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6話

「あ、あれ?ほんとだ。嘘、全然熱くない」

 それを見た天原さんも手を突っ込んだり引っ込めたりするが、こちらも全く熱くないらしい。

「これはつまり、幻影ってことか?」

「幻影を見せる系の能力の、火の幻を見せる、という部分だけを切り取られたんじゃないんですかね、これ」

 ……なんで今まで気づかなかったか、と言われたら、何かを燃やすでも無く、ただ火を出す練習しかしていなかったからだ。

 訓練をしていた部屋も全面シールド張りだったし、違和感なんて感じたことも無かった。




「……とりあえず、異能が使えてる以上はソウルクリスタルが失われてるわけじゃなさそうですね」

「ま、とりあえず、ちゃんとした検査をしてみよう。恭介君、頼む。その間にこっちで書類の準備とかしとくから」

 書類の準備、って……まさか、まだこの人達、俺を雇う気でいるのか?

 俺の異能で出せる炎が幻影だとしたら、戦闘員として使える訳がない。

 事務員としても正直、他にもっと有能な人は幾らでも居るはずだ。

「あ、はい。……えと、こっちです」

 しかし、それを聞くこともできずに……千波さんに連れられて、ドアの向こう側に入る。


「そこら辺に椅子、あると思うんで。適当に座ってて下さい」

 千波さんはなんとも適当にそう言って、機械を操作し始めた。

 ……この部屋も、俺が寝かされていた部屋同様に、コンクリートの壁とむき出しの配線・配管を持つ部屋だった。

 ただし、機械類が大量に、ごちゃごちゃと置かれているからか、印象は大きく違う。

 窓があるであろう位置に棚が陣取っている為、部屋を照らすのは、机の上にある数台のコンピュータ・ディスプレイの青白い光と、蛍光灯のあっさりとした光だけ。

 ……むしろ、俺にはこの部屋が好ましく感じられた。

 なんというか、こう……秘密基地感がある、というか。

「……千波さんは、メカニックを兼任してるんでしたっけ」

「まあ、好きなんで。適材適所、ていうか……あと、恭介、でいいです。ここで俺の事、苗字で呼ぶ人いないんで、分かりづらいし」

 目の前の、前髪が長くて日に焼けていない、いかにもインドア系、という人から出る台詞としては結構予想外な台詞だった。

 初対面の印象からは、もっと人見知りする人なんだと思っていたんだが。

「ええと、じゃあ、恭介、さん。俺も真、の方で呼んで下さい」

「あ、はい。……あと、茜さんも、苗字より名前で呼ばれる方が好きらしいんで」

 そういえば、天原さん……いや、茜さんも、俺の事を下の名前で呼んでいた。

 次からは気を付けてみよう。

「それから、1つ、事後承諾で……シルフボード、勝手にメンテ……というか、改良しました」

 そこにあります、と言われて振り返ると、物で埋もれた机の横に、俺のシルフボードが立て掛けてあった。

「一回バラして、上位互換のパーツがあったんで数か所取り換えてます。後で調子見てください。調子悪かったら元に戻すんで」

 俺も手入れはしていたけれど、流石にオーバーホールをやる自信はない。

「ありがとうございます」

 シルフボードは、俺の相棒的存在だ。

 俺はずっとこいつに乗って鉄パイプを振り回していたんだから。

 綺麗にしてもらって、性能も良くしてもらえることが嬉しくない訳が無かった。

「いや……というか、許可貰えるなら回路も数か所弄りたいっていうか……コアはいいの使ってるのに、回路で無駄が出てて勿体ない。……じゃ、とりあえず検査、始めます。もう一回やってるなら大体分かりますか」

