43話
コウタ君とソウタ君を組織とやらに帰してから1時間半程度。
「じゃ、行こうか」
俺がソウタ君とコウタ君から聞いたボスの特徴から生み出した幻影を引きずって、俺達は繁華街の裏通り、とある建物に殴り込みに入ることにした。
登場はできるだけ派手に、という事で、堂々と建物に入るのではなく、わざわざ窓ガラスを割って中に入った。
硝子の砕ける甲高く鋭い音は、中に居る人たちに対して十分な効き目があったらしい。
「敵襲だ!」
音の出所を見るまでも無い、ということか。
たちどころに奥の方から武器を持った人たちが現れるが、古泉さんが持っている幻影を見て、攻撃を躊躇う。
「おい、こいつの命が惜しいなら全員武器を捨てろ」
ヒーロー離れした台詞を古泉さんが吐き出しながら、幻影を掲げる。……いや、多分もう、幻影じゃなくなってるんだろう。その挙動が、幻影を持ち上げているにはやや重すぎる。
「な、なんで!?」
「護衛の異能者はどうした!?まさか、やられたのか!?」
幻影だったものを見て彼らは大いに混乱しているらしい。
……その口ぶりからすると、このボスにはコウタ君でもソウタ君でも無い異能持ちの護衛がついていたんだろう。
となれば、早く蹴りを付けてしまいたい所だけれど。
……緊張が走る建物の中、武器が床に落ちる音が響いた。
全員武器を捨てている所を見ると、このボスはそこそこ人望があるらしい。
「……何が狙いだ」
緊張の最中、静かに出てきた人はここのナンバーツー、といったところのポジションかもしれない。
「何だと思う?」
古泉さんは嘲笑うように質問で質問に返すと、ぐるり、と辺りを見回した。
俺もそれに倣うと、数十名の人の中にコウタ君とソウタ君もいた。
2人は後ろの方で寄り添うように立っている。
……一応、2人も異能持ちなんだけれど、戦闘員扱いはされていないようだ。
それでも頑張ってもらわなきゃいけないから、その為にそうせざるを得ない状況を作り出さなければいけない。
「金か?」
「それもいいな。でも、違うね」
古泉さんは存分にヒーローらしからぬ台詞を吐き出していく。
「お前ら全員の命だよ」
その言葉を合図に、俺が動く。
俺が手に持っていたのは紙とペン。
これはコウタ君とソウタ君向けのごまかしだけれど、発動条件がある、と思わせられればむしろ信憑性は上がる。
紙に素早く、『氷』と書いて掲げて……そこに幻影を被せるようにして、氷の塊と成す。
全方位の人達から見えるように、段階的に素早く氷の塊の幻影を大きくしていき……俺を中心にして、床を一気に凍り付かせていく。
ついでに、恭介さんがカルディア・デバイスに入れてくれたSE……『氷河』という名前が付けられた音声を再生すれば、如何にもそれっぽく床が凍り付いていくように見えるのだ。
事実、その場に居た人達は皆、それを信じてくれたらしい。
……異能持ちだ、というアピールがあれば、混乱下の一般人を騙すことも簡単にできる。
そういういみでも、紙とペンは中々良いアイデアだった。
つくづく、昨夜の古泉さんに感謝だ。
「う、嘘だろ!?おい!こんなことしてお前らに何の得があるんだよ!」
「本当に俺達を殺そうってのかよ!?」
凍り付いた床は、徐々にその範囲を広げ、そこに立っていた人たちの足先を蝕み始める。
「ははは、護衛に異能持ちが居ると聞いていたが口ほどにもなかったし、こりゃ案外、楽に終わりそうだな」
氷は当然幻影だが、下手に信じ込まれると本当にそれで死なれかねない。
コウタ君とソウタ君を見る。
2人は氷の床に驚きながらも、俺のアイコンタクトを受け取ってくれた。
「なあ、賭けねえか!」
そして、混乱を打ち砕くようにコウタ君が叫ぶ。
ここまで、大体打ち合わせ通りだ。
「俺と賭けをしよう。何かゲームをやって……なあ、どうだ。俺が勝ったら、俺達を見逃してくれ。もしお前らが勝ったら……俺達を殺すなりしていい!」
コウタ君の叫びに、十数人の人達が反応する。
