48話
そうして、あっさりと時間は流れて、決戦前夜になってしまった。
今日は早めに寝よう、という事で夜9時には全員就寝したのだが、なんとなく眠れなくて水でも飲もうか、と食堂へ降りた。
「真君」
しかし、そこには先客が居た。
「……どうしたの、桜さん」
「……なんとなく、眠れないの」
もしLv30のアイディオンと『殴り合い』になったら、桜さんが主線力だ。
そのプレッシャーもあるんだろう。
その点、俺は殴り合いになった時点で殆ど何もできないから、そういうプレッシャーは無い。
俺は決して、何の異能持ちなのかのヒントを相手に与えちゃいけないのだから。
……逆に、それ以前とそれ以降については、俺の働きによって戦況が逆転しかねない。
俺はそこに緊張していた。
「……失礼、かもしれないけれど……真君も、孤児、なんだよね」
『も』という事は、桜さんも、なんだろう。
……なんとなく、そんな気はしていたけれど。
そうでも無かったら、この年の女の子が事務所に住み込みでヒーロー業なんて、やっていないと思う。
「私も。……もう、10年位に、なるのかな」
何のことか、すぐに分かった。
明日、Lv30のアイディオンと戦う事、俺も桜さんも孤児であるという事。そして、10年前。
「アイディオンが初めて街に直接現れた日、の事、か」
10年前。
俺はまだ7歳で、桜さんも7歳だったはずだ。
そのころは今よりもアイディオンについて分かっていなくて、ヒーローの数も少なかった。
けれど、今よりはずっとアイディオンは少なかったし、レベルも低かったし、そもそも、街に直接現れて攻めてくることも無かった。
大体、街の外からやって来ていたから、防壁越しに一斉掃射すれば何とかなったのだ。
だから、すぐに人類が滅びたりすることは無かったのだけれど。
……アイディオンが初めて観測されてから7年。
あの日、超高レベルのアイディオンがいきなり街中に現れたのだ。
当時はシールドといったら、街を囲う防壁と、高級住宅街のほんの一部に使われている位で、それにしてもかなり効率が悪い代物だったらしい。
それまでは、防壁の外からアイディオンが来るだけだったから、それで済んだ。
しかし、ひとたびシールドの内側に入り込まれたら……本当に、ひとたまりも無かったのだ。
あっという間に道路は砕け、建物は崩れ、そして人が死んだ。
その時、俺は孤児になったし、多分、桜さんも。……多分、コウタ君とソウタ君もそうなんだろう。
その時のアイディオンのレベルが、30程度だったと言われている。
ヒーロー1人位じゃとても太刀打ちできず、街は蹂躙された。
そのアイディオンは街を破壊しつくした。街が今の規模になり、人々が肩を寄せ合うようにその中で生きるようになったのは、そういう訳なのである。
10年前のLv30アイディオンの侵攻時の死者は、5桁に上る、とも言われている。
……正確には分からないのだ。
死体すら残らなかった人も多い。
骨のかけら、遺品の1つも残らなかった、なんてことも珍しくない。
戸籍を調べる暇は当時、とてもじゃないけれど無かったし、大体、戸籍を管理していた役所自体が消えてしまった、という事もある。
異能とは、そういうものなのだ。
人に向けて振るえばあっという間に、命が痕跡すら残さず消えていく。
あの日を境に、アイディオンの強さは増した。
いきなり街に現れる事もままあるようになった。今となっては、珍しくもなんともなくなってさえいる。
……しかし、それと同時に、ヒーローの数も急激に増えた。
増えたヒーローと、進歩するシールド技術のおかげで人類は未だにしぶとく生き残っている。
アイディオンという、謎の敵を相手に、それでも、まだ、なんとか。
……なんとなく、いつか、そう遠くない日にまた、より進化したアイディオンが襲ってくるような気がして仕方がないのだ。
ヒーローが強くなれば、アイディオンがまた強くなって、そしてまたヒーローが強くなって……という、インフレしていくいたちごっこが続いていくような、そんな気がして。
「Lv30ぐらいのアイディオンと戦うことになったのは、今回が2回目。前、Lv27のアイディオンとは戦った。……もしかしたら、あの時のアイディオンかもしれない、って、思いながら、戦ってた」
珍しく、桜さんの瞳の中に、憎悪らしき炎がちらり、と見える。
「今回、そうだったらいいな、って、思ってる」
今更、あの時街を破壊して、俺達を孤児にしたアイディオンを倒したところで、街も人も帰っては来ない。
それは分かっているけれど、それでも。
「……俺も、思ってるよ」
この感情はどうしようもない。
「いいのかな、思っても。……何かを憎い、って、思っても、いいのかな。私は……ヒーロー、なのに」
憎悪は正義の徒らしからぬ感情なのだろうか。
過去の怒りを今にぶつけるのは間違っているのだろうか。
