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59話

 すぐに店を出たら怪しいので、もう少し桜さんと一緒に待ってから店を出る。

 その間、天原夫妻はなんというか……お互い、何も言わずにそれぞれが何かを考えているのか、頭の中が真っ白になっているのか良く分からない表情で虚空を見つめていた。




 事務所に戻ると、コウタ君とソウタ君はもう戻って来ていた。

 が、茜さんと恭介さんはというと、まだ戻ってきていない。

「どこ行ってんだろ」

「さあ……2人で何か話したい事でもあったのかも」

 ……間違いなく、恭介さんが深刻なダメージを受けていることは確かだろうから、茜さんには頑張って恭介さんを治しておいてほしい。




「……あれ。まだ茜と恭介君は戻ってないのか」

 そして夕方になって、古泉さんが帰ってきても、まだ2人は帰ってきていなかった。

「お帰りなさい、古泉さん。今日の晩御飯はから揚げです」

 今日の晩御飯当番のコウタ君とソウタ君は買い出しから帰ってきたところだった。

 2人とも、もう自由にシルフボードを乗りこなす。流石に、アクロバットはまだ半人前だけど。

「から揚げか。茜が聞いたら喜ぶだろうが……流石に遅くないか」

 喫茶店を出て、3時間余り。

 確かに、ちょっと遅い、気もする。

「……まあ、2人とももう子供でもないし、大丈夫か。……ああ、そういえば、今回の依頼達成料だ」

 が、古泉さんが懐から出してきた封筒に、俺達の意識は完全に持って行かれた。

「ぎゃーっ!札束っ!」

「達成料の300万だな」

「う、うわあ……あ、あれ?という事は、古泉さんは茜さんのお父さんとお母さんに会ってきたんですか?」

 ソウタ君の問いに、苦笑しながら古泉さんは頷いた。

「流石に、あのまま放置しておくのは流石に良心が咎めたんでなあ」


 古泉さんは、俺達が店を出た後、茜さんのお母さんに声を掛けたらしい。

「散々文句を言われたよ。文句どころかもう、罵倒だったな、あれは」

 ……まあ、うん。

 茜さんが言った事が全部本当だったら、もう、文句どころじゃないはずだ。

「まあ、なんとかそれを宥めて、ちょっと話、してきた。……次に茜が会う時にはもう少し頭が柔らかくなってるはずだ」

 古泉さんの表情は疲れ気味ながらも割と明るい。

 そこそこ、身のある話ができたという事だろう。

「しかし、茜がよくあんなに喋れたなぁ、と思ってね。親でもないのに嬉しかったよ」

「あれは普通じゃなかったんですか?」

 いつもの茜さんらしく見えたけれど。

「親相手にあそこまでちゃんと喋れてるのは茜にとっては凄いことなのさ。……普段の茜を見ているとそんなかんじはしないだろうけれどね。……そうだ、写真があったな、確か」

 何を思ったか、古泉さんは部屋に入っていき、少しして何かを持って戻ってきた。

「これが高校の時の茜だな」

 ……そこには、お嬢様がいた。


「……これ、茜さん……?」

 桜さんですら驚いている。

 その写真に写っているのは、ウェーブした髪を腰まで伸ばした、清楚なブラウスとスカートの女の子だ。

 今より少し顔立ちが幼いものの、確かに茜さん、だった。

 ……ただし、もし、これが茜さんによく似た別人だと言われたら、俺は信じると思う。

 表情が、違いすぎるのだ。

 桜さんから確固たる信念とか自信とかを抜いたら、こんな表情になるかもしれない。

 自信なさげな、不安げな影を落とした写真の中の茜さんは、確かに、親に対して言い返したりできそうには見えない。

「茜が家出してから半年ぐらい、清楚系でモデルやってて、でまあ、見た目が変わってる訳でもないからすぐ親に見つかったんだけどな、その時は何も言えずにただぶん殴って全速力でひたすら逃げたらしい。それを考えると大分成長したよ」

