63話
『ポーラスター』がまともな状態になるまでに5日掛かった。
茜さんが退院するまでに3日だったが、恭介さんが徹夜で部屋にこもり続けるのを終えるまでに5日掛かった。
……つまり、俺の新しいカルディア・デバイスができた、という事になる。
新しい、とは言っても、ぱっと見は何も変わっていないように思えた。
「右手と左手を平行にして左斜め45度に向けてください」
恭介さんの言われた通りのポーズでベルトの石に意識を集めれば……目の前に何かが浮かんだ。
「あー……適当に、どれか選択してください。これも後で操作方法考えましょう」
戸惑っていると、恭介さんから投げやりな指示が飛んできた。
目の前のものは……『S』と『M』の、二文字だ。
……とりあえず、『S』の方に意識を集中させる。
瞬間、俺の体を装備が包んでいく。
『Sword_man_standby……』
そして、俺はいつもの装備に身を包んでいたのだった。
……そこまでは変わらない。
けれど、力が、違いすぎる。
今までも十分に強くなれていると思っていた。
けれど、これを知ってしまったからにはもう前のカルディア・デバイスには戻れそうもない。
「そのままもう一回変身して、今度はもう片方を選択してください」
変身した状態でもう一度変身、というかなりおかしなことをすると、もう一度目の前に『S』と『M』の文字が現れる。
今度は『M』の方に集中する。
『Magician_standby……』
そして今度は、さっきまでとは違う恰好をしていた。
手にしているのはステッキのようなもの。
着ているのは防具というよりは、只の服だ。物々しさはあまり無い。
つまり、RPG等々で言う所の『魔術師』のような恰好なのだ。
「そっちの恰好の時は攻撃力低めで耐久上げてあります。そっちの恰好してる時はあんま動き回らない事想定してるんで。逆にさっきの方はバランス型から攻撃に少し傾いた位にしてあります。使い勝手悪かったらその都度ってことで……俺は寝ます」
恭介さんは簡単な説明を残して、ふらふらと部屋へ戻っていった。
「成程、この恰好なら、『アイディオンを消す光を出す異能』持ちらしい恰好だ」
他にも、火や氷を出すにも、こっちの方がそれらしいだろう。
「うわー、私も頑張んないと、真クンに180変化のお株、奪われちゃいそう」
茜さんがきゃーきゃー言う中、ふと、桜さんがじっと俺を見ていた。
「……次にカルディア・デバイスの改良するなら多分桜さんだと思う」
なんとなくそう言うと、桜さんはちょっとだけ嬉しそうな顔をした、気がする。
その日の夜。
恭介さんも起きたので、夕食後、俺達は会議を行った。
「普通に考えたら、あれはアイディオン達が今までにない連携を取って攻めてきた、っていう訳だが、それにしてはあまりにも攻撃対象が恣意的過ぎる」
今回のアイディオン達の襲撃がメディア各種で大きく報じられているのは、ひとえに、アイディオンがあんなに大量に一度に攻めてきたことが今まで無かったからだ。
同時に4か所に攻めてきたアイディオン達は、総計で100を超える。
今までは群れていたとしても、4か5が限度だったのだ。
それがいきなり100なのだから、異常であることは確かなのだ。
……けれど、それがアイディオンのみによるものかと言われると、微妙な気がする。
ならば何故、今までアイディオンはこうやって連携して攻めてこなかったのか。
何かきっかけがあったんじゃないだろうか。
「ふっつーに考えたらさ。星間協会のヒーロー事務所ばっかし駆り出されてた訳だし、こないだのLv30アイディオンの敵討ちにでも来たんじゃないの?」
「だったら真君の『嘘』で攻撃が一切効かなくなったとしても、他の事務所との戦闘にまで援軍を絶たなくても良かったはずだ。むしろ、うちに回す分の援軍を他所に一点集中させていたら……どこかは全滅しただろう」
「……アイディオンの目的は、ヒーローを倒すことじゃなくて……時間稼ぎ?」
時間稼ぎかは分からないが……桜さんの言う通り、アイディオンの目的はヒーローを殺すことでは無かった、という事になる。
「真君の嘘が発動してからアイディオンの援軍が絶たれたことについても、幾つか考えられる。1つは一番有難いが……単純に、戦況の不利を悟って撤退した、という場合」
