62話
饒舌に饒舌に、ひたすら喋りながら鉄パイプを振り続けて、遂にアイディオンを全滅させた。
劣勢だと分かったからか、途中から援軍は来なくなった。
相手が撤退しただけで、親玉を叩けた訳ではないけれど……とりあえず、防衛成功、と言ってもいいだろう。
「恭介さん、古泉さん、怪我は」
皆が待っていた地点に戻ると、怪我が治ったらしい古泉さんと恭介さん……そして、満身創痍の茜さんが居た。
「俺達はいいんだが……茜は、自分の怪我を治せないんでな」
「あー……真クン。おつかれー。へへへ、凄いじゃん。真クン、大活躍じゃん」
……俺と恭介さんが嘘を吐く前に、これだけの怪我をしていた、という事なのだろう。
へらり、と笑顔を見せているものの、茜さんの体にはあちこちに切り傷や擦り傷や火傷が見られた。
「とりあえず、病院に運ぼう。……恭介君、茜を頼む。コウタ君とソウタ君は、念の為ソウルクリスタル研究所を頼むよ。真君は……悪いが、『スターダスト・レイド』の加勢に付いてきてくれ」
恭介さんは茜さんを抱えながら、いつもの酷く安定した改造シルフボードで病院へ飛んでいき、コウタ君とソウタ君はソウルクリスタル研究所へ向かう。
「……悪いな、真君」
「本望ですよ」
そして、俺と古泉さんは、『スターダスト・レイド』が戦っているであろう『ミラージュタワー』へ向かっていた。
「古泉さんこそ、大丈夫ですか?結構ばっさりいってませんでしたか?」
「ははは、見えない刃だったから分が悪かったけどね。当たったと思ったらすぐに反転させればそこまでの重傷にはならないんだよ」
古泉さんは簡単にそう言うけれど、実際にやろうとしたら相当難しいことなんじゃないだろうか。
「真君こそ、無理はしないでくれよ?うちの唯一の衛生兵がダウンしてるからな」
「大丈夫ですよ」
実際、俺の怪我は大したものじゃない。
骨は多分全部無事だし、切り傷が多少あるけれど、痛みは殆ど気にならないレベルだ。
痛みの緩和もカルディア・デバイスの機能らしいから、この辺りは恭介さんのおかげだ。
「……双子達を置いてきたのは正解だったかな」
暫く飛んで、ミラージュタワーまでやってくると、やはりアイディオン相手にヒーロー達が苦戦していた。
「数が多いですね、やっぱり」
今回は楽にいける。
そうなんだよな。相手が複数いるって事は、それなりにメリットがある。
別に、全員を騙せなくてもいい。
一瞬、この状況を知ってる存在の過半数が騙されてくれればいいのだ。
そうすれば、次の瞬間には真実になっている。
そうなったらもうどうせ、信じざるを得ないんだから。
……目に見えないもの、戦況の変化、遠い所での誰かの死……そういうことは、『疑いにくい』。
けれど、逆に言えば、『信じにくい』事でもあるのだ。
そこに土台が無かったら『信じて』はもらえない。
そこに『疑い』があったら、俺の嘘は真実にならない。
……逆に、目に見えてしまったら、それを『信じる』か、そもそもの見えているもの自体を幻影だと『疑う』かしないといけない。
確認する手段は、そこで見えた事と真実の矛盾点を見つけて看破するか、幻影破りをするかのどちらかだけだ。
一瞬でなんとかできる問題じゃない。
そこに音や熱や……他の要素も加わったら、それこそ、本当に。
Lv30アイディオンとの戦いで俺は『見えないもの』をひっくり返す嘘を吐いた。
実際、それが大成功しちゃったからちょっと調子に乗ってたのかもしれない。
やっぱり、視覚情報は人間にとって一番大きな情報なのだ。
まずは、鉄パイプを捨てた。
幾十もののアイディオンを殴り殺した逸品だが、今の俺には邪魔になる。
……魔法使い系の異能持ちが鉄パイプを持っている、ってのはおかしいから。
アイディオンの、真ん中を狙う。
……遠距離専門だろう。
動かないでくれると有難いな。
カルディア・デバイスのSE機能を作動させる。
雷鳴、という名前のSEなんだけれど、雷っぽくない、という専らの評判の微妙なSEだ。
ただ重い音が鳴るだけのSEだから……今回は丁度いい。
真ん中、動かないでいるアイディオンを光の束で貫く。
光の幻影で、白く、白く、アイディオンの姿を塗りつぶして。
そこにSEが鳴る。
重く、ドン、という、雷鳴にしては静かすぎる音と共に、1体のアイディオンの姿が見えなくなった。
……その場に居た人も、アイディオン達も、その光景を見ることになる。
沢山の視線を集めた事を確認してから、光の幻影を外して、『何も無い』幻影を被せる。
〈消えた……?〉
「そう。消した」
にやり、と笑った古泉さんと共に、ここで俺達は登場するわけだ。
「ヒーローは遅れてやってくる、ってなぁ。こちら『ポーラスター』ヒーロー事務所だ。助太刀するよ」
古泉さんが俺に近づくアイディオンは大体足止めしてくれた。