 またあの痛みが来るんだな、と身構える。

「……何やってるんですか」

「また痛いんだろうな、と」

 怪訝そうな顔の恭介さんにそう答えると、ますます怪訝そうな顔をされた。

「……ええと、今、痛いですか」

「いや、今は……えっ、もう始まってるんですか?」

「始まってますね」

 ……え、じゃあ、『ミリオン・ブレイバーズ』での、あの、拷問めいたあれは一体……。

 ……やっぱり、あそこ、相当にブラックだったんじゃないだろうか。




「終わりました」

 検査は、全く痛みを伴わず終了した。

「これ……とりあえず、どうするかは他の面子とも相談、ってことで」

 恭介さんは伸びをすると、数枚の紙をもって部屋を出てしまうので、俺もそれに続く。

「あ、検査終わったんだ。どうだった?」

 茜さんが恭介さんの手元の紙を覗きこんでいる。

 俺も早く結果が知りたい。

「計野君はこっちで書類、書いてくれ」

 しかし、こっちが先らしい。

 古泉さんの向かい側に座って、書類に必要事項を埋めて、サインしていく。

 給料は雀の涙程度。でも寝食の保障はある。何の問題も無い。

 もともと、こういう暮らしの方が性に合ってるんだろう。

 ここの事務所は妙に落ち着く場所だった。

 ここに住みながら、憧れだったヒーロー業も……多分、できる。

 こんなに嬉しいことは無い。

 もし、俺の異能が殆ど役に立たないようなものでも、なんとかして役に立てるようになりたいと、強く思った。




「……ん。よし。じゃ、書類はこっちで預かるとして……と。恭介君。結果、見せてくれ」

「これです」

 そこには、5枚の紙があって、それぞれに項目が並んでいる。

 そこに書かれている数字は、どんな分野に適性のある異能なのか、どの程度の適性があるのかを数値化したものだ。

「……こりゃ、なんだ」

 古泉さんが食い入るように見ている紙を、俺も見せてもらう。

 1枚目を見ると、俺は水系統の回復要員としての適性がある、という結果だった。

 しかし。

「あの、これって」

「1回目から5回目まで測定した結果が全部バラバラですけど、全部、真さんの異能検査の結果です」





 2枚目では、精神攻撃系の適性があることになっていて、3枚目では身体能力強化系。4枚目では光を操る能力ということになっていて、5枚目では誘惑系に滅茶苦茶な適性があることになっていた。

「5回分の結果に法則性があるとすれば、火系統の値は大体高め、っていうことぐらいか」

 逆に、それ以外は本当に何も法則性が見られない。

「……ということは、そういう異能か」

「嘘つきの異能、かー。私に近いかも」

 嘘つきの異能。

 なんとなく、その言葉がしっくりくる。

「つまり、俺の異能って、嘘を吐く能力、ってことですか」

「正確に分かるものでも無いんで、はっきりとは。でも、方向性は多分そんなかんじのじゃないんですかね」

 でも、『炎を操る能力』よりはずっと、しっくりくる。

「真君がもし『嘘を吐く能力』がしっくりくる、と感じるなら、きっとそれが君の能力だろう。安心していい」

 嘘を吐く、嘘を吐く……。

 ……うん、やっぱり、しっくりくる。俺の能力だ、と自信を持って言える、気がする。


 こうして、俺はやっと自分の異能を把握することができたのだった。




 しかし、問題は山積みである。

「……けどさ、叔父さん。嘘でどーやって戦闘すんの」

 これだ。

 俺は戦闘員としてここで働くつもりだった。

『ポーラスター』側としても、そのつもりだっただろう。

「嘘が通じるアイディオンだったら、十分いける気がするんですけど。ほら、思い込みだけで人間って死ぬんで。火傷とか失血死とかならなんとかなるんじゃないですかね」

「えっ、なにそれなにそれ」

 聞いたことがある。

 プラシーボ効果、というんだったか。

 人間は思い込みの力によって、何の薬効も無い薬で元気になったり、碌に血を流さずに失血死したり、氷水で火傷したりするらしい。

「つまり、『これは毒だ』って言いながら何かを飲ませるとか、傷口に塗り込むとかすれば……」

 勝手にアイディオンが毒殺される可能性がある、と。

 ……それは、なんというか……。

「そういう働き方すんの?真君の異能って、もっとこう、幻術に近いんじゃないの?だったら、火の嘘見せておいて、思い込みで火傷させた方がよくない?」

 というか、俺は今まで異能を使って、『熱くもなんともない火を出す』ということしかやっていないのだ。

「火は普通に火っぽかったからな。あれ、ちゃんとしたカルディア・デバイスがあれば、熱も感じさせるようにならないか?」

 ……視覚だけじゃなくて、温感にまで通用する嘘を吐けるか、なんて、本当にやってみないと分からないし、そのために装備も何とかしないといけない。

「カルディア・デバイスは……また、恭介君に頼む。すまんな」

 古泉さんが申し訳なさそうな顔をすると、恭介さんは、いえ、と言いながら、むしろ少し楽しそうな顔をした。

「どんな装備にするかは真さんに聞きながらになると思うんで、明日は結構時間貰いますよ。……俺の技術、全部使うつもりなんで、覚悟しといてください」

 成程、恭介さんは本当にこの手の事が好きなんだろう。

 バーサク回路が、とか、構造変換の形式は、とか、ぶつぶつ独り言を言い始めた恭介さんは、本当に楽しそうだ。

「で、茜は、明日適当に化けて役所行ってきてくれ。真君が『死んでる』のか、確認しよう。……あー……それから、真君」

 古泉さんが、少し表情を厳しくして、俺の方を向いた。

「……答えたくなかったら答えなくて構わない。けど、一応聞かせてくれ……君を雇っていたのは、どこの企業だ?」

 ……言って、良いんだろうか。

 一応、俺は『ミリオン・ブレイバーズ』と契約している身でもある。

「君みたいな使い捨てにされるヒーローの卵をこれ以上増やさないように取り組めることもある。それから、うちも一応零細とはいえ、ヒーロー業をやってる身だ。そこと鉢合わせするような場面が無いとも限らない。それが事前に分かっていれば、君を隠し通すのはそう難しいことじゃないんだ」

