51話
本当なら、何故通信機を使わなかったのか、と聞かれて、途中で壊れてしまったんです、と答えるはずだった。
それから、何故俺だけが来たのか、と聞かれて、他の人は治療中、或いはアイディオンに質問中なんです、と答えるはずだった。
……俺は、つじつま合わせの材料をしっかり作ったにもかかわらず……それらを使う前、『架空の勝利報告』を行った直後、意識を失ったらしい。
微かに、シルフボードの制御を失って墜落した事を覚えている。
「ねえ、君はいくつ願い事があるの?」
ぼんやり、と意識が捕らえたのは、1人の女の子の姿。
どこかで見たことがあるような気がするのに、どこで見たのか思い出せない。
「そんなにたくさんは無いつもりだけれど」
体を起こそうとして、あまりにもふわふわするので……成程、これは夢の中なんだろうな、と勝手に納得する。
あれだけヒーローが居たんだから、多分、死んだって事は……無いはずだ。
「私はいっぱい、あるよ。ご飯食べたい、ふかふかのお布団で寝たい……まだまだいっぱい」
「それは願い事って言わないよ」
不安定な空間の中で、なんとか体勢を整えて、座る。
「願わなきゃ叶わない事が、願い事だと思う」
願っても叶わないことが、とは、言わなかった。
それを言うには、目の前の女の子は少々幼すぎるように思えたから。
「……そうなの?」
「俺は、そう思うよ」
「そっか、うん。まだ、起きてない事で……お願いして、叶えたい事が願い事かぁ」
目の前の女の子は、願えば叶うと信じている。
それは悪いことじゃない。
そう思っていることは、必ずしも悪い方向に作用するわけじゃない。
このぐらいの女の子になら、きっといい方向に作用するだろう。
「じゃあ、あなたの願い事は、何?」
「……俺は」
だから、目の前の女の子の問いについて少し考えて。
「内緒」
何も、言わないことにした。
息継ぎをするように、意識が浮上する。
目を開くほどの気力は無い。
聞きなれた声を聞き、嗅ぎ慣れた匂いを嗅いで、なんとなく安心して……抗えない力によって、意識は深い所へ潜っていってしまう。
数度、そんな息継ぎのような意識の浮上を繰り返した。
もしかしたら、数度、どころでは無く、数十、数百と繰り返したのかもしれないけれど、あまりにも曖昧でぼやけて、はっきりとは分からない。
そんな、何度目になるか分からない意識の浮上をまた繰り返し……また、潜っていく、その間際。
決して慣れ親しんだ感触では無いけれど、心地よい柔らかさを手に感じた。
少しだけ、手に力を込めたのは、本当に、なんとなく、だったのだ。
「真君」
その途端、不意にはっきりと、声が聞こえた。
頭を殴られたような、頭に電流が走ったような、そんな衝撃を感じて目を開いた。
目の前に広がるのは、見慣れた天井……だけではなかった。
「真、君」
表情を変えるでもなく、ただ、その大きな瞳を潤ませるだけの桜さんが視界いっぱいに見えて、咄嗟に何も判断できず……とりあえず俺は、混乱した。
「え、えと、桜、さん……?」
「見えなかったの」
ついにぼろぼろと、涙をこぼし始めた桜さんにますます混乱するしかない。
「真君が、いつ目を覚ますか、全然、見えなくて」
……暫く考えて、やっと分かった。
桜さんの2つ目の異能の事だ。
桜さんは俺が目を覚ます未来が見えなかったんだろう。
「大丈夫?痛い所、無い?」
声が震えるでも、表情が歪むでも無く、桜さんはただただ、大粒の涙をこぼし続けている。
「大丈夫……あれ」
なんとか、桜さんを泣き止ませなきゃいけないような気がして、体を起こそうとして……失敗した。
その後数度、挑戦してみたものの……やはり、体に力が入らない。
よくよく体の調子を確かめてみたら、まともに力が入る個所が無い。
嫌な予感がして、聞いてみた。
「……桜さん、俺、何日位寝てた?」
「21日」
……そりゃ、体が動かない訳だ!
