41話
「よし、じゃあ、明日からもう働いてもらう事になりそうだからな。今日はもう寝よう。2人じゃ狭いだろうが、そっちの部屋を使ってくれ」
とりあえずコウタ君とソウタ君は風呂に放り込まれて洗われて乾かされて、古泉さんの部屋で寝かされることになった。
その為、今日、古泉さんは応接間のソファで寝るそうだ。
……俺のベッドを明け渡すことを先に提案したのだけれど、書類仕事がもう少し残っているから、ということで古泉さんに押し切られてしまった。
なんだか申し訳ない。
「……さて、叔父さん。一応、どういうつもりか説明してもらいたいんだけどなー。うちの火の車をおしてまで、叔父さんが『善意だけで』あの子たちを助けるとは思えないんだけどなー」
コウタ君とソウタ君が寝息を立てているのを確認した後、俺達は……応接間だとなんとなく、コウタ君とソウタ君に聞かれそうだったので、という理由で、恭介さんの作業室に集まっていた。
集まってドアを閉めた途端、茜さんが古泉さんをじっとりした目で見ながら問うと、古泉さんは肩を竦めてみせた。
「心外だな。茜は俺のことを何だと思ってるんだ」
「面白いこと隠しといて1人で楽しもうと思ってるずるいおっさん」
「それこそ心外だな!」
茜さんと古泉さんがそんなやり取りをしている間、桜さんはちょっと首を傾げながら虚空を見つめていたかと思うと、急に、ぽつん、と疑問符付きで言葉を宙に浮かべた。
「……会議?」
その単語だけで、古泉さんは『あー』というような顔をした。
正解らしい、けれど……会議、ってなんだ?
「え……え!?も、もしかして……また、アレの予定が……?」
そして、茜さんは慄き。
「……今度こそ俺の出番ですかね」
恭介さんが薄暗い笑みを浮かべ。
「……Lv、いくつ?」
桜さんはいつも通り、少し首を傾げる。
「うん、皆全く持って察しがいいな。……来月の頭、俺達が戦う事になるのは恐らく……Lv30程度のアイディオンだ」
Lv……30?
そんなアイディオンが出てきたら、正に災害級、と言ってもいい。
Lv30はLv10の3倍強い、訳では無い。
3倍じゃ済まないはずだ。
アイディオンのLvは上がっていくにつれて加速度的にアイディオンの強さを増していく。
Lv30のアイディオンが1体市街地に現れたら……ヒーローが居たとしても余程上手く戦わない限り、死者が1000人は出るだろう。
そして、その場にヒーローが居なかったら、もっとだ。
……あんなことがもう無いように、シールドの研究は日々躍進している訳だけれど。
けれど、そんなアイディオンと戦う『予定』というのが、そもそもおかしい。
アイディオンは神出鬼没。
いつ出て来るか分からないはずだ。
「アイディオンが出て来るタイミングが分かるんですか?」
当然の疑問を古泉さんに投げかけると、にやり、と古泉さんは笑って、こんな事を言う。
「ああ。……ただ、出て来るタイミング、じゃなくて、戦うタイミング、だな。……何せ、今回は俺達から攻めに行くんだから」
攻めに……ということは。
「アイディオンの本拠地が分かった、っていう事ですか?」
「また1つ、ってところだがなぁ。ま、ここら辺は日進月歩だ」
それは……それは、画期的な事だ!
アイディオンの本拠地が分かって、叩きに行ける!
そんなことができるなら……。
……ふと、疑問に思う。
「Lv30以上のアイディオンがそこには沢山いる、ってことですか?」
「いや、今回『ポーラスター』が任されるのがボスに当たるアイディオンでなぁ。……他のヒーロー事務所が露払いをしてくれる予定だ」
疑問は、確信に変わった。
だって、どう考えてもおかしい。
『ポーラスター』に『カミカゼ・バタフライ』がいるからと言っても、おかしい。
「……大手は参戦、しないんですね?」
大手の……例えが悪いが、『ミリオン・ブレイバーズ』位の規模の企業なら、幾らでもある。
Lv10のヒーローを複数抱えている所だって、そうは珍しくない。
なのに、零細ヒーロー事務所『ポーラスター』がボスを任される理由があるとしたら、今回のアイディオンの本拠地への侵攻に携わるのが……全て、『ポーラスター』レベルの、零細ヒーロー事務所だ、というぐらいしか考えつかない!