これは非常に単純だ。
単純に、俺達が勝利を収めた、というだけの場合なのだから。
しかし、俺達はそういう風に考えられる程楽天的では無いのだ。
「2つ目は、桜ちゃんの言う通り、何らかの時間稼ぎが必要だったから。この場合は、ヒーローは倒せれば倒す、位のつもりだったと考えられるな」
この場合ならば、第一の目的はヒーローでは無かったことになり、割と納得がいく。
「で、3つ目だが……奴らの目的が『ポーラスター』だった場合だ」
「俺達を殺すことが目的だった、って事かよ?」
「そうなるな」
ひえー、と、コウタ君がおどけて怖がって見せる。
……『ポーラスター』を狙ってアイディオン達があんなに侵攻してきたとしたら、確かに、怖いけれど。
「……え、あの、『ポーラスター』って、アイディオンの怨みを買うような……?」
「ソウタ君さ、ふっつーに考えてよ。ヒーローが憎くないアイディオンって、どこにいるの。どこに」
「いや、だからこそおかしいんです。ヒーローが憎いなら、『ポーラスター』でなくてもいいんじゃないですか」
『ポーラスター』がアイディオンを倒していることは、『ポーラスター』がアイディオンの標的になる理由にはならない。
だって、そんなことは全てのヒーローがやっていることなんだから。
だったらこんな零細(……いや、双子が増えて、中堅程度になってる気がするけれど……)の事務所じゃなくて、もっと大手を狙っても良かったはずだ。
だとしたら。
「……Lv30アイディオン……?」
「……ま、考えられるのはその位かぁ」
Lv30アイディオンを倒した、ということ位しか、『ポーラスター』がアイディオンに狙われる理由は思いつかないのだ。
「気になることはまだあるんですよね。1つは瞬間移動系異能持ちの超高レベルのアイディオンが居るんじゃないか、っていう事と……そんな異能だったら、普通にそいつが出てきて、俺達を宇宙の果てにでも移動させればいいんじゃないかと思うんですよね。わざわざ仲間であるアイディオンを大量に消費するような作戦にしなくてもいいはずで」
そうなのだ。
今回のアイディオン……100体以上のアイディオンは、それぞれ瞬間移動させられてきたと考えるのが妥当だ。
しかし、そうなると、それだけの数のアイディオンを、恐らく相当な距離、瞬間移動させ続けたアイディオンが居るはずで……そんな奴なら、普通にそいつが戦うべきなのだ。
送り込まれたアイディオンはLv10程度だった。
なら、ヒーローに倒される。
全滅させられなかったとしても、アイディオンは必ず兵を失うであろうことは目に見えるはずなのだ。
なのに、わざわざアイディオンを送り込む、という戦い方をした。
「……宣伝?」
「そう、だな。アイディオン達の目的としては、とにかく目立ちたかった、位しかまともな理由を考えつかない」
今回のアイディオン達の襲撃はすっかりメディアを賑わせている。
アイディオン達の目的が、それだとすれば。
「……いや、訳わかんねーって、それ。アイディオンは何?テレビに出て―の?」
「何か主張があった、とかかな……?」
「アイディオン100体、って言ったら、普通にアイディオンの基地1つ分になるじゃないですか。それだけの兵を無駄遣いに等しい使い方ができる、って事は、単純に兵力のアピールなんじゃないですかね」
「えー……つまり、あの程度は放出しても痛くないのよ、っていうアピール?うわ、やだ。それ、やだ」
……そういう主張をしたかったのかどうかは別としても、アイディオンは凄まじい数がいる、と思った方がいいだろう。
……だとしたら。
「瞬間移動系の異能を持ったアイディオンが沢山居た、とは考えられませんか?高レベルが1体じゃなくて」
「或いは、瞬間移動系のソウルクリスタルが大量にあって、それを各自使ってアイディオン達が攻めてきた、とも考えられるな」
……いや、絶対ないと思う。
絶対、無いとは思うんだけれど……『大量のソウルクリスタル』とか、そもそもの、俺達が戦っていた場所とかを考えて、こう、どうしても考えざるを得ないというか……。
「『ミリオン・ブレイバーズ』の残党が何かやってる、って事は、流石に、無い、よなぁ……」
……無いと、思いたいんだけれど。