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7話

 窓も開いていないのに、女の子の長い黒髪と、膝下丈のスカートの裾が揺れた。

「目、覚めたんだ。……よかった」

 静かな声でそう言って、女の子は少し目を細めて笑う。

「今日からここの新人になりました。計野真です」

「そう。……私は風祭桜。ヒーローネームは、『カミカゼ・バタフライ』。ヒーローLv9。よろしく」


 ほっそりとして儚げな印象ですらあるこの女の子が、ここのエースヒーロー。

 ヒーローの強さは見た目では分からない。

 当然、補正がどの程度あるのか、その異能がどの程度の強さなのかは、外から見ただけじゃ分からない。

 それは分かっていても……この女の子がLv9ヒーローとして戦っている、とは信じ難い。

「古泉さん。帰り道でアイディオンを見つけたから、倒してきた」

 しかし、そう言って風祭さんが通学カバンから取り出したのは、かなりの大きさのソウルクリスタルだ。

「ああ、ありがとう。これは……お、Lv7か!でかしたぞ、桜ちゃん!」

 ……Lv7のアイディオンを、1人で。

 なのに怪我らしいものも見えないし、この子が相当強い、という事は確かなようだ。

「これでノルマまで392点分だな。よし、今月はLv8以上のアイディオンならあと1体倒せばノルマ達成だぞー」

 古泉さんは笑顔で帳簿に何かを書き込んでいる。

 楽天的というか、吹っ切れてしまっているような。

「Lv3位の奴をちまちまやるとなると16体以上倒さないといけないんですけどね……」

 Lv1だったら100体超える、と、恭介さんは電卓を片手に暗い顔をしている。

 ……いや、この人多分、大体がデフォルトで暗い顔だけど……。

「ま、桜の強運ならLv6が2体ぐらいで手を打てるでしょ、多分。……今週、桜は凄いねー。真クンも拾ってきたし」

 茜さんが風祭さんの頭を撫でると、風祭さんは少しだけ、口元を緩めて嬉しそうにしていた。


「それじゃ、桜には悪いけどさ、早速出撃しない?……ほら、今月分ってさ、あと70時間切ってるし」

 ……壁にかかっている日めくりカレンダーは、7月の22日を示している。

「……25日の正午までに、手続きしないといけないんだよ」

 古泉さんが解説してくれた。

 ……それ、まずくないか。




「分かった。支度、してくるから待ってて」

 風祭さんもそのつもりらしい。部屋を出て行った。

「で、どーする?真クンも来る?見学だけなら装備無しでも何とかなると思うよ。シルフボード、乗れるんでしょ?」

「いいんですか?なら、是非!」

 実は、プロのヒーローがまともに戦っている所を見たことなんて数える程しか無い。

 高レベルのアイディオンからは逃げていたし、低レベルのアイディオンは見つけ次第俺が倒してたし。

 一度、きちんと見学してみたいと思っていたのだ。

「オッケ。じゃーさ、私も準備してくるから、外で待っててよ」

 茜さんは1つウィンクして、部屋を出て行った。

「じゃ、気を付けて。……『パラダイス・キッス』は、相当……視線ジャックしてくると思うんで……やっぱり、それも気を付けて、としか」

 なんとも意味深な事を言いながら、恭介さんが俺のシルフボードと……大ぶりなゴーグルを渡してくれる。

「顔隠すのに、とりあえずこれしかないんで、今はこれで。装備としてはその内ちゃんと作るんで今はこれで勘弁して下さい」

「……装備として、って」

「シルフボードに乗って戦うなら、ゴーグル、あったほうが良くないですか」

 当然、というように話す恭介さんが、どうしようもなく頼もしい。

 そうか、俺は、ここでならシルフボードに乗って戦えるんだな。

 そして、それを当然だと、ここの人達は思ってくれている。

 ……どうしよう、ここにきて数時間なのに、もうここが好きになってしまっていた。


「……じゃあ、いってきます」

「気を付けてな。何かあったら2人置いてすぐ逃げろ。茜も桜ちゃんも、君より相当強いから……うん」

 何処となく、遠い目をしている古泉さんと恭介さんに挨拶して、外に出る。

 ……分かってはいたけれど、殆ど廃墟だった。




「……酷いな」

 正直、ここに『ポーラスター』が居を構えていると知らない人なら、このエリアは無人だと思うだろう。

 壊れかけた建物、むき出しの鉄骨、砕けたコンクリート。

 そういったものの中に、ちらほら、と、損害が少ない建物があって、『ポーラスター事務所』はそんな建物の1つだった。