「ああ、そうだ」
そしてそれは、正しかったらしい。
どこか厳しい表情を浮かべる古泉さんに、なんでですか、と聞き返す。
「……うん。そういえば、真君にはまだ言ってなかったんだっけか。ゴタゴタしてたしな。うん。丁度いい機会だ。言っておこう」
古泉さんは、『スカイ・ダイバー』らしい……ヒーローらしい表情で、続けた。
「『ポーラスター』の目標は、この世の全てのヒーロー企業を廃業させることだ」
「真クン、なんとなーく分かると思うんだけどさ、全てのヒーロー企業がアイディオンの撲滅を望んでる訳じゃないんだよね」
そう言われてみれば……なんとなく、分かる。
「利益のためですか」
「単純に言っちゃえばそうとも言えるかもねん。アイディオン居ないとヒーロー業って便利屋と変わんないし?……悪役が居ないと、『ヒーロー』が成り立たないんだよね」
……アイディオンを倒すことで、助成金が貰える。
アイディオンから得られるソウルクリスタルは金になる。
……そう考えれば、アイディオンは利益の源なのだ。
その裏で、アイディオンによって傷つき、死んでいく人が居たとしても。
「……だから、『ポーラスター』は、ヒーローの要らない世界を作る、ヒーロー事務所。いつかは、私達もヒーローを辞めるときが来るように……頑張るの」
成程、そういう意味で『この世のすべてのヒーロー企業を廃業させる』のか。
そこには『ポーラスター』すら含んで。
俺達がヒーローをいつか辞められるように。
「大手は……そうじゃないとこも無い訳じゃないですけど、ヒーローらしくないヒーロー企業、多いんで。ヒーロー業は金になるし、しょうがないっちゃしょうがないんですけどね、それにしたって……アイディオンに滅ばれたら困る、ってとこは多いんですよ」
「そのくせ、口じゃ『平和が一番だ』とか言ってんだからホントにむかつくっていうかさ、アイディオンより先にあいつらの毛根根絶やしにしてやりたいよね!」
「そうじゃなくても、『ヒーローをやりたいヒーロー』は案外居る。悪が居るから正義でいられるわけで……だから、アイディオンが居なくなることを望んでいない。そいつらは当然、表だって反対はしてこないが、その分、厄介なんだよな……ま、そういう訳で『ポーラスター』はあんまり大手と仲が良くないんだ。知ってると思うが」
それで、大手が一切参戦しない、なんてことになる訳か。
……下手したら、邪魔される可能性すらありそうだし。
いや、そんな大手ばっかりじゃないとは思うけれど……俺が一番よく知ってる大手が『ミリオン・ブレイバーズ』だから……。
「ということで、俺達はLv30のアイディオン相手に戦わなきゃいけなくてな。最悪の場合は他所……『ビッグ・ディッパー』か『イリアコ・システィマ』辺りに任せる事にするか、とも考えていたんだが。フィールド系の異能持ちがいれば、十分俺達だけでも対処できる可能性はある」
「それでコウ君とソウ君かー。うん、確かに戦力としてはうちにいないタイプだし、そもそも他所にもあんまいないタイプだし、それだけで貴重ではあるよね。うん。ヒーロー1人分で2人分の食費がかかる、ってのは2人の境遇でさっぴいてあげよっか、ってとこ?」
「ま、そんなとこだ」
……しかし、その話を聞く以上……俺達は……ええと、今月のノルマを達成するために今月いっぱい、とにかくアイディオンを狩らなきゃいけなくて、その上、コウタ君とソウタ君と依頼の問題もあって……さらに、Lv30のアイディオン、というハードスケジュールになる訳で。
「ということで、明日から中々ハードなスケジュールになる。とりあえず明日は茜と桜ちゃんにアイディオンを狩ってもらいつつ、コウタ君とソウタ君のカルディア・デバイスを恭介君になんとかしてもらって、俺と真君でコウタ君とソウタ君の診断書取ってついでに2人が買われた先を潰してくる、ってかんじになると思う。各自頑張ってくれ」
「えー!?ちょ、私、明日モデル業の方もあるんだけどーッ!?」
「……がんばる」
「……2人で1つのソウルクリスタルか……」
古泉さんの落としていった爆弾にそれぞれが反応する中、古泉さんは、俺を見て爽やかににっこり笑った。
俺もとりあえず笑っておいた。
……早く寝よう。
「おはようございます」
翌朝。
起きて食堂に行くと、もう桜さんが食事の支度を始めていた。
「おはよう。……眠れなかったの?」
桜さんは俺の顔を見てそう言う。
俺は余程酷い顔をしているらしい。
「なんとなく……うん。Lv30のアイディオン、ってなると、さ」
桜さんは一旦、料理の手を止めた。
「私は昔よりずっとずっと、強くなった。だから、大丈夫。前も、Lv27のアイディオンとなら、戦った事はあるよ。……大丈夫だったから、真君も、大丈夫」
「……だよな。俺も多分、強くなった、と思う。……俺はヒーローだもんな」
もう俺は、何もできなかった俺じゃない。
だから、Lv30のアイディオンにだって、きっと。
「ありがとう。……何か手伝う事、ある?」
「じゃあ……卵、割って」
はい、と桜さんにボウルを渡され、そこに卵を割り入れていく。
今日は出汁巻き卵だろうか。