52話
俺は嘘を吐いた直後、シルフボードに乗ったまま墜落したらしい。
それを他の事務所のヒーローがキャッチしてくれたんだとか。今度会ったらお礼を言っておこう。
「真君を届けてくれたヒーロー達には当然、説明を求められた訳だが……殆ど綱渡りをしているような気分だったよ。真君が勝ったと報告してそのまま気を失って落ちてきた、としか聞いていないからな、真君が『勝った』という嘘を吐いたことはなんとなく分かったんだが、何にどう『勝った』のかは完全に俺達の裁量だったし……それでもなんとかなったんだから、まあ、良かったんだが」
そりゃ、『勝った』と報告されて『本当か?』と疑う人は少ないと思う。
というか、負けたのに『勝った』と報告されることは普通ありえないんだし……。
「このソウルクリスタルについては解析も終わってます。多分、『自分に対して使われた異能を打ち消す異能』だったんじゃないかと。……なんとなく、俺のソウルクリスタルと構造、似てたんで。そんなかんじだと思います」
恭介さんはデータ解析の前にソウルクリスタルの解析もやっていたらしい。
お疲れ様です。
「つまりさ、今回の真君の嘘って、アイディオンを対象にしたものじゃなかった、って事なんだよね。結果としてアイディオンに作用してたけど」
俺が嘘を吐いたのは、ヒーロー達と……あと、そのヒーロー達を戦っていた比較的低レベルのアイディオン達だ。
Lv30アイディオン自身に異能を使った訳じゃない。
だから作用したんだろうけれど……反則のような気もする。
良かったんだろうか、作用しちゃって。
「真君の異能はよく分からない点がおおいにあるからな。実戦の中で少しずつ、性質を掴んでいくしかないな」
俺自身が俺自身の異能についてよく分かっていない。
今回は……成功するような気はしていたけれど、まさか21日も寝る羽目になるとは思わなかったし。
いや、流石にノーリスクで何とかなるとも思っていなかったけれど……。
「真クンが嘘ついて寝ちゃったこと、前もあったよね。ほら、『エレメンタル・レイド』のカルディア・デバイス捏造しようとして一回寝てるじゃん」
やっぱり、カルディア・デバイス……或いは、ソウルクリスタルの捏造、というのは難易度が高い……変な言い方をしてしまえば、コストが高い『嘘』なんだろう。
「異能に干渉しようとすると寝ちゃうのかな」
「さぁ……」
成程、よく考えたら、結果として今回の俺の嘘は、コウタ君とソウタ君の異能、それからアイディオンの異能、と、2つの異能に干渉している。
だから余計にコストが高くなった、と言われたらそんな気もする。
「真さんさ、今度嘘吐くときは『落盤事故でアイディオンがいきなり死んだ』とかにしとけよ。そうすればアイディオンの異能とも俺達の異能ともかち合わなかったし」
「コウ、そんなの誰も信じないよ……」
……これからはもっと、嘘の吐き方も考えなきゃいけないな。
それから、俺は病人食と茜さんのキスとリハビリで、なんとかその月の終わりには回復することができた。
21日ものブランクは大きかったけれど、ある意味では幸運だったと言えるだろう。
他のヒーロー達のお見舞いを悉く断ることができたし、そのおかげで、『勝利報告』が『嘘』だった、という事をぼかしておくこともできた。
よく分からない状態で『勝利』を信じる事は難しい。ましてや、『信じていると信じさせる』ことなんて。
けれど、『ポーラスター』や他のヒーロー達にとって、俺の目が覚めない、という陰りがあるなら、そこに勝利の喜びが薄くても十分説得力がある。
今や、ヒーロー50人あまりが『勝利』を信じている。
これからもっと、この勝利の続きが積み重なっていけば、よりひっくり返らないようになっていくだろう。
……だから、俺達はこのままでいい。
このまま、『勝った』事の上にもっともっと事実を積み重ねていく。
その為には……うん、恭介さんに頑張ってもらうしかないんだけれど。
「真君、大丈夫か」
シルフボードに乗る訓練をしていたら、丁度外から帰ってきたらしい古泉さんに声を掛けられた。
「まだ調子が戻りきらないですけれど、まあ、なんとか」
筋力は当然、戻りきっていない。
そして、それに伴って技術も。
アクロバット飛行を繰り返して取り戻そうとしているけれど、軸がぶれたり、ふらついたりするようになっている。
感覚が戻ってくるまでにまだ暫くかかりそうだった。
「そうか。……真君、今、少し時間あるか?」
古泉さんに連れられてやってきたのは、廃墟になっている公園だった。
ひしゃげたジャングルジム、片側が半ばで折れているシーソー、階段が錆びて抜け落ちた滑り台。
そのどれもが錆びたり朽ちたりしていて、なまじ人の痕跡がある分、余計に物悲しく見える。
けれど、半ば雑草と化した朝顔や、零れ種で育ったらしいオシロイバナが花を咲かせている為か、そこまで暗い印象は無かった。
「いい場所だろう?時々、ちょっと休憩したい時に来るんだ」
