45話
2人とも、流石にそれは予想していたのか、それについての驚きはあまり無かったようだ。
「いいのかよ、俺達みたいな素性が良く分かんない奴、雇って」
「それ言うと真君なんてもっとヤバかったからな、大丈夫だ」
今でこそ、『ミリオン・ブレイバーズ』に見つかって大変なことになる危険性は低いが、あの時はうっかり見つかったら『ポーラスター』自体も危なかったかもしれないし。
「君達に関しては向こうも『忘れて』くれるしな。問題ない。……ま、なんだ。給料は殆ど出せないだろうが、君達2人の衣食住の保障はするよ」
「そっか、ならいいや。俺は乗る」
酷くあっさりと、コウタ君がそう言った。
「僕も。コウと一緒に居られて、ご飯が貰えて寝る場所が貰えるなら文句は無いです」
2人とも、打撲傷やあのお腹の空かせようから考えて、あの組織で虐待されていたんだと思う。
なら、給料が出なかったとしても衣食住の保障がある、というだけで高待遇だと考えたんだろう。
「どうせ俺達みたいなコドモが働ける口なんて碌にねーしな。飯と寝床だけでもありがてーけど、百円でも十円でも金が貰えるならもっといいよな」
「もしお給料が出たら院に仕送りできるかなぁ」
「チビ達にお菓子買ってやりたいな」
健気にそんなことを話している2人を見て、古泉さんが「頑張らなきゃなあ」と、至極真面目な響きで呟いた。
「え、と。……俺、コウタ。苗字は……正直、はっきりしねえんだけど、もしかしたら、『イカキ』、だったような……気がする。……よろしく」
「ソウタです。コウタとは多分双子なんですけど、どっちが兄かは分かりません。よろしくお願いします」
すっかり遅くなってしまった昼食を摂りながら、俺達は簡単に自己紹介したり、雑談したりして親睦を深めた。
この双子はなんとなく、この中では俺に一番価値観が似ているらしい。
……つまり、割と貧乏性で、小市民的な感覚をしているらしかった。
そのあたりを見込まれてか、単純にシルフボードの知識があるからかは分からないが、食事の後、古泉さんにお金を渡されて、コウタ君とソウタ君の生活用品と一緒に、彼らのシルフボードを買いに行った。
……ここらへんの費用に関しては、ぶんどってきた2218万円……から、俺が嘘で作った500万円を引いた、1718万円、から出している。
古泉さんもこのお金に手を付けるのはどうなんだろう、と考えていたらしいが、コウタ君とソウタ君があの組織で虐待されていた分の、あの組織から2人への補填だと思えば、という事で2人の生活基盤を整えるためには使う事にしたらしい。
「はいはいはいはいこれでいいね」
そして、案の定というか……茜さんが大躍進していた。
適当に選ばれたように見える服が全部サイズぴったり、っていうのは凄いと思う。
「2人とも体型ぴったり一緒だからさ、実質選ぶの1人分で楽でいーね、これ」
との事だった。
シルフボード選びに関しては、恭介さんの意見も参考にして選ぶことにした。
恭介さん曰く。
「他はどうでもいいんで、とりあえずコアだけ何とかなってれば何でもいいです。あと、どうしようもなさげな……外身とか、そういう所だけなんとかしてくれれば。そこら辺は真さんの方が詳しいですよね、任せます。じゃあ俺はまた無理ゲーに挑むので」
……との事で、とりあえず2人の移動手段なのだから、アクロバット飛行はあまりしない想定で、初心者でも安定して飛べることを優先した形状のものを選んだ。
コアについては、何分、先立つものの量が量なので、かなり良い物を使っている機種を選べたと思う。
「俺達、こーいうの乗った事ねーけど、初心者でも乗れるもんなのか?」
「大丈夫だよ。2人共、一応ヒーローである以上、身体能力の強化は一般人よりされてるし。それに、俺だって最初は初心者だったんだから」
そう言えば、コウタ君は、そんなもんか?と、納得したのかしていないのか、首を捻って見せた。
ということで、買ったものとコウタ君ソウタ君を俺と茜さんがなんとか持って飛ぶ、というのは流石に無理があったので、コウタ君とソウタ君には悪いが、早速シルフボードに乗ってもらう事にした。
「とりあえずまずは、安定して浮くために体の重心とか、覚えて」
近くの公園に移動して、コウタ君とソウタ君に練習してもらう。
「う、浮いてますか?これ、これでいいんですか?」
「大丈夫。そしたら、動いてみようか。最初は重心移動だけで動く練習をしてみよう」
案外2人とも筋が良く、練習を始めて30分もすれば、飛びたての鳥の雛のような覚束ない飛び方ながら、そこそこの高度でそこそこの速度を出せるようになった。
「それじゃ、帰ろっか。なんかあった時は私がキャッチするから、真クンは荷物よろしくぅ」
茜さんというセーフティネットがある、という状況に安心を得たのか、双子は緊張気味にシルフボードを発進させた。