 ……今、俺が『ミリオン・ブレイバーズ』に帰ったとして、恐らくは『口封じ』されるんだろう。

『ミリオン・ブレイバーズ』では、俺の異能はLv3しかない、しかもアイディオン相手に全く効かなかった火炎放射の能力しか持っていないことになっている。

 というか、本那さんの反応を見ていた限り、俺に有用性を見出してくれているとは思いにくい。

 つまり、俺を生かしておく理由は無い、って事だ。

 ヒーローの卵を散々死なせておいて、今更人殺しを躊躇う連中でもないだろう。

 ……だから。

 俺がここにいることについては、正当防衛が通用する……んじゃないだろうか。

 というか、しなかったとしても、どうせもう『ミリオン・ブレイバーズ』に戻る気は無い。

 契約破棄上等だ。訴えたかったら訴えろ。

 訴えられたらこっちもぶちまけるものはあるんだ。

 向こうだって、無暗にこっちを訴えて公の場に晒すような事はしたくないはずだ。

 ……それなら、『ポーラスター』にはあまり迷惑をかけなくて済む、だろう。

「『ミリオン・ブレイバーズ』です」

 俺は、『ミリオン・ブレイバーズ』を捨てる。




「よし、分かった。……ありがとう。言いにくいことを言わせた。でも安心してくれ。これで君をより確実に守れるだろう。それで、だが……君は、『ミリオン・ブレイバーズ』に、大切な荷物とかは残してきているかな」

 荷物……ええと……考えてみたが、特に思い当たらない。

「いえ、特には」

「そうか。いや、何か大切な物を残してきてしまっているなら、茜にそっちにも向かってもらおうと思ったんだけどな。……本当に、無いか」

 ……もしかして、俺から『ミリオン・ブレイバーズ』の名前を聞こうとしたのって、この為だったんだろうか。

「もともとそんなに物を持ってなかったんです。唯一、大切なシルフボードは持って来てあるので」

 そう答えると、古泉さんは少しほっとした様な顔になった。

「じゃあ、茜は明日は役所だけ頼む。俺は懇意にしてる事務所に根回ししておくことにしよう。それから、真君には早速で悪いが、カルディア・デバイスができ次第、出陣してもらう事になると思う」

『ミリオン・ブレイバーズ』でのことを思い出して少し緊張すると、古泉さんも少し固い表情で、続けた。

「君一人では出陣させない。必ず、俺か茜か……桜ちゃんと。できれば、2人と一緒に、3人で出てくれ。それから、最初はLv1とかLv2とかのアイディオンを狙うように。それから、危なくなったら早めに逃げること。シルフボードがあれば撒けるだろう。シルフボードの改良については恭介君に頼んでくれ」

 ……。

 心配する事は何も無かった。

 むしろ、この人は、大層……過保護だ。




「Lv1や2のアイディオンなら、カルディア・デバイス無し、異能なしの状態でも倒せます」

 俺が、『ミリオン・ブレイバーズ』に入る前に戦闘経験があったことを話すと、全員青ざめた。

「うわ……それ、高レベルのアイディオンに出くわしちゃったらどうしたわけ?」

「逃げます」

 正直、シルフボードはそのために買った代物だ。

 まさか、戦闘スタイルに組み込むようになるとは思っていなかった。

「それでも、遠距離攻撃できるアイディオンだったら危険だろう」

「出会わなかったんで、まあ、なんとか生きてます」

 言ったらまた騒がれそうなので言わなかったが、ビームを出してくるタイプの高レベルアイディオンになら、出くわしたことがあった。

 後ろから飛んでくるビームを避けながら高速飛行で逃げていた時、本当に生きた心地がしなかったのを覚えている。あの時は本当に死ぬかと思った。


「……そうか。じゃあ、真君には多分、結構速く、ノルマの一端を担ってもらう事になるだろう。その時は茜……よりは桜ちゃんの方がいいか。うん。彼女と組むことになるだろうなぁ」

 そういえば、さっきも出ていたが、『桜ちゃん』というのは……ここの最後の1人のヒーローか。

 恐らく、その人がここのエースヒーローの『カミカゼ』さんなんだろう。

「……あ。桜、帰って来たんじゃない?」

 茜さんの言葉を裏付けるように、かん、かん、と、スチール階段を上ってくる音が近づいてくる。

 そして。

「ただいま」

 その人は、セーラー服を着た、俺と同い年ぐらいの女の子だった。


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