ここで煙草でも吸ったら様になるのかなぁ、なんて言いながら、古泉さんはブランコに腰を下ろす。
ブランコは奇跡的に、4つある内の2つしか壊れていなかった。
残り2つは多少鎖に錆が浮いている程度で、さしたる損傷も無く揺れている。
あまり汚れても居ないのは、時々古泉さんが来ているからなのかもしれない。
俺も、古泉さんの隣のブランコに腰掛ける。
ブランコなんて、久しぶりだ。
……ブランコって、こんなに地面に近いものなんだったっけ。
「真君。君の異能は凄いなぁ」
小さくブランコを揺らしながら、古泉さんがそう、口に出した。
「真君なら、世界を救おうと思えばきっとできるだろう。消えたものを取り戻すことも、人を生き返らせることも、できてしまうかもしれない」
『世界は平和になった』と、世界中の人に信じさせることができれば、きっと世界は平和になる。
それこそ、人を生き返らせたりすることだって。
「やろうと思った事はあるかい?」
「思った事なら、何度か」
……取り戻したいものなんて、幾らでもある。
今生きている人なら、誰でも1つぐらいは、アイディオンによって奪われたり、その余波で失ったりしているはずだ。
誰でも、皆、きっとそう思う。
「でも、多分、やりません。俺の限界もなんとなく今回の事で分かりましたし……失ったものは……俺の異能で作っても、それはやっぱり『嘘』ですから」
世界を救う、なんていう大規模な事ができるとしたら、それはきっと俺がもっともっと成長してからだ。
『勝ちました』の報告だけで21日も目覚めなくなるんだ。『世界を救う』なんて、効果すら出せずに死にそうな気がする。
「そうだな。真君は真君自身を大切にしてくれ。……結構、今回の事については肝が冷えたんだからな」
少しだけ子供っぽい表情で、古泉さんはそんな恨み言を言ってくる。
こういう時、ちょっと茜さんに似ているな、と思うのだ。
「……『嘘』か。真君はどうして、こんな異能を手に入れたんだろうなぁ」
異能は人それぞれだ。
しかし、そうは言ってもやはり、多い系統とそうでは無いもの、というのはある。
水地火風のエレメント系は多い部類の異能だ。
逆に言えば、それ以外は全部『珍しい』と言える。
そんな中で、何故、なんて。
「異能に理由なんてあるんでしょうか」
考えるのが馬鹿らしい、とは言わないけれど……そこに理由を求めるのは、雲を掴むようなものなんじゃないだろうか。
他愛ない……星座で運命が決まるんじゃないか、とか、血液型で性格が決まるんじゃないか、とか、その程度の話だと、俺はそう思った。
「俺はあると思ってるよ」
けれど、古泉さんは案外、真面目な顔をしている。
「異能に……つまり、ソウルクリスタルに……本人の気質とか、性格とか、意志とか、望んでることとか……そういうものが出るんだと思ってる」
そう言われてみれば確かに、茜さんの異能なんかは、そのまんま、性格由来なんじゃないか、とも思える。
けれど、異能が先か性格が先か、っていう問題になる訳で……つまり、俺はやっぱり半信半疑だった。
そんな俺の様子を見てか、古泉さんは少し笑って、続けた。
「……ソウルクリスタルが砕ける時ってな、凄いぞ。『心が折れる』んだ」
「ヒーローとして戦う意志そのものが砕けたような感覚だったな。ああもう駄目だ、って、絶望みたいな感覚でなぁ」
そういえば、古泉さんはソウルクリスタルが一度砕けて……それから、2つ目のソウルクリスタルを手に入れた、んだったっけ。
前、ソウルクリスタル研究所の日比谷所長がそんな話をしていた。
「俺は、ソウルクリスタルは、その人の心そのものだと思ってる。……俺が2つ目のソウルクリスタルを手に入れられたのは、そうしたい、と強く思えたからだと思っているよ」
その程度で、と、思わないでも無い。
だったら、ソウルクリスタルを破損したヒーロー達は全員、簡単に復帰できるだろう、と。
……けれど、『心が折れる』感覚の後に、まだヒーローをやりたい、と強く思う、というのは難しい、ということなのか……或いは、古泉さんの意志が、それほどまでに強かった、という事なのか。
「そんなに単純なもんなのか、って思うけれどなぁ……俺自身の事だから、そう思わざるを得なかった、っていうか……そう思いたかっただけなのかもしれない、けどな」
古泉さんは少し目を伏せたかと思うと、はっとしたように顔を上げた。
「そういう話じゃなかったな。真君の異能の話だった。……まぁ、なんだ。安心したよ。不安定な異能を持つ人は不安定な人が多い。不安定な人なら、異能もまた不安定になる。真君の異能ははっきりしないものだが、君なら大丈夫だろう」
古泉さんはそこで一息ついてから、ただし、と付け加えた。
「当然だが、無理は禁物だからな。もう二度と21日も目覚めない、なんてことにならないようにしてくれ」
少し弾みをつけて、ブランコから立ち上がる。
「さて、そろそろ戻らないとまた茜がうるさいだろうしなぁ」
軋んで音を立てるブランコを背に、俺達は事務所へ帰ることにした。