後は、俺が空に向かって何かするふりをして、アイディオンの上に次々と光の幻影を落としていくだけだ。
……ただ、やはり上手くはいかない。
2発目から明らかに精神力が根こそぎ奪われていくのを感じるようになった。
……というか、それ以前に溜まっていた疲労がここで出てきた、というか……。
「『スカイ・ダイバー』さん。俺、限界が近そうです。優先して消したほうが良さそうな奴、教えてください」
途中でぶっ倒れたら迷惑になるだけなので、先に申告しておく。
「そうか。……じゃあ、4時の方向奥の浮いてる奴、まず頼む」
古泉さんに言われた通りの奴の上に、また光の束を落とす。
……眠気に襲われる感覚だ。
「まだいけるか?」
「はい。次は」
「11時の真ん中付近の鉄球」
また光の束を落として、落ちかける意識を何とか繋ぐ。
「古泉さん、俺、寝かけたら叩き起こしてください」
「……そうだな。悪いが、そうさせてもらうかもしれない。次は7時の紫っぽい奴だ」
……こうして、俺は古泉さんに叩き起こして貰いながら結局、11体のアイディオンを消した。
「お疲れ様。ゆっくり休んでくれ。……すまんなぁ、こんな使い方して」
すまなそうに笑う古泉さんの後ろでは、防衛に成功してヒーロー達が達成感の中、治療に当たっている所だった。
……まだ加勢に行くべきところがあるんだろうけれど、俺はここで限界だろう。
申し訳ないけれど、古泉さんに甘えて今は眠らせて貰おう。
目が覚めたら、良く知る天井があった。
俺の部屋だ。
ベッドの上に寝かされていたらしい。
……ただ、何かが足りないような感覚があって、腹を見ると俺のカルディア・デバイスが無い。
「おはようございます」
心配になって応接間に出ると、恭介さんが居た。
「あ、カルディア・デバイス、借りてます。改造中です」
恭介さんは俺の言いたい事を先回りして言ってくれた。
今は設計図みたいなものとにらめっこしている所だったらしい。
「ええと、今何日の何時ですか?」
「昨日の明日です。……寝てたの、今回は一晩で済んだっぽいですね、真さん」
とりあえず、前回のように21日も寝ていた、という事は無かったらしい。
少しほっとした。
用意されていたらしい朝食を食べて、恭介さんに現状を聞いた。
「アイディオンが一気に4か所に襲ってきた、っていうのがトップニュースになってます」
結局、俺達が居た『ミリオン・ブレイバーズ』前とミラージュタワーの他にも2か所、アイディオンが襲ってきたらしい。
「けど、うちが防衛成功したら、他の所でも増援が止まったらしいんで。……やっぱ、うちが目的だったんじゃないかと」
それは……どうとらえたらいいのか分からないけれど。
もっと情報が手に入れば、もっと違うのかな。
「桜さん帰ってきてすっかりショック受けてましたけど、今朝は後ろ髪引かれながら学校行きました。古泉さんは双子つれて星間協会の会議で、茜さんはまだ入院してます。骨、やられてるらしくて。回復できるヒーローも結構今回のでダウンしてますから、見つかるまでは病人ですね。……真さんは古泉さんが運んできて、そのままです。……とりあえず、アイディオンを11体倒したのは古泉さん、って事になってます。真さんの異能、使えなくなるとまずいんで、とりあえず」
……俺の存在が知られる、という事は、嘘を吐きにくくなるという事だ。
嘘の汎用性が消えるし、下手したら、『嘘を吐く異能』によって『嘘を吐く異能』では無い異能になってしまうかもしれないし。
「とりあえず、今アイディオンに攻めてこられたら大手の独壇場なのが気に食わないですけど、しょうがないかと。……でも、向こうの狙いがうちなら、どうせまた近いうちになんかやる羽目になると思うんで、俺はさっさと真さんのカルディア・デバイス、新調しないと」
……また、ああいう戦闘になったら、次はもっと上手くやれるだろうか。
それとも、手の内を晒してしまった分、不利になるだろうか。
恭介さんが実験室に篭ってしまったので、手持無沙汰になった。
シルフボードに乗る気分でもないし、下手に外に出るとマスコミに寄ってこられる恐れもある。
俺の存在は隠しておいた方がいいので、今は我慢だ。
……と、なると。
「ただいま。……お、真君、もういいのか」
古泉さんと双子が瞬間移動で事務所に戻ってきた。
他所のヒーローに送ってもらったんだろう。
「はい。すっかり。……元気になったのに外にはあんまり出られないんで暇で、とりあえずエアコン、修理しておきました」
幻影で、エアコンの起動中ランプを灯してある。
「え、真さん、エアコンとか、直せるのかよ」
「ダメ元で分解して掃除したら直ったよ。リモコンの信号受け取るセンサーの所に埃が溜まってただけだったみたい」
勿論、嘘だ。
けれど、双子は無邪気に信じてしまったらしいし、古泉さんも信じているのか居ないのか、信じているふりをしてくれている。
……平和だ。