「真君。……真君は、なんで自分がアイディオンじゃないんだろう、って、考えた事、ある?」
何故アイディオンじゃないか。
……それは、どういう意味だろう。
俺の困惑が伝わったのか、桜さんは言葉を継ぎ足していく。
「ええ、と。……アイディオンと、ヒーローの違いって、何だろう、って。私はもしかしたら、アイディオンなんじゃないか、って。そう、考えたことがあるの」
アイディオンについて分かっている事と言えば、異能を使うという事と、人を襲うという事だけだ。
そして、ヒーローとは、異能を使ってアイディオンと戦う、というだけの存在だ。
両者をはっきりと分ける線は確かにどこにもありはしない。
「桜さんがアイディオンと戦っているなら、アイディオンから守りたい何かがあって、その為に戦ってるなら……桜さんはアイディオンじゃないよ」
両者を分けるものがどこかにあるとするならば、それはその目的、心、そういうものでしかない。
「こんな気持ち、抱えててもいいの?」
「いいと思うよ。何かを憎む気持ちが大切な物を守る結果になるなら、それでもいいと思う」
ヒーローだって人間だから、なんて、甘えたことを言うつもりはない。
ヒーローはヒーローだ。
ヒーローはヒーローらしくいなきゃいけない。
だからこそ、見るのは結果だけでいいんじゃないだろうか。
「Lv30のアイディオンを倒すモチベーションが上がるならそれでいい。Lv30のアイディオンを倒せれば、もう少し世界は平和になるかもしれない。アイディオンの事が分かれば、もっとだ。……何が原動力か、なんて、関係ないよ」
憎しみを糧に生きることが、多くの守りたい人達の安全に繋がるなら、それでもいい。
ヒーローが腹の中で何を思っているかなんて、その人たちには関係ない。
結果だ。
結局は、結果だ。
「……そっか。うん。私が何を思っていても、守られる人たちには、関係ない……そうだね。ヒーローは心の中で泣いていても戦わなきゃいけないし……逆に、戦う事を楽しんでいたって、憎んでたって、戦って、アイディオンを減らせるなら、それは、良いこと……だよね」
『ヒーロー』とは、仮面のようなものでもある。
その裏側の顔がどうであれ、『ヒーロー』として、正義の徒でいるなら……その裏側で、多少人間らしい事を考えていたって許されるだろう。
「……なんだか、ごめんね。私、こんなのばっかり」
「いや、俺も眠れなかったから」
そういえば水を飲みに来たんだった、と思い出して、特に乾いてもいない喉を潤すために水を一杯飲む。
生温い水も、体温よりは冷たくて、コップ一杯飲み干すと少し、体が落ち着いた気がする。
「それじゃあ、お休みなさい」
「うん、お休み」
俺が水を飲み終わるのを待っていたらしい桜さんが食堂を出て行き、俺も後に続いて出る。
そろそろ無理にでも眠らないと、明日、困るだろうから。
翌朝、なんとなく眠たげな茜さんと恭介さんを見る限り、よく眠れなかったのは俺と桜さんだけじゃなかったらしい。
古泉さんはそんなそぶりは見せないし、コウタ君とソウタ君も大丈夫そうだけれど。
「……ま、一応、最後の確認になるが。……賭けるとしたら、『ポーラスター』全員の命、位のものを賭けなきゃいけなくなると思う。その覚悟はあるか」
朝食の席で、さらり、と古泉さんがそう言い、それぞれがやはり、さらり、と頷く。
とっくに……星間協会合同会議の後からずっと話して……結論が出ている事だった。
Lv30のアイディオン相手に、情報と、そのアイディオン自身の命、もしくはソウルクリスタルを得ようと思ったら、恐らく、1人の命じゃ足りないだろう、と。
……そして、『負けたら俺達は自害する』というような内容で賭ければ……少なくとも、Lv30のアイディオンだけは道連れにできる。
それを見越して、恭介さんはよく砥いだナイフをもう準備していた。
「……ま、負ける事前提で話しても仕方ないな。後は……相手がどの程度乗ってくるか、だが。もし相手が乗ってきたら、真君、頼む。そうでなかったら俺だ。もしできるなら、ベットするのも、俺一人で済ませたいが。……それも状況を見て、って事になるな」
賭けるものについては、古泉さんが一番反対した。
……この中では、古泉さんが最年長だ。
だからか、俺達……自分より若いヒーローを、道連れにしたくない、という思いが強かったらしい。
でも、若くてもなんでも、俺達もヒーローなのだ。
……結局は、茜さんのマシンガントークで古泉さんが折れた。
そもそも、負けなければいい。
それだけの事だし……古泉さんが欠けたらそれ以上、『ポーラスター』が戦う事はきっと難しいのだから。
出すべきところで全部使い尽くす。それだけのことだ。
「……そろそろ、行くかぁ」
朝食が終わって、全員、のんびりと席を立つ。
これから死闘が繰り広げられる、なんて、思えない位に、平和な朝だった。