俺は2人の後をついて行く。
途中、ふらつくようならその都度アドバイスした。
2人とも落ち着いて聞いてくれたので、大きな事故も無く(一回、コウタ君が背面飛行になってパニックになりかけた位で)無事、事務所まで戻ってくることができた。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
「……ええと、ただいま、でいいのかなぁ」
「た、ただいま……俺もう無理……」
「お疲れ。……大丈夫か?」
古泉さんは俺達を微笑ましげに眺めつつ、くったりした双子(主にコウタ君の方)を労う。
「さ、コウタ君とソウタ君はおやつでも食べて休憩してくれ。あと1時間もしたら出番だから」
そして、箱に入った少し高そうな焼き菓子(茜さんが仕事先で貰ってきたらしい)を差し出しつつ、古泉さんは不穏な事を言った。
「依頼主が来る。その時、ちょっと君達……というか、ソウタ君には演技してもらう必要があるな」
双子は顔を見合わせ……「もう好きにしてくれ」というように、諦めの浮かんだ表情で頷いた。
依頼主は、突然の連絡にも関わらずやってきた。
「どうも。ではこちらへ」
満面の笑みを浮かべた古泉さんに誘われて応接間に入ってきた。
……そして、そこで目を丸くすることになる。
そこには、以前の恰好……シャツに黒のクロスタイ、という格好の2人がいたからだ。
「え、あの、2人……?」
「とりあえず、おかけください」
依頼人の困惑は他所に、古泉さんはソファを勧め、机の上に封筒と腕時計を置いた。
「この『2人』に聞いた所、あなたの被害額とあなたの腕時計はこれだ、ということでしたので。ご確認ください」
……因みに。
この依頼人からお金と腕時計を巻き上げたのはコウタ君の方だが。
コウタ君曰く、「あのオッサン負けこむ分のめりこむタイプでさ、俺は普通に5万巻き上げて終わろうと思ったのにもう一戦、もう一戦、っつって結局腕時計まで賭けやがって……いや、いいカモだったけど」との事だった。
ここまで巻き上げられたのは依頼人の意思に基づくものだったのだ。
依頼人は完全に自ら賭けに乗った、という訳で。
……なので、俺達はこの依頼人に対してそこまでの同情は無い。
コウタ君のやり方が性質の悪いやり方だったとしても、こんな子供相手に乗る方も乗る方だし、責任は半々だと思っている。
困惑しながら依頼人が封筒の中身を数え、腕時計を確認する。
「はい、これで間違いないです」
「そうですか。それは良かった。……さて、そして、犯人をこてんぱんに、の所なのですが……」
そこで初めて、古泉さんは双子に視線をやる。
双子は……凄かった。
2人とも少ししょんぼり気味の表情を浮かべている。
ソウタ君がコウタ君のふりをしているのだが……態度や表情、雰囲気が近づけば、本当にこの双子は見分けがつかなかった。
「どっちが犯人ですか?正直、こちら側としても判断がつかなくて。犯人は1人だったんですよね?」
「え、ええ、まあ……」
依頼人はもう、途方に暮れた顔をしていた。
「なら、片方は何の罪も無い事になる。罪の無い相手を『こてんぱんに』するのもどうかと思いまして、依頼者様のご判断に任せようと」
……任されても困るだろう。
「だから、俺がやったって言ってるだろ!こいつは関係ない!」
「違うっつの!俺がやったんだよ!なんでこいつがやったことになるんだよ!」
そして、コウタ君とソウタ君はこんな調子である。
依頼者はすっかり困り果てていた。
「……どうなさいますか?」
「なあ、俺がやったんだよな?分かるよな?頼むよ、こいつは関係ないんだ」
「俺と勝負したじゃねえかよ!な?なんかするなら俺にしてくれよ」
そして、双子が依頼者に詰め寄る。
「俺、ちゃんと心を入れ替えて真面目に働くからさ、こいつは見逃してやってくれ!」
「違うって!だから俺が!」
……そして、双子に壁際まで追い詰められて訳の分からない懇願をされ続けた依頼者は遂に根負けし、古泉さんに助けを求めた。
「では、この……2人については、両者ともに異能を持っている事が分かりましたので、こちらで更生させます」
「あ、はい。もうそれでいいです」
元々、鬱憤を晴らすための依頼だったのだろうから、すっかりしょんぼりして半分涙目で懇願してくる双子を見て、混乱と相まって、怒りがしぼんでしまったらしい。
依頼者は幾つか書類にサインして、依頼料を払って帰っていった。
「……よし。儲けた」
そして古泉さんは封筒の中身を確認してにんまりした。
「はー、久しぶりにコウタのふりしたなぁ」
「でもやっぱ、ソウタが俺のふりしても微妙に違うよなー」
慣れない事をしたからか疲れ気味のソウタ君と、けらけら笑うコウタ君は……なんというか、うん、やっぱり、雑草根性というか……けっこう、図太いらしかった。