 ……もしかしたら、建物に何か細工がしてあったりするんだろうか。

 恭介さんあたりが何かやりそうではある。


 落ちていた鉄パイプを適当に見繕って拾った所で、風祭さんと茜さんが出てきた。

「お。待たせたね、真クン。じゃ、いこうか」

 ……成程。

「凄い恰好、してますね」

「ん?思春期の少年には刺激強すぎた?ゴメンね?」

 茜さんは、軍服風の恰好をしていた。

 但し、あくまで、『風』。戦闘に向いているとは到底思えない露出度だった。

 しかし、露出度の割にはいやらしくない……というか、健康的な印象が強い。

 本人の性格の賜物かもしれない。


 風祭さんは丈の短い薄緑の着物のような恰好をしている。

 着物の丈が短いのは動きやすさを考えての事だろう。履物もロングブーツだ。

 ……その割に、袖はそのままだ。邪魔じゃないんだろうか。


 そしてそれぞれ、髪と瞳の色が変わっていた。

 茜さんはピンクがかった金髪に、明るいターコイズの瞳。

 風祭さんは、黒髪はそのままに、瞳は翡翠色。

 ……いいなあ。

 別に、変身願望がある訳じゃ無い、と思う。

 けれど、こう……変身で容姿が変わる、ということに、少し憧れもする。

「それじゃ、いこうか真クン!気張ってついてきてねー、私も『カミカゼ』も、速いよ!」

 茜さんは、俺にそう言って、一歩、踏み出した。

 そして地面を蹴ると、空高くまで跳ね上がる。

 ……身体能力の補正は、相当高いらしい。

 一方、風祭さんはふわり、と宙に浮いて、次の瞬間にはもう空を飛んで『パラダイス・キッス』さんを追いかけていた。

 俺も慌ててゴーグルを装着して、シルフボードを起動させて後を追った。




 後を追うなら、風祭さんの方が簡単だった。

 茜さんは、廃墟ビルの壁を蹴ったり、電柱の上に乗ったり、と、跳ねるように進んでいくから追いづらい。

 その点、風祭さんは空を飛んでいる訳で、俺と同じような動き方をするから、見失ったり、変に振り回されたりすることは無かった。


 それから、シルフボードの性能が上がっている事を実感できた。

 加速が早い。ターンする時もボードがぶれない。

 ……恭介さんにもっと本格的に弄ってもらったら、もっと性能が上がるんだろうか。

 ちょっと楽しみだ。




 少しして、茜さんが電柱の上に乗って止まった。

 風祭さんと俺も、その近くまで行って止まる。

「あそこ、居るね。……Lv5、かぁ。ま、でも2体居る。うん。幸先いいなぁ」

 廃墟と、そうでないエリアの境目近く。

 確かに、アイディオンらしい影が2つ見える。

「んじゃ、カミカゼ。いつも通りいこっか」

「分かった」

 そして、2人はそんなやり取りだけで、アイディオンに突っ込んでいく。

 俺も少し離れて、上空から見学させてもらう事にした。


「ハァーイ!アイディオンの皆さーん、『パラダイス・キッス』でーすっ!あなた達を天国に案内してあげるから覚悟してね!」

 茜さんが投げキスをお見舞いすると、アイディオンの片方がぐらり、とよろける。

 多分、そういう効果の状態異常系攻撃だったんだろう。

 体が傾いで無防備に晒されたアイディオンの首筋にナイフが鋭く突き刺さり……貫通した。

 それを放ったのは風祭さんだ。

 ……成程、一見邪魔そうに見える袖の中に細身の投げナイフを収納してあるらしい。

 あの細いナイフが貫通したのか。……風祭さんの異能だろうか。


 風祭さんが立て続けに数本、ナイフを投げる。

 それらは時に、ありえない軌道を描いてアイディオンに突き刺さっていく。

 そして、その内の数本はアイディオンの体を貫通していった。

「ね?凄いでしょ」

 気づくと、傍に茜さんが来ていた。

「正直さーあ、私が出るまでも無いんだよね。動かないと体が鈍っちゃうから出てるけど」

 風祭さんは空中からナイフを投げて、一方的にアイディオンに攻撃していく。

 たまにアイディオンが攻撃してくると、空中を舞う花びらか何かのように、ひらり、とそれを躱してしまうのだ。

「破壊力はそこそこだけど、命中率100%。回避能力も凄く高くて、しかも空中戦対応。Lv9ってのも納得でしょ」

 結局、殆ど風祭さん1人でアイディオン2体を仕留めてしまった。

 ……これは、凄い。


「お疲れー。ごめんね、また私、楽させてもらっちゃって」

「先週までずっと任せてたから。気にしないで」

 2人は話しながら、アイディオンの消えた跡を探して、ソウルクリスタルを回収した。

「よし、えっと、Lv5が2体で何ポイント位だっけ」

「224ポイント」