「真さん、お久しぶりです……あ、真さんからしたらそうでもないのか、これ」
「今日はお祝いだね。あ、でも真君は病人食だね!ま、いーや。滅茶苦茶おいしいお粥でも作ってあげる!」
桜さんが部屋を出て、皆を呼んできた途端、俺の部屋は騒がしくなった。
「本当に肝が冷えた。一番の功労者が、1月近く目を覚まさないままだったからなぁ……」
「ソウタ、今日のおかず、1個俺に寄越せよ」
「うー……真さん、あと1日早く起きてくれれば……」
様子を見る限り、全員無事そうだ。
とりあえず、これで安心だ。
「とりあえず、俺が寝てる間に何があったか、教えて下さい」
しかし、俺がこう聞くと……全員、難しい顔をしてしまった。
「……うん、どちらかというと、俺たちは真君の目が覚めたら真君に聞こう、と思ってたんだよなぁ……」
「ありのまま起こった事を話すとですね、フィールドも破られて、俺の異能も効かなくて、俺達が満身創痍になって死にかけてたと思ったら、次の瞬間『賭け』に『勝った』事になってました。何を言ってるのか分からないかもしれませんが、俺達も何が何だか分からないんで、とりあえず真さんに話、聞こうと思って」
……成程、『賭け』に『勝った』事になったか。
それはちょっと予想外だったけれど……あの時、あの場に居たヒーロー達は、俺達『ポーラスター』が『賭け』を持ちかける、という作戦を伝えられていた訳で、まさか、そのフィールドが破られる、なんてことになるとは思ってなかっただろうし……。
「俺は、他のヒーロー達に「勝ちました」と報告をしただけです」
「うん、そんなこったろーとは思ったけどねん。どー考えても真クン以外にこんな訳分かんない事できそうなの、居ないし」
「下手に他のヒーロー達に色々聞いたら、真君の『嘘』がバレてこれまた大変な事になりかねないからなぁ、俺達も大変だったんだぞ……」
……うん。そりゃ、そうだ。
申し訳ない。
「何故か『賭け』に勝ったことになっててさ、だから、急に俺とソウタに支配権が出てきたんだよな」
「あのアイディオンに、『情報とソウルクリスタル』を出すように強制させられる力、っていうか……突然だったのでびっくりしたんですが、それを行使して……」
多分、一番訳が分からなかったのはアイディオンだっただろう。
「なんか、〈何をした……これも狙い通りだったというのか……!〉とか言われたから、胸張って「そーだ!」って言っといた」
訳が分からなかっただろうに、そういう態度を取れた茜さんは立派だと思う。
こういう場合に、俺の異能について仲間が知っていてくれている、という事は大きなメリットだよな。
同じ戦場で戦う以上、仲間も『騙せる』人の数に入れられない、という事はデメリットになりがちだけれど……それ以上に、フォローしてくれる、というのは有難い。
「そしたら、ま……何故か、ソウルクリスタルと情報を貰えたんでな、それ持って、そのまま引き上げてきた」
それがこれだ、と、古泉さんが見せてくれたのは、見たことの無いサイズのソウルクリスタルだった。
Lv30のもの、ともなると、片手にはとても収まりきらない。
古泉さんでも両手で持つような状態だ。
「……こんな相手を、倒しちゃったんですね」
「まあ、そうなるな。……本当に、真君の手柄だ。助かったよ」
古泉さんにそう言われても、正直、実感は全く無い。
なんだかまだ夢を見ているような気分だ。
「情報は」
「あー……それについてなんだけどさ。解析中。他のアイディオン達の居場所、吐かせたんだけどさ、それの記憶媒体だ、っつって出してきた奴が……うん、訳分かんない作りしてるらしくてさ、恭介君がかれこれ15日位頑張ってる」
「頑張ってます」
恭介さんが死んだ魚のような目で、全く力の感じられないガッツポーズを見せてくれた。
成程、難航しているらしい。
「ま、俺とソウタに支配権があったことについては、ちゃんとできてると思うぜ。だからそれも、解析できればちゃんと情報として使えると思う」
「分かりやすい媒体で情報を寄越せ、にすれば良かったのかなぁ……」
コウタ君とソウタ君の異能の範疇だから、情報が偽物だったりする心配はなさそうだけれど……恭介さんに頑張ってもらおう。
「それで、真クンについて、なんだけどさ。ごめん、色々あって、やっぱ病院じゃなくてうちに置いといた方がいいよね、って事になって。とりあえず私のキスで延命してただけだからさ、筋力落ちちゃってるよね」
俺が21日も寝ていて、それで筋力の低下だけで済んでいるのは茜さんの異能のおかげ、らしい。
「いや、正直さ、『天国味わわせちゃう』異能って、真君に使うの洒落になんないかなーとか思ったんだけど。ま、目、覚めて良かったよ。私のキスじゃなくて、桜の涙で目覚めた辺りは流石、よく分かってるよね、真クン」
けらけらと茜さんが笑っているけれど……うん、確かに、洒落にならないな。
なんというか……うん。『天国』実体験しなくて済んで、本当に良かった。