 それから茜さんはヒーローになった訳だから、その時はまだ、力でも親に勝てなかったんだろう。

 今、茜さんがあんなに堂々としていられるのは、ヒーローになって、物理的にも力が強くなったから、という点も大きいんじゃないだろうか。


「ま、あんなに劇的に変わるとは思わなかったけどなぁ……」

 今の茜さんは華やかで派手で、明るくて爽やかで健康的だ。

 写真の頃から比べるまでも無く、別人のように変わっている。

「茜さんがヒーローになった頃、今みたいになった、んですよね」

「そうだな。茜のヒーローとしての能力が、今の茜の一部を作ったと思う」

『パラダイス・キッス』は、茜さんらしい能力を持っている。

 発動条件が『キス』という派手な能力で、でも、攻撃的なようで、そうでもない。

 どちらかといえば、サポートだけれど、回復は苦手。

 考えれば考える程、茜さんにぴったりの異能だった。

「茜にヒーロー適性が見つかったのも、茜がそうしたいと思ったからのような気がしてなぁ」

 そうなりたかったから、そうなった。

 茜さんは『パラダイス・キッス』になりたかったから、そうなった。

 ……そう言われても、俺は納得できてしまう気がする。


 前、古泉さんが言っていた事を思い出す。

『ソウルクリスタルは、その人の心そのものだ』と、古泉さんは言っていた。

 ……茜さんは、そう変わろう、と思って、その心が『パラダイス・キッス』としての異能を生んだ。

 だとしたら、俺は……何だろう。

 いや、俺だけじゃない。桜さんも、2つも異能がある時点で良く分からないし……恭介さんも訳が分からない。

 双子は、何だろう。カジノに思い入れでもあるんだろうか。

 それから、古泉さん。

 ……古泉さんは一度、ソウルクリスタルを破損している。

 その後手に入れた2つ目のソウルクリスタルが、今の古泉さんのソウルクリスタルだ。

『自分にかかるエネルギーを反転させる』能力。

 駄目だ、まるで分かる気がしない……。




 そんな雑談の後、双子はから揚げを作るべく食堂へ向かい、古泉さんは事務仕事を片付ける。

 桜さんは部屋で何かするようだったので、俺は少しシルフボードで飛び回ってくることにした。

 から揚げが揚がるまでには戻ってこよう。


 事務所の窓から出て、少し高度を上げた。

 ……すっかり黄昏た街並みが遠くに見える。

 夕日の残照をガラスに反射させるビル街は、俺が好きな景色の1つだ。

 もう少ししたら多分、完全に夜の帳に包まれるのだろう。

 夕暮れの飛行を楽しんでいると、街の方から見覚えのあるシルエットが2つ、こちらに向かってくるのが見えた。

 1つは跳ねるように進んでいて、もう1つは改造シルフボード特有の、安定しすぎな位の安定感で進んできている。

 仲睦まじい様子なので、俺は一足先に事務所に戻ることにした。




「たっだいまー」

「お帰り。どうしたんだ、結構遅かったが」

「へへへ。折角だからってことでデートしてきちゃった」

 楽しげに笑う茜さんの手には、およそ『デート』で手に入れてきたとは思い難い紙袋が幾つもあった。

「新しいカルディア・デバイスの部品、買ってきました。いくつかは完璧に自作になりそうですけど」

 ……そういえば、これでとりあえず俺の分はカルディア・デバイスが新しくなる段取りができた、っていう事なのか。

「また暫く徹夜ですね、俺」

「……ま、あんまり根詰め過ぎないでくれ」

 恭介さんは、昼間あんなことがあった割には、元気そう……というか、いつもの湿度と暗さを伴った平常運転に戻っていた。

 茜さんも妙に嬉しそうだし……何か、あったんだろうなぁ。




 その日は恙なくから揚げを美味しく食べて終了して、翌日からまたいつも通りの日々が始まった。

 桜さんも学校が始まって、そろそろ夏の終わりを感じ始める。

「あづい」

 ……しかし、暑いものは、暑かった。

「……うちにはなんで氷系のエレメント系異能持ちがいないんだろー」

 茜さんは半分下着なんじゃないか、っていう格好でだらけ切っていた。

「せめて桜ちゃんが居れば風が通るんだがなぁ……」

 桜さんが居ないと、何故かこの事務所は酷く風通りが悪い。

 ……非エレメントの風系異能者は、風に好かれている、らしい。

 だから普段風が通らない場所にも桜さんが居れば風が通る、という事なのか、桜さんが居ないことに臍を曲げた風がわざと事務所を避けて通るのかは定かでは無い。

「……古泉さん。早くエアコン、直そーぜ……」

 この事務所が今、とてつもなく暑いのには理由がある。

 つまり、エアコンの故障。

 そういう事なのだった。


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