「あー……あともう1体出ればなー……ま、後は適当に雑魚いのでも見つかったら御の字、ってぐらいかなぁ。明日もあるし、何とかなるっしょ」

 帰ろ帰ろ、と、元来た道を帰ろうとする2人の後をまた追いかけようとした時、視界の端にアイディオンを見つけた。


「あの、アレって」

「あー……Lv2ぐらい、かなあ。あんまり効率は良くないけど、もういっちょ、働くかぁ?」

 茜さんはよし、と、地面を蹴る構えを取った。

「あの、ちょっと待って下さい」

 慌ててそれを止めると、茜さんはきょとん、としたあと、合点がいったというように、にやり、と笑った。

 拾ってきた鉄パイプを握りしめる。

「あれ、やってみても、いいですか」




 別に、今までやって来ていた事と同じことだ。

 飛んで、猛スピードで突っ込んで、突っ込みざまに渾身の力で1発ぶん殴る。

 そのまま通り過ぎたらすぐUターンして、回避するかもう一度突っ込むか決める。

 それを繰り返せばこの程度のアイディオンなら余裕をもって倒せるのだ。

 それに、シルフボードの性能が上がっていることも大きい。

 かなり急に方向を変えられるから、回避にそこまで距離を取らなくてもいい。フェイントのバリエーションも増える。

 加速が早いから、今までだったら安全を期して諦めていたチャンスも掴める。離脱も速いから、積極的に殴りに行ける。

 ……そうして、今までよりずっと早く、Lv2のアイディオンを倒すことができた。




「いや、凄いって、アレ。恭介君、見た方がいいよ。真クンの戦い方、ほんとにすごかったから」

 そして『ポーラスター』に戻り、夕食という事になった。

 茜さんが作ったらしい、大皿に山盛りになった生姜焼きを全員で突きながら、主に俺の今後の話をしていた。

 今は茜さんが若干興奮気味に……俺の戦い方について話している所だった。

「アレを活かさない手は無いって。絶対、アレ、磨けばもっと面白いって!ね、桜、どう思う?」

「……ちょっと危なっかしい、と思う」

 風祭さんはあまり表情が表面に出ない人なんだな、という事はここ数時間で分かっていた。

 口数もあまり多くない。

「けど、もし私があれをできるんだったら、多分、やる」

 けれど、その目の奥に、時折強い意志みたいなものを感じる。

 今も、生姜焼きの山の向こうに向けられた目が、一瞬強い光を帯びたように見えた。

「桜さんのお墨付き、となると、俺も一回見ておいた方がいいんでしょうね。装備作るのは俺ですし。……真さん、明日、朝一でちょっとそこら辺、飛んでもらうと思います。というか、明日一日は俺に付き合ってもらうんで、よろしく」

「装備ができ次第、真君も実戦投入だ。その時は桜と組んでもらおうと思ってる。桜、大丈夫か」

「明後日から、夏休みだから。大丈夫」

 ……今日の、風祭さんの戦闘を思い出す。

 あの速さ、あの正確さで、2体相手にかすり傷1つ負わない。

 多分、俺が居ても足手纏いになるんだろう。

「風祭さん、よろしくお願いします。多分、迷惑を掛けることになると思うんだけれど」

 俺がそう言うと、風祭さんは、ふるり、と首を横に振った。

「気にしないで。新人が最初から使い物になるわけ、ない。……みんな、最初はそう。私もそうだった」

 足手纏いになる、という事を否定された訳じゃ無い。

 むしろ、肯定されている。

 どこまでも肯定されている。

 ……だから、下手な慰めより、ずっと嬉しかった。

「そうだな。……真君。最初から使える新人なんて、そうそう居ないのさ。新人育成も、組織の大切な仕事だ。拾ってきてすぐ、使えるか使えないか判断するのがどんなに馬鹿なことか、君だって知ってるだろう?」

 古泉さんの言葉は、暗に『ミリオン・ブレイバーズ』の事を言っているんだろう。

 その表情には、俺に向けられている訳では無い怒りがちらり、と見える。

 それが、どうしようもなく嬉しい。


「……それから、桜、でいい。皆、ここでは私の事、そう呼ぶから。同い年だから敬語もいらない」

 ……正直、この、目の前の女の子を下の名前で呼ぶのは躊躇われた。

 茜さんは……なんか、別だ。だって茜さんだし……。

「これから、よろしく。真くん」

 でも、そう言われて、ほんの少し笑いかけられたら、そうしない訳にはいかないよなあ、と、思わされた。

「ああ、ええと……こちらこそ、よろしく。桜……さん」

 ……俺の限界はさん付けまでのようだ。


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