勝手な事を、と言う人は居たが、それ以上に、縋れるものならなんにでも縋りたい人の方が多かった。
それを確認して、古泉さんはまた悪人面を浮かべながら……それを蹴る。
「断る。そんなことして俺達に何のメリットがあるんだ?」
「なら、金も出す!ここに……500万ある!これでどうだ、なあ!」
コウタ君が腕を伸ばして、机の上にあった封筒を掲げた。
勿論、俺達が持たせたものだ。
「それっぽっちか?……大体、お前にそんなものを賭ける権利があるのか?見た所お前、下っ端だろう?そんな賭けにもならないような賭けに乗ってやる気は無いね」
コウタ君が黙ると、代わりに周りの人達が騒ぎ始めた。
「俺も賭ける!金も出す!100万上乗せしてどうだ!?」
「俺も追加だ!」
……異能持ちはその護衛とやらの他、ここにはコウタ君とソウタ君しかいないのだろう。
だから、この人たちはここに賭けるしかない。
口々に、俺達が賭けに乗るように、ベットを釣り上げていく。
そして、それが大方終わった頃……古泉さんは、もう一煽りする。
「そんな下っ端に自分たちの命を預けるとは、とんだお笑い草だよなぁ?……賭けには乗らない。俺と勝負したいならせめてそこのアンタかボスに出てきてもらいたかったもんだな」
古泉さんが凍った床で靴を鳴らし、出口に向かって歩を進める。
……ここで出てきてくれなかったらちょっと面倒なのだけれど……。
「……待て」
来た。
内心大喜びしながら、俺と古泉さんは振り返って……今や、膝上まで氷に覆われたボスその人を見る。
「お前らが欲しいのはこれじゃないのか?」
そして、内ポケットから取り出されたのは、何か……記録端末、だろうか。
古泉さんが不審げな顔でそれを見ると、解説が入った。
「取引先に受け渡す例のデータだ。……これも賭けよう。俺が相手をする。どうだ」
何のデータなのかさっぱりだし、そんなものに興味なんて無いのだけれど、とりあえずここで乗っておくことにした。
「……暇つぶし位にはなってくれよ?」
古泉さんは面倒くさそうに、俺を小突いて前に出す。
「勝負するのはこいつとだ。ゲームはポーカー。それでいいな?」
古泉さんがそう言った瞬間、俺達は全員……煌びやかな空間に居た。
「ようこそ、僕達のカジノへ」
ここがコウタ君とソウタ君の『フィールド』なのだろう。
夜闇の中にネオンが光る街の中、華美でいながら下卑では無い建物、と言った所だろうか。
見渡す限り、カードゲームをするらしい台やルーレット、ビリヤード台と道具一揃い、ダーツなどが揃い、遊戯施設らしい内装になっている。
……所々、カジノらしからぬものもあったりするのだけれど。
筆頭は碁盤と碁石。
あれで古泉さんはコウタ君をこてんぱんにしたのだろう。多分。
「掛け金の確認をするぜ。ええと……こっち側は、俺達全員の身柄と自由、2218万円、それから、データ入りの記録端末を賭ける。そっちは、俺達の命を今後5年間狙わない約束を賭ける、ってことでいいか?」
「それでいい」
「勝負をするのは、こっちのボスと、そっちの……若い方の人。いいですか?」
「いいよ」
「ゲームはポーカーだ。10ラウンドやって、チップが多い方の勝ち。或いは、チップが無くなったらその時点で負けだ。相手がドロップした時、カードは公開しなくていい。同じ役なら数字の差、同じ数字ならスートの差で勝敗を決める。ジョーカーが入った役はその役の中で最弱。いいか?」
「構わない」
賭けの内容の最終決定が行われた、ということなのだろう。
俺は瞬時に移動させられて、机の前に座らされていた。
向かいには例のボスさんが居て、その脇にコウタ君とソウタ君が居る。
カードを配ったりするのはこの2人の役目らしい。
「じゃあ、始めるぞ。準備はいいか?」
「俺はいつでもオーケーだよ」
コウタ君の不安げな顔に笑顔で答える。
自信は大いにある。
ブラフゲームなんて、俺の独壇場でしかないのだから。