69話
結論から言えば、勝った。
少ししたら俺達も動けるようになったし、古泉さんは俺達より早く動けるようになっていた。
……勝因は、古泉さんの左手の……存在しないはずのソウルクリスタルだった。。
……理由が理由だし、異能が異能だから、古泉さんにはっきりと確認することはできない。
けれど、多分……今回の結果は、俺の嘘が生み出したものじゃない。
俺の吐いた嘘によって、古泉さんがそれの存在を信じ……その結果、古泉さんが状況を打破したのだとすると、どうしても説明できないのだ。
何故なら、ソウルクリスタルの存在を古泉さんが信じた所で、それは古泉さんにとってしか真実では無いのだから。
古泉さんの傷が治ったのも同様に、あくまで古泉さんにとってだけだから、実際に古泉さんの傷が治ったのはおかしい。
そして、俺は決して、古泉さんがアイディオンの使った使い捨てソウルクリスタルの効果をうち破る、というような嘘は吐いていない。
なのに、古泉さんは動けない状況から動いて、アイディオンを倒したのだ。
……ここから考えられるのは、あのソウルクリスタルの効果は嘘では無かった、という事。
新しくできてしまった、存在しないはずのソウルクリスタルは、『古泉さんの傷を癒し、古泉さんにかかっている悪い異能を破る』というものなのだ。
そうとしか、考えられない。
……そして、そのソウルクリスタルが生まれたきっかけにしても、やはり、俺の嘘ではないと思う。
古泉さんだけが信じたとしても、それがソウルクリスタルとして実際に作用するはずがないのだ。
もし古泉さん以外の人が皆信じたなら分かるけれど……俺は、『新しいソウルクリスタルが生まれる』幻影なんて、作っていない。
だから、それを信じる事は出来なかったはずなのだ。
……そう考えると、どうしても……古泉さんは『第三の』ソウルクリスタルを手に入れた、恐らく史上初の人物、という事になってしまうのだけれど……。
古泉さんは、そうは思っていないようだった。
古泉さんに言わせれば……新しいソウルクリスタルは、亡くなった古泉さんの奥さんのものじゃないか、と、いう。
「都合のいい話だと思うがなぁ、どこかに引っかかってたあいつの魂が助けにきてくれたんだと、俺はそう思ってるよ」
「……叔父さんさぁ。一応、夢を壊さない程度に言っとくけどさ、叔母さん、亡くなってもう何年よ?というか、死んだあともソウルクリスタルってできるもんなの?大体、もし本当にそうだったらさ、他人のソウルクリスタルじゃん。なんで叔父さんが使えるのよ」
「さあなぁ。……ま、ソウルクリスタルはまだ解明されていないことも多い。その位はやってくれてもいいんじゃないか?」
古泉さん自身、馬鹿げている事は分かっているんだろう。
死者のソウルクリスタルが生じて、ましてや、それを使い捨てでも無く使って、異能を発動した、なんて。
「例えこれが嘘だったとしても、俺は信じるよ。信じたいんだ」
古泉さんの笑みには、陰りも狂気も無い。どこまでも明るく吹っ切れた、理性的な笑みだった。
「……死んだ人は、私達の中にいるから。おかしくないと思う」
桜さんがそう言って、ちょっと嬉しそうに笑う。
「ま、よかったじゃん。とりあえず勝ったんだし」
「そうですよね。……古泉さん、よかったですね。奥さんが来てくれて」
「本当だよなぁ。助かった」
ははは、と、本当に嬉しそうに、でもどこか切なげに笑う古泉さんの後について、俺達はアイディオンの基地から出ることにした。
無事、赤い鎌のアイディオンを仕留めて、今回のアイディオン討伐も成功、という事になった。
「……まさか、本当にやったのか」
「ああ。……1人の力で、とは言えなくなってしまったがなぁ」
『ビッグディッパー』の『ライト・ライツ』さんに古泉さんが報告すると、『ライト・ライツ』さんはそうか、と言って、笑みを浮かべた。
「どうだ、『スカイ・ダイバー』。復讐を遂げた気分は」
古泉さんは少し考えてから、話し出す。
「そうだな。思っていたよりすっきりした。もっと味気ないのかと思っていたよ。……これで何かが劇的に変わる訳でもないが、これでやっと、俺は前に進める気がする。今までずっと後回しにしていた仕事が片付いた気分だ」
そして古泉さんは満面の笑みを浮かべて、左手をそっと握った。
それから例の如く、ソウルクリスタルの山分けがあり、ヒーロー達は解散した。
そして、『ポーラスター』は平和な日常に戻っていった……のだが。
「恭介君!お願いだからもう寝てっ!」
「くそ、全然分かんねぇ……なんですかこれ」
「いいから!それ、叔父さんの夢と浪漫と思い出の結晶だから!科学が入り込まなくていいのっ!」
「なんか悔しいじゃないですか!」
古泉さんの新しいソウルクリスタルは、恭介さんの手でも一向に解析できないのだった。
「恭介君、すまんな。無理しないでくれ」
「いや、別に無理はしてないんで……」
「してるじゃん!現在進行形でしてるじゃん!これ無理って言わずに何を無理っていうの!」
……結局、新しい謎のソウルクリスタルは、恭介さんがとりあえず、といった形でカルディア・デバイスにした。
そしてこれ以後、古泉さんは自分の元々のカルディア・デバイスの他に、輪が2つ重なったようなデザインそのままのカルディア・デバイスを左手の薬指に装備しているのが常になり……困った時に左手の薬指を触る癖は、だんだん無くなっていったのだった。
「あのさ、叔父さん」
「なんだ、茜」
「なんで叔父さんのヒーローお楽しみ特別キャンペーン期間終わったのに、私とソウタ君も事務仕事させられてんの?」
「僕は構いませんよ。どうせやることもあまり無いですし……」
古泉さんはあれ以降、事務仕事を1人で済ませようとしなくなっていた。
なので、大抵茜さんとソウタ君が古泉さんと一緒に作業をしている事が多くなったのだけれど。
「あーもー!つまんないつまんないつまんなーいっ!私こういう作業嫌―いっ!」
茜さんとしては、堪らないらしい。
「前のアイディオンもさ!結局叔父さんがやっちゃったじゃん!叔母さんが出張ったせいで回復にすら私の出番無かったし!」
「ははは、すまんなぁ」
「暴れたいー!もっと暴れたいー!私もヒーローなのにー!」
「茜さん、それ言われたら僕ら、どうすればいいんですか……」
茜さんはまだ、気晴らしがてらそこらのアイディオンを狩ることもできるけれど、ソウタ君とコウタ君は気軽に暴れられる異能じゃない。
ソウタ君は暴れたい性分でも無さそうだけれど、コウタ君も鬱憤が溜まっているかもしれない。
「叔父さん、次にアイディオンの基地ぶっ潰しに行くの、いつ?」
「さあ。少なくとも、次は流石に他所がボス級をやるだろうなぁ」
「もうそれでもいいよ!露払いでもいいからさぁ……あーん、暴れたいよー、暴れたいよー」
茜さんとしては、古泉さんが一気に強くなってしまった事で焦りもあるのだろう。
……因みに、桜さんは『エース、返上する』の言葉を撤回する気は無いらしい。
古泉さんがヒーローLvの再測定でLv10を叩き出してしまった事もあり、今や名実共に古泉さんがこの事務所最強だった。
例のカルディア・デバイスは古泉さんの身体能力を大幅に向上させているらしい。
……カルディア・デバイスを2つ装備できる時点で規格外なのだから、当然といえば当然だけれど。
「茜、じゃあ、任務を与えようじゃないか」
文句を言う茜さんに、古泉さんが苦笑しながら紙……スーパーのチラシを渡した。
「おつかいだ」
「え、何?馬鹿にしてるのっ?……うー、いいよ、行ってくるよ。行ってきますよ。……あ、しゃけ、安いんだ。あ、でもお一人様4点限りだ。……恭介くーん、デート行かない?」
茜さんは機嫌を直したのか、恭介さんを誘って……恭介さんを引きずって、事務所を出て行った。
……その、直後。
「叔父さん!なんかポストに怪文書入ってた!」
茜さんが目を輝かせながら、紙を持ってUターンしてきたのだった。