってみよっか。助けを求める人が居たら助けてあげれば良し。これが単なるいたずらならそれで良し。罠なら叔父さんの謎パワーとかで突破して首謀者をとっちめてやれば良し、ってね」

 茜さんはすっかりその気らしく、スーパーのチラシを投げ捨ててしまっている。

「いや、俺達をおびき寄せるための罠じゃなくて、俺達を事務所から引き離す罠かもしれない。茜はここに残ってくれ」

 ……古泉さんを、茜さんが凄い形相で見つめていた。

 余程、外に出て暴れたいらしい。

「すまんな、茜。ここの留守と回復を頼む。真君と桜ちゃんは悪いが付いてきてくれ。罠なら戦闘になるだろうからなぁ」

 ……一応補足すると、古泉さんは……茜さんの言う『謎パワー』……新しいカルディア・デバイス、ないしはソウルクリスタルの異能によって、古泉さん自身の怪我なら自力で治せる。

 だから、回復を他人に頼る必要はないのだ。

 そして、古泉さんはすっかり、この『ポーラスター』一の戦闘力を有すようになってしまっているのだし、ならば、茜さんはここに残って、こっちの回復員になるべきなのだ。

 ……むしろ、俺と桜さんが付いて行かなくても、古泉さん1人で何とでもなってしまう気もする。

 するんだけど……まあ、一応、これが罠だったとしたら、掛かったふりはしてやらないと、相手の動き方が変則的になるだけか。

 ……ということで、俺は古泉さんと桜さんと一緒に、地図の場所へ向かう事になったのだった。




「……うーん、ここかぁ」

 地図が示していたのは、町の賑やかな部分からかなり離れた一角。

 寂れてゴーストタウン同然になったそこの中心にある、このエリアの象徴を地図は示している。

 作りかけのまま、永遠に完成することのないであろうシールド塔。

 ここを地図は示している。

 中途半端に作られた塔の壁は朽ちかけ、上の方の鉄骨はむき出しのまま錆び、鉛色の空と相まって酷くおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。

「とりあえず、ここの中を探してみよう」

 さしあたって、それしか手段が無いので、仕方ない。

 俺達は建設途中で放置され続けているシールド塔に入って中を探索することになった。


 塔の中は、当然ながら内装なんて無かった。

 内装を作るより前に計画が頓挫したからこそ、今、外観すらああなのだ。

 見渡す限り、コンクリートと鉄骨、そして埃と蜘蛛の巣ばかりだった。

「うーん……何も無いな」

 やはりいたずらか、『ポーラスター』の事務所を狙った方の罠か。

 或いは、地図に間違いがあったのだろうか。

「……待って」

 諦めて外に出ようか、という雰囲気になった所で、桜さんが急に声を潜めた。

 反射的に身構えて辺りを窺うが……誰の気配も無い。

 しかし、桜さんは相変わらず、地面に近い位置の虚空を見つめながら、じっとしている。

 ……そして、一頻りそうした後、桜さんは、床を指さす。

「この下、空洞になってる。……風が通ってるみたい」

 ……廃墟塔の、地下、か。

 嫌な予感しかしない。




 桜さんが触れられない場所の風を動かす、という所業を成し遂げた所、床の一部が浮いた。

 古泉さんがそれを剥がすと、そこには地下へと伸びる階段があった。

「……古泉さん。この床、何かの仕掛けで動かすもの、だったと思う……」

「……ま、速くていいだろ?」

 剥がした床の一部だったものを、そっ、と古泉さんは脇に置いて、早速階段を下っていく。

「分かっているとは思うが、もういたずらの線は薄い。油断するなよ?」

 古泉さんの真剣な声に、俺達はそれぞれ黙って頷いた。




 碌に明りも無い階段を延々と下っていくと、だんだんと空気がひんやりしてくるのが分かった。

 階段を下るほどに、空気はひんやりと冷たく、重くなってくる。

 どのぐらい階段を下ったかは分からないが、相当深くまで来ているのだろう。

「……見えたな」

 古泉さんが囁くように言い、示すその先に、光が見えた。

 人工的な、ナトリウム・ランプの橙色だ。


「さて、どうするか」

 人工的な光の先には、やはり人工的で機械的な扉があった。

 その横にはカードキーを差すらしい機械があるが、当然ながら俺達はここを開ける術を持たない。

「どう考えても、ここを強行突破するのは下策だろうしなぁ……」

 当然だ。

 ……今の古泉さんには、この程度の鉄扉、素手で壊せてしまうのだろうけれど、扉の先に何があるのか定かでない今、そんな事をするメリットは薄い。

 どうしようか、3人で思案していると……赤いランプが、明滅した。

『成功体が脱走!繰り返す、成功体が脱走!617番が女性研究員と共にゲート17を出て逃走中!総員警戒せよ!』

 サイレンと共に流れる放送は、どう考えても……不穏だった。




「……これ、逃げた方がいいか?」

「もう少し、様子を見た方がいい……と思う」

 しかし、赤いランプの明滅やサイレン、時折流れて現在の状況を伝える放送は緊迫感溢れるものであるのに、俺達はと言うと……全く、変化が無かった。

 相変わらず鉄扉は沈黙しているし、俺達に対する攻撃があったりするわけでもない。

「今逃走している、っていう人がもしかして、助けを呼んだ人なんじゃないでしょうか」

 だから、とりあえず考えられるのはそれ、だろう。

 今、この鉄扉の向こう側では、誰かが『脱走』しているんだとか。

 俺達の所に来た手紙と無関係だとは思えない。

 ……とすれば、俺達の仕事は自ずと見えてくる。

「……来る」

 そして、桜さんがそう呟いた次の瞬間。

『ゲート1を開放します。外部アクセスによる許可コードです。ゲート1を開放します。外部アクセスによる許可コードです』

 そんな機会音声が流れ……目の前の鉄扉が、動いた。




 俺達の目に真っ先に飛び込んできたのは、飛び交うレーザー光や、振り回される武器。

 そして、その中を駆け抜けてくる2人の人影だ。

 その人影は、俺達の姿を認めるや否や、叫んだ。

「助けてください!」

 ……成程。彼女が今回の依頼